巨大プラットフォームが席巻し、インセンティブ競争が激化するEC業界において、メディア発ECが特異な存在感を放っている。ハースト婦人画報社が手掛ける「ELLE SHOP(エル・ショップ)」だ。セールは年に2回のみ、ポイントは1%還元、送料別……一見「お得さ」とは無縁に見えるこのECサイトが、なぜ破格の客単価平均3万円、定着率4割超を実現できるのか。B2C事業本部 本部長 田能 哲 氏とB2C事業本部 エル・ショップ プロモーション部 ジェネラルマネージャー 渡邊真帆 氏に話を聞いた。
協力/ハースト婦人画報社
B2B事業に説得力を持たせるEC運営
1905年の「婦人画報」創刊にルーツを持つハースト婦人画報社が自らECサイトを立ち上げた意図を、田能氏は次のように語る。
「メディアならではのコンテンツ力でクライアントをサポートするB2B事業を拡大していく中で、自らが商品販売を成功させることが最も説得力があるだろうと考えたのがきっかけでした。もともとファッション感度が高く、自己投資を惜しまない読者とのつながりがあったこともあり、2009年に『ELLE SHOP』を立ち上げたのです。ハーストIDを持つ会員数は100万人となり、売り上げも年率平均10%水準で堅調に成長を続けています」
次いで2011年に立ち上げたのが、婦人画報の紙面上で紹介する話題のスイーツやグルメを実際にお取り寄せできるEC「婦人画報のお取り寄せ」だ。
「おせち料理に代表される、『ハレの日』のためのファインフードを提供しています。ギフト需要でまとめ買いされる方も多く、今では『ELLE SHOP』と肩を並べる規模にまで成長しました」(田能氏)
さらにはコロナ禍の2021年、新たなECサイト「Women's Health SHOP(ウィメンズヘルスショップ)」をローンチ。女性の心と体の健康に関わるテーマを中心としたデジタルメディア「Women's Health」の編集部が、独自の目線で選んだアイテムを取りそろえる。
「参加費4万円を超えるオンラインイベントにも毎回多数の参加者が集まっており、さらなる成長を見込める規模になってきています」と田能氏は語る。
コンテンツや写真に妥協せず、平均客単価3万円を実現
EC事業を着実に成長させてきたハースト婦人画報社だが、なかでも中心となるのは「ELLE SHOP」だ。新規のユーザーが再度購入するリピート率は約4割と高い数字を維持しているが、前述のとおり「お得さ」をあおるようなインセンティブ競争とは距離を置いている。その代わり、徹底してサイトの世界観を強化し、固定ファンづくりを重視した。
「『ELLE』の世界観がブレないように、取り扱いブランド数を増やし過ぎたり、安さを売りにしたりはしません。『ELLE SHOP』は一種のメンバーシップ制であり、既存のお客様にご満足いただくことが、新規のお客様からの信頼にもつながり、結果としてライフタイムバリューが向上すると考えています」と渡邊氏は説明する。
ECサイトとしては異例のクオリティーで商品を撮影しているのも、世界観醸成の一環だ。雑誌にもそのまま使えるような高品質の写真が、一商品に対して十数枚用意され、商品の細かなディテールを伝える。包装に気を配り、配送方法も要望に合わせて柔軟に変更するなど、徹底した「おもてなし」の姿勢も特徴的だ。その結果、数十万円もするようなバッグがオンラインで売れ、ファッションECとしては破格の客単価平均3万円を実現した。
「『ELLE SHOP』はコンバージョンレートは高くないんですよ。それはつまり、目的の商品を買いに来ているわけではなく、何かないかな、と遊びに来る感覚でサイトを訪問していただいているということです。我々のコンテンツ力や世界観づくりを評価いただいている結果ととらえています」(田能氏)
データ×感性でオリジナリティーを最大化
ECから得られるデータは膨大だ。商品の売上情報はもちろん、コンテンツのビュー数、サイトの離脱率など、注目すべき指標は多い。
「『ELLE SHOP』は会員登録しないと購入できないので、データはすべて統計データとして可視化されます。それを専門のチームで分析し、商品の提案や全社のコンテンツ制作にフィードバックしています。データから仮説を立て、施策を実施するという試行錯誤を立ち上げ当初から繰り返しているので、かなりのノウハウがたまってきていています。当然その知見は当社のソリューションビジネスにおいてクライアントのプロモーション施策にも役立てられています」と田能氏。
たとえば、サイト離脱率は下げたいと考えがちだが、田能氏はそうとも限らないと言う。
「離脱先が『ELLE DIGITAL』であれば、そこから戻ってきてもらった場合の方がコンバージョンレートが高いというデータもあります。PV(ページビュー)もただ増やせばいいというわけではなく、コンテンツを読んでもらった上で、購入は迷いなく進む方がお客様にとっては利便性は高い。購入のシーンではPVはむしろ下がった方がいいという考え方もあります」
こうしたデータは、MD(マーチャンダイジング)にも生かされている。
「『ELLE』のエディターは最先端のファッショントレンドを追っていて、『ELLE SHOP』のバイヤーはその感性をリアルクローズのバイイングに落とし込んでいます。『ELLE』の世界観に対するコンセンサスがチームとして醸成できているのでセレクトもブレませんし、それを最新のデータが裏付けることで、ELLEらしさはますます強化されています」
また、アンケートや座談会でユーザーの声を聞くことも忘れない。ユーザーからの要望を即座に反映できるのも、ECならではの強みだ。「アンケートは長文でご回答くださる方もいて、そのすべてに目を通しています。データ分析も大切ですが、メッセージの熱量を感じることも同じく重要視しています」と渡邊氏。
こうしたノウハウは、他社のEC支援にもさらに活用したい考えだ。来年1月からは大手航空会社が開設するモール事業に参画する。もともとECの商品セレクト事業をファッション分野で長くサポートしてきた実績もあるという。
「日ごろお付き合いのあるファッションブランドを我々が取りまとめることで、ブランド側も安心して出店できるメリットがあります。またプロモーションやコンテンツ制作だけでなく、必要な場合は当社システム機能の提供まで適宜対応できるので、クライアントの課題に合わせた支援が可能になっています」(田能氏)
サステナビリティーは時代の要請。メディアブランドとしての矜持
ニコラ・フロケ社長の主導のもと、サステナビリティーへの取り組みも積極的に進める。
「フロケは社会的な責任感を強く持っており、サステナビリティーに対する施策に関しては、コストがノーの理由にはならない」と田能氏。
「EC部門としては、『ELLE SHOP』を中心に、3つの方針を掲げてサステナビリティーに関する取り組みを行っていこうと考えています。1つが事業を通じて循環型ビジネスの実現を目指すこと。2つ目が環境保護への貢献。3つ目は、これから力を入れたいと考えていることですが、人権・トレーサビリティーにおける課題に向き合い、ポジティブなアクションを社会に対して促すことです」
環境問題の取り組みの一つとして、当初、段ボールや緩衝材の量を減らしていったが、売り上げが伸びる中でそれも限度があった。そこで発想を転換し、ゴミ袋として再利用できる緩衝材を独自に開発。また、なるべく商品の廃棄ロスをなくすため、商品を売り切ることを最重要視する。
「機会損失をなくし売り上げを増やすためには多めに仕入れた方がよいのですが、弊社が買い取る場合は転売場所がなく、廃棄を出さないことを優先しています」(田能氏)
サステナビリティーの取り組みを紹介する特設ページ「SUSTAINABLE CHOICE(サステナブル・チョイス)」では、「ELLE SHOP」がバイイングした商品の廃棄率を公開。「透明性を持ってきちんと情報を伝えることが重要です。廃棄率は2015年から0%台をキープし続けています」と渡邊氏は語る。
同社が行ったユーザーアンケートでは、「価格が上がってもサステナビリティーを考慮した商品を買いたい」との回答が54%にものぼった。「当社創業の原点となった『婦人画報』は、女性の社会進出という時代の要請に応えて創刊された雑誌です。環境問題に関しても、こうしたニーズに積極的に応えていこうという意識が強くあります」と田能氏。
サプライチェーン全体での取り組みを進めるために、協力企業にアンケート調査を実施したところ、300社中200社以上が回答に協力し、環境問題への取り組みに前向きな姿勢を示したという。
「当社は米国に本社があり、世界40カ国で事業展開しているため、欧米の最新情報を得られる立場にあります。欧米で法制化されたものは、いずれ日本にも適用されるでしょう。そういった情報をパートナー企業と共有し、一歩進んだサステナビリティーの取り組みをサポートしていきたいと考えています」と田能氏は語った。
協力/ハースト婦人画報社