読者が気になった記事について、担当編集が質問に直接答える連載です。第3回は、クロストレンドの読者が集う未来会議のメンバーの「たけさん」が上げた「1店舗数万円で顔パス決済」について。なぜ顔パスを取り上げたのか、そして顔パス技術の可能性と今後の展望について、副編集長のひで(松元)がお話しします。
「1店舗数万円で顔パス決済 個人情報の一括管理で無人化が容易に」
たけさん 私はシステムインテグレーター(編集部注:情報システムの構築・運用などを一括して行う企業)に勤めており、DX(デジタルトランスフォーメーション)関連ビジネスの責任者をやっています。とある自治体の職員と空き家の課題をテーマにワークショップを行った際、空き家を活用して域外から人を集めて地域活性化を狙いたいという話になったのですが、誰が来るのか分からないから不安といった声が上がりました。そこで出てきたアイデアが、地域全体で顔認証の仕組みを導入すること。顔認証で決済できたり、自由に施設に出入りできたりといった「顔パス」であれば利便性も高いし、防犯面でも安心できるのではないかという話が出ました。そんなことから、顔パスに興味を持っていたのですが、編集部では顔パスにどのような可能性を感じましたか?
日経クロストレンド松元(以下、ひで) 少子高齢化の影響を含め、働き手の不足が顕在化し、省人化対策が待ったなしの状態になっている中では、オペレーションを簡素化できる顔パスには大きな可能性があると思います。特にコンビニやスーパーは人手不足の影響が大きく、省人化が喫緊の課題です。加えて、新型コロナウイルス感染症拡大を防ぐために、密を避けないといけない状況が突如現れ、非接触技術としての顔パスの必要度がさらに高まっています。
私はこの記事をつくりながら、顔パスは限られた空間で活用すると便利だということを感じました。例えば、社員食堂や病院、スーパー銭湯といった施設、集合住宅、テーマパークなど。運用を効率化するには、利用者のうちできるだけ多くの人が登録し、決済などに活用していくことが大事です。限られた空間は、店舗や商業施設、集合住宅のようなイメージを持っていましたが、ある程度の境界があるようなエリア、おっしゃるように町といった単位でもあり得ると思います。
実証実験で見えてきた意外な事実とは
たけさん 顔パス技術が続々と登場し、導入が広がっていますが、今これだけ加速している理由は。
ひで ソリューションを安く導入できるようになったことが大きいと思います。今回の記事で紹介した貨幣処理機大手のグローリーのサービスは、店頭に市販のタブレットを設置し、クラウドサービスにつなぐだけで利用が可能です。以前は、大手ITベンダーの省人化サービスを導入しようとすると、膨大なコストのかかるケースが多かったのですが、タブレットを組み合わせたものなら数万円程度の初期コストで始められます。
加えて、取材して面白いなと思ったのは、みんな意外に顔パスに抵抗感がないということです。顔パスというと、先行する中国のように町中のいたるところにカメラがあるイメージで、監視されている気分になって不安だと感じる人が多いと思っていました。しかし、実際に顔パスを導入したローソンの例では、利用者はほとんど抵抗感なく利用をしていたんです。最初の登録は必要ですが、QRコード決済などよりも簡単に買い物ができるようになって、みんなふらっと手ぶらで店に来ていたんです。
コストを抑えるだけでなく、顧客満足度を高めてトータルで回収
たけさん 導入が広がるための課題って何でしょうか。
ひで さらに一般化するに当たっては、個人情報の管理や保護をどうしていくか、議論していく必要があると思います。政府はマイナンバーカードの活用を推進していますし、顔認証などの情報をひも付けてセキュリティーを担保していく可能性もあります。また、最近では、銀行口座の開設やアプリのアカウント作成を行う際の本人確認をオンライン上で済ませる仕組みであるeKYC(electronic Know Your Customer)のような技術も出てきています。オンラインや店舗などで顔写真を登録してもらい、マイナンバーで身元の確認をしてひも付ける、そんな仕組みも考えられます。
たけさん マイナンバーカードやパスポートなど、公的機関では顔写真を使うのがある種、普通になっています。一民間企業が顔写真と個人情報を管理するというと、抵抗感を示す人もいそうですね。公共との関わりがポイントになってくるかもしれません。
ひで あと最後の課題は、どこまで低コスト化できるのかというところです。今回の記事で取り上げたように、タブレットを使えばコストを抑えられるとはいえ、例えば町といった大きな規模で考えると、商店街の多数の店舗に配る必要があったりと、結構なコストがかかってきます。それを回収するためには、システムの低コスト化だけでなく、サービスの品質を向上させたり、利益を上げたりといった、収益貢献につながる仕組みも考える必要があります。
九州を中心にディスカウントスーパーを展開するトライアルグループは、AI(人工知能)カメラで顔認証を行い、そのデータをマーケティングに生かしています。省人化だけでなく、トータルで考えてコストを回収する方針ですね。
さらに、顔パスならではの面白さのようなものが追加できると普及が進むかもしれません。
たけさん 例えば、タブレットに顔を向けて決済をすると、占いができるとか。それか、昨日よりも疲れているような顔をしていたら栄養ドリンクの割引クーポンが発券されるとか。あとは、めっちゃ笑ったらポイントがもらえるといった、楽しめるコンテンツがあると使いたくなりますね。表情が分かるので、お店に来て楽しんでもらえているのかといったことを判断したり、顧客満足度の調査にも使えたりしそうな気がします。ゲーミフィケーションを組み合わせていけば、購買意欲のアップにもつながるかもしれないですね。
ひで そうですね。今は省人化の議論がメインですが、付加価値という視点が加わっていけば、顔パスはさらに大きく伸びる可能性がありますね。今後も追跡調査をしていこうと思います。