東芝が制作した宮沢賢治の「雨ニモマケズ」をテーマにした新CM。有村架純さんが朗読する詩にのせて、技術やインフラで社会を支える東芝を巧みに表現しているCMだ。そんな中、養命酒製造(以下養命酒)でもほぼ時を同じくして同じ詩を起用したCMが制作されたという。もちろん示し合わせたものではなく、まったくの偶然。業界の異なる2社が、今なぜ「雨ニモマケズ」を取り上げたのか。それぞれの広告担当者の言葉から、CMに込められた思いを探った。

協力:東芝・養命酒

同じテーマを選んだのはまったくの偶然

――今回、2社ともに宮沢賢治の「雨ニモマケズ」をテーマとしたCMを制作されました。養命酒が2020年10月、東芝が2020年12月の公開となりましたが、養命酒のCMを最初に見たときどのように感じましたか。

阪下氏:正直驚きました。養命酒さんのCMは10月24日にオンエアで拝見したのですが、まさに11月上旬の撮影を控えた最終段階でしたから。朝からちょっとした騒ぎになりました(笑)

株式会社 東芝 コーポレートコミュニケーション部 広告室 広告担当 参事 阪下 麻子 氏
株式会社 東芝 コーポレートコミュニケーション部 広告室 広告担当 参事 阪下 麻子 氏

宇野氏:今回のTVCMは2020年夏に広告代理店から提案をいただき、数多くの企画から、「雨ニモマケズ」のどんな逆境や自然の厳しさにも決して屈することなく、ただひたむきに、力強く、一歩一歩未来へ進んでいきたいという詩の想いと、様々な社会課題に技術の力で立ち向かう企業姿勢を訴求したいという思いが重なり、制作メンバー全員一致で採択し、社内承認も取り付けていました。すぐに社内のメンバーと協議し、「企画から変えたほうがいいのではないか」との意見もありましたが、せっかくここまで検討をしてきたアイデアということもあり、そのまま続行することにしたのです。

阪下氏:養命酒さんのCMは情緒溢れる非常に素晴らしい内容で、当初、迷いもありましたが、こちらも企画意図を変えずにしっかりと良いCMを作ることを目標に、改めて養命酒さんに経緯をお話しました。結果、意図をご理解いただき、「同じ詩を起用した2つのCMの相乗効果が話題になればいいですね」とのお言葉をいただきました。業界が大きく違う養命酒さんとは今回のようなことがないとなかなか交流する機会がないので、ご縁を感じます。

有村架純さんを起用して制作した東芝のCM
有村架純さんを起用して制作した東芝のCM

――養命酒はどのような経緯で「雨ニモマケズ」を取り上げたのでしょうか。

結城氏:養命酒は冷え症、肉体疲労、胃腸虚弱、食欲不振など、7つの症状に効果がある薬用酒です。例年だと冷え症や体の疲れなど、1つの症状に絞って効能を訴えかけてきました。しかし2020年は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、世の中の流れがより大きな健康観にシフトしてきました。例えば体を守る力、抵抗力や免疫力の向上、日々の健康の大切さなどです。そうした中、当社も大きな文脈でお客様とつながることが重要ではないかと考えるようになりました。

鳥山氏:従来は漠然とした健康観ではコミュニケーションが取りにくい状況だったため、直接的に冷え症や疲れを訴求していました。一方、世の中全体が“体本来の力の大切さ”に気づき始めました。そしてそれらは多分に養命酒の効能と合致しています。今回のCMのテーマは、より効果的にその思いを伝えるために選んだものになります。

養命酒製造株式会社 マーケティング部 広告宣伝グループ 副グループリーダー 鳥山 敦志 氏
養命酒製造株式会社 マーケティング部 広告宣伝グループ 副グループリーダー 鳥山 敦志 氏

――おっしゃるように新型コロナが猛威を振るう2020年は、企業のブランディング方法も変化してきました。この状況は、東芝のアプローチにも変化をもたらしましたか。

阪下氏:はい。コロナ禍で人びとが企業に対してどのような考えを持っているかを調査したところ、顧客や従業員に対しての誠実さ、社会課題解決への貢献、それらをきちんと情報発信することが大切だということが浮かび上がってきました。昨年の企業CMでは、「技術力」や「先進性」を訴求しましたが、今回は“技術や製品・サービスで社会を支える東芝”を表現したいと考えました。コロナ禍で不安定な今だからこそ、東芝が社会のために何ができるのか――その想いを含めて伝えたいというところからスタートしています。

実直で寄り添う姿勢がマッチした

――「雨ニモマケズ」を採用するまでのそれぞれの経緯は?

結城氏:シニア層を中心に養命酒の本質的価値を理解していただきたいとの狙いから、2020年1月に草刈正雄さんの起用を決定しました。当初は「人生100年時代の明るい健康生活を応援する」というテーマで進めており、4月に大掛かりな撮影をする予定でしたが、緊急事態宣言のために自粛せざるを得なくなりました。しかし6月からオンエアが決まっていたので、どうしようかと。そこで急遽、シンプルな朗読バージョンで撮影することにしました。

草刈正雄さんを起用して制作した養命酒のCM
草刈正雄さんを起用して制作した養命酒のCM

 6月に採用した第1弾は「ラジオ体操の歌」。「新しい朝が来た 希望の朝だ」で始まる歌詞が、コロナ禍で閉塞感のあった世の中に明るい未来をもたらす内容だと感じたからです。ですから「雨ニモマケズ」は朗読バージョンの第2弾になります。

 最初は冬の寒さを連想させるイメージから選考し、高村光太郎の「冬の詩」と「雨ニモマケズ」が残りました。改めて内容を見てみると、養命酒という商品と「雨ニモマケズ」の親和性が高いことがわかりました。「雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ」の一節は滋養強壮を想起させますし、「東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ」の部分は、養命酒が理念とする健康を支援する姿勢に近い。最終的には「雨ニモマケズ」がぴったりだということになりました。

養命酒製造株式会社 マーケティング部 広告宣伝グループ 専門課長 結城 雅史 氏
養命酒製造株式会社 マーケティング部 広告宣伝グループ 専門課長 結城 雅史 氏

宇野氏:社会や生活のインフラを、技術を通して支えている東芝の姿を上手く表現できないかと試行錯誤を重ねていました。「雨ニモマケズ」は非常に知名度が高く、詩の中ではさまざまな課題に対して、誠実かつ堅実に、高い意識を持ちながら進んでいくさまがうたわれています。それらが、東芝が掲げる企業姿勢と重なる部分が多いことが採用した理由の1つです。

――今回のCMで伝えたい思いとは何でしょうか。

鳥山氏:根底にあるのは、健康で元気であってほしいとの願いです。withコロナの中で自分の体を自分で守り、体を強くするセルフメディケーションが強く叫ばれています。我々は、今回のCMを通じてその意識向上を図りたい。映像では、冬の厳しい環境とコロナ禍の厳しさが重なり、そこに草刈さんのどっしりとした朗読が上手くマッチしました。養命酒があることで、お客様のすこやかな暮らしのお手伝いができる、そんなメッセージを込めています。

阪下氏:社会全体や人びとの生活をインフラサービスカンパニーとして支えていく、より快適な社会を実現していく企業であることを伝えたいと思っています。CMでは気象レーダー、上下水道システム、精密医療技術といった事業イメージが重なるのですが、こうした社会インフラを支えるソリューションが、世の中を支え、諦めずに前に向かって進んでいく「雨ニモマケズ」の世界観とマッチしていると感じています。

コロナの変化に対応することが重要

――今年は通常と違い、撮影も苦労されたのではないですか。

結城氏:そうですね。そもそもプロモーションプランが一からやり直しになるなど初めての経験でしたから。逆にそれをバネとして、社内の結束力が高まったプラス面もあります。「雨ニモマケズ」篇は神奈川県の三浦半島にある剱埼灯台でロケ撮影ができましたが、「ラジオ体操の歌」篇は、当座のスタジオ撮影以外は仮編集、プリプロダクション、その他の打ち合わせを含めてすべてリモートで行ないました。

阪下氏:コロナ渦ということもあり、今回の撮影は、私もリモートでの参加となりました。我々も映像を遠隔で確認したり、撮影、編集に立ち会う人数を減らしたりなど、いつもとは違う体制で臨みました。新しい形式に戸惑う事もありましたが、状況にあわせて工夫を凝らし、何とかなるものだなとも思いました。

結城氏:確かに、何とかなることを実感しました(笑)

宇野氏:我々は関東近郊で、極力人数を絞り、厳重なコロナ対策をしたうえで撮影をしました。また、有村さんに、ご多忙の中、我々の撮影のためにお時間を割いていただき、素晴らしい演技や朗読を披露していただいたことに非常に感謝しております。

株式会社 東芝 コーポレートコミュニケーション部 広告室 広告担当 参事 宇野 央 氏
株式会社 東芝 コーポレートコミュニケーション部 広告室 広告担当 参事 宇野 央 氏

阪下氏:草刈さんとはまた違う、有村さんの凛とした雰囲気が魅力的です。これまでいろんな方が朗読されているテーマなので、ご本人もいろいろと研究してくださったとお話をお聞きしています。

――まもなく激動の2020年が終わり、2021年を迎えます。未来に向けたメッセージを教えていただけますか。

結城氏:2020年10月に事業ビジョンを「すこやかでより良い時間を願う人々を応援する」に変更して、来期以降、本格的に実行していきます。withコロナの時代に困難に立ち向かい暮らす人びとの喜怒哀楽に寄り添い、応援し、健康と孤独に対する不安を持っている方々の力になりたい。近年は生薬研究の知見を生かした健康にいい商品やのど飴などの食品事業にも着手しているので、本質的価値をしっかりと伝えながら、より一層お客様に「ファン」になっていただけるように努力していきます。

阪下氏:東芝は家電製品のイメージがいまだに強いですが、現在は、電子デバイス、エネルギー、社会インフラ、AIやITなどのデータソリューション、精密医療などのBtoB事業に取り組んでいます。また、社会課題の解決を命題に掲げ、脱炭素社会に資する環境負荷軽減にも積極的に力を入れています。

 まだまだ現在の事業内容をご存知ない方々もいらっしゃいます。東芝グループは経営理念である「人と、地球の、明日のために。」のもとで、世界中の人びとが快適に、安心して暮らせる社会を実現し、人々の生活に貢献していければと考えています。

協力:東芝養命酒

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