出版不況が叫ばれる中、「ELLE」や「婦人画報」「25ans」などを擁するグローバルメディア企業ハースト婦人画報社が好調だ。事業多角化に舵を切り、旧来のメディア企業像から脱却。中長期で掲げる“Services for Readers, Solutions for Brands”という経営方針のもと、データを駆使してどのようなビジネス戦略を描くのか、同社代表取締役社長のニコラ・フロケ氏に聞いた。

協力/ハースト婦人画報社

 ハースト婦人画報社のルーツは、1905年の「婦人画報」の創刊にまで遡る。これは現存する日本最古の女性ライフスタイル誌のひとつだ。2011年には世界最大級の米メディアグループ「Hearst(ハースト)」の一員となり、「ELLE」「25ans(ヴァンサンカン)」「Harper’s BAZAAR(ハーパーズ バザー)」など、14タイトルもの多様なライフスタイルメディアブランドを運営するグローバル企業として発展してきた。長い歴史で培ったクリエイティブ力で、読者はもちろん、ラグジュアリーブランドからも高い信頼を獲得してきた。そんな歴史を持つ同社は今、データを駆使したソリューションを提供するマルチ・メディアカンパニーへと変貌を遂げている。

 ハースト婦人画報社がデジタルに目を向けたのは驚くほど早い。「ELLE」の公式ウェブマガジン「ELLE Digital(エル デジタル)」が生まれたのは、インターネット黎明(れいめい)期である1996年だ。「早い段階から新しいフォーマットにチャレンジするのが我々の強みです。しかし、当時のデジタル媒体はほぼ広告収入のみだったので、早急に他の収益源を生み出す必要がありました」とフロケ氏は語る。

 この課題を解決するために進出したのが、Eコマースだ。「ELLE」の編集者がプロデュースするオンライン・セレクトショップ「ELLE SHOP」を2009年にオープン。食のお取り寄せECサイト「婦人画報のお取り寄せ」も11年にスタートし、近年でも前年比20%の伸びで成長を続けているという。

ハースト婦人画報社 代表取締役社長 二コラ・フロケ氏
ハースト婦人画報社 代表取締役社長 二コラ・フロケ氏

 もともとは雑誌と広告枠の売り上げのみだった同社が、今では、雑誌、Eコマース、デジタルメディアの3つを柱とした事業多角化に成功し、収益もそれぞれ3分の1ずつと拮抗している。いずれの事業でも重要となるのが、ハーストIDと呼ばれる、およそ100万人にも及ぶ会員データだ。

 「ハーストIDは、ユーザーの興味・関心ごとや年齢などでセグメントされており、広告主に最適な提案ができるようになっています。こうしたユーザーデータの他に、メディアのトラフィックデータ、Eコマースのトランザクションデータやアンケートデータなど、我々が直接取得できる『1st Party Data(ファースト・パーティー・データ)』を重要視しています」とフロケ氏は説明する。

 ファースト・パーティー・データはマーケティングだけに使われるわけではない。コンテンツの企画や記事執筆にも活用されるという。

 「編集者のフィーリングやセンスだけに頼ってコンテンツを作る時代ではありません。デジタルメディアのトラフィックデータはアクセス数だけではなく、最後まで記事が読まれたか、どのSNSにシェアされたかなどといったエンゲージメントを計測し、次の企画に向けて分析。プリントメディアでは、読者アンケートや リサーチを強化しています。今や、すべての仕事にデータは欠かせません」

toCとtoBの両立を目指し、新たなソリューションを提案

 事業多角化の進化を体現しているのが、中長期の経営方針として掲げられた“Services for Readers, Solutions for Brands”という言葉だ。フロケ氏は次のように語る。

 「『Services for Readers』はBtoCを、『Solutions for Brands』はBtoBの展開を意味しています。この両方を同時に成立、成長させることが、会社の将来にとって非常に重要です」

 「Services for Readers」は読者・ユーザー向けサービスを指す。クオリティーの高いコンテンツを提供するのはもちろんのこと、同じ興味を持つ読者同士が集まるコミュニティー作りも重視。また、ハイエンド向け住宅・インテリア雑誌「モダンリビング」のノウハウを生かした、読者向けインテリアコンサルティングビジネスも好評だ。

「モダンリビング」から派生した、個人住宅向けレンタルグリーンサービス「LOVE GREEN」は、観葉植物のメンテナンスまで一括で請け負うため、忙しいユーザーからの信頼も厚い。LOVE GREEN「SEU house」 設計/森山善之+細田 潤 建築設計事務所バケラッタ 撮影/小林久井
「モダンリビング」から派生した、個人住宅向けレンタルグリーンサービス「LOVE GREEN」は、観葉植物のメンテナンスまで一括で請け負うため、忙しいユーザーからの信頼も厚い。LOVE GREEN「SEU house」 設計/森山善之+細田 潤 建築設計事務所バケラッタ 撮影/小林久井

 「読者のリクエストに応える形で、個人邸宅のインテリアを手掛ける『MLスタイリング』を今年度から本格始動させました。編集者の目利きやコーディネート力への高い信頼がビジネスに直結し、好評を得ています。他にも、NY発の世界的な時計メディアの日本版『HODINKEE Japan(ホディンキー・ジャパン)』と連動させた、時計の損害保険『ホディンキーウォッチケア』サービスも販売しています。こうした読者のリアルなニーズに対応できるサービスを今後も増やしていきたいですね」とフロケ氏。

 もう一方の「Solutions for Brands」はクライアント企業向けのサービスで、コンサルティングビジネスへと発展している。「当社のセールスは、従来の出版ビジネスで行われていた広告の枠売りから、クライアントの課題を解決するためのソリューション提案営業へと移行しています」とフロケ氏。データを活用したマーケティング支援やデジタル広告のプランニング、動画制作、イベントなど、あらゆる提案が可能だという。

 また、同社内で立ち上げた「HEARST made(ハーストメイド)」は、富裕層向けメディア運営の経験とノウハウを活かし、クライアント企業のマーケティング課題に応じたオウンドメディアの設計から、コミュニケーションツール制作、リーチ施策から運用までを一貫してサポート。ラグジュアリーやフード、ライフスタイル、インテリアなど、その道のエキスパートである編集者がコンテンツを制作するのも魅力だ。場合によっては広告スペースを活用して、共に盛り上げていくこともあるという。

 「CRM(Customer Relationship Management)を強化したいブランドと一緒に設計からかかわったり、必要なコンテンツを提供したりすることもあります。巨大ECでのリテールマーケティング伸長からもうかがえますが、クライアントのニーズが以前とは変わってきている。ブランディングだけでなくマーケティングチャネルを求めており、ますますビジネスはデータドリブンになっています。我々は、14年前からEコマースを立ち上げ、さまざまな施策を通してCRMのノウハウを蓄積してきました。その知見をぜひ活用してほしいと思っています」

 データ活用を加速させるための社内変革も見逃せない。サイロ化してしまっていた社内データの一元管理を目的としたデータプロジェクトの立ち上げ(2018年)を皮切りに、体制はよりフレキシブルに。クライアントへのソリューション施策を提供するための組織として、メディア横断で「データスタジオ」を組織。今年の11月からはさらに「HEARST Data Solutions(ハーストデータソリューションズ)」を立ち上げ、マーケティングにおけるデータの取り扱い部署を統合。今後はUS本社との連携をさらに深め、技術協力における新メニューの開発や、広告効果の可視化、最適化を図り、さらなる進化を目指す。

 「ハーストデータソリューションズでは、各メディアのセールスプランナーが各領域担当と連携し、ターゲティング施策はもちろん、消費行動へとつなげるソリューション提案を行っています。より一体的な提案を行うために、他部署のデータアナリストや編集者等とタッグを組むこともあります。そのため社員全員がデータへの意識を高められるよう社内教育にも力をいれています。10年前は“デジタルトランスフォーメーション”が大切でしたが、今はいわば“データトランスフォーメーション”の時ですから」

サスティナビリティーはグローバルメディア企業としての責任

 ハースト婦人画報社にとって、サスティナビリティーへの取り組みには、強い思い入れがある。「Planet Hearst(プラネットハースト)」と名付けられた活動は多岐にわたるが、特に環境保護、女性活躍推進、文化継承の3つを重点領域としている。2010年には国内の出版社として初めて「森林認証CoC認証」を導入。2019年からはISO14001認証を取得し、自社の環境マネジメントの強化に取り組んでいる。また、各メディアでも積極的に情報を発信。サステナビリティー、ジェンダー、働き方など、未来のための情報とアクションを発信する「ELLE ACTIVE! for SDGs」をはじめ、新たなプラットフォームにおいても、社会課題に多角的にアプローチしている。

2021年に本社オフィスを全面リニューアル。2015年から約40%の電気使用量の削減、ペーパーレス化の推進、フロアの自動販売機からペットボトル製品の取り扱いをなくすなど、環境に配慮したオフィスづくりのために多様なアプローチを行っている
2021年に本社オフィスを全面リニューアル。2015年から約40%の電気使用量の削減、ペーパーレス化の推進、フロアの自動販売機からペットボトル製品の取り扱いをなくすなど、環境に配慮したオフィスづくりのために多様なアプローチを行っている

 「サステナビリティー領域においては、グローバル基準で取り組むことも必要だと考えています。特に環境問題に関しては、取引先と一緒に始めた方がより効果が高いので、他の企業にもお声かけしてヒアリングや調査をはじめているところです。しかし、欧米と比べるとまだ日本企業の対応はさまざまかもしれませんね」とフロケ氏。

 「かなりチャレンジングな目標ですが、カーボンニュートラルに対しても夢を持って準備を進めているところです。本年度ではまず、2019・2021年度における会社全体のGHG(温室効果ガス)排出量の算定に着手しました。欧米の意識の高さを見れば、誌面や請求書にCO2排出量記載が義務付けられる日も遠くない。まずは国際基準に照らし合わせて現状を把握し、早めに準備することが大切です。我々はグローバルメディア企業としての責任を果たしていきたいと思います」とフロケ氏は意気込みを語った。

協力/ハースト婦人画報社

7
この記事をいいね!する