コロナ禍での需要によって注目される人流データ。NTTドコモの携帯電話ネットワークの仕組みを使用して作成される人口統計「モバイル空間統計」では、GPSの苦手部分をカバーし高精度に人流を把握できる。

協力:ドコモ・インサイトマーケティング

加藤美奈(かとう・みな)氏。株式会社ドコモ・インサイトマーケティング エリアマーケティング部
加藤美奈(かとう・みな)氏。株式会社ドコモ・インサイトマーケティング エリアマーケティング部

「データドリブン」のスタートは正しいデータの選択から

 「先週の同じ曜日に比べて人出が3割増えています」――ニュースなどでよく耳にする、人流に関する話題。こうしたデータは、国や自治体の施策や企業のマーケティングなどに活用されている。特にコロナ禍では、DX(デジタルトランスフォーメーション)やデータドリブンな経営が急速に浸透しつつあり、データへの注目度は高まる一方だ。ところが、そうした大きな判断の材料となるデータでも、十分に精度が高いとは言えないことも多いという。

 ドコモ・インサイトマーケティング エリアマーケティング部の加藤美奈氏は「昨今のコロナ禍の影響もあり、推計人口が活用されるシーンが増えてきていますが、精度の低いデータや、誤ったデータに基づいて重大な経営判断が成されてしまわないか、危惧しています」と言う。

 たとえば、実際には地域Aより地域Bの方が混雑しているのに、データ上では逆になっている。実際には高齢者が多いのに、データ上では若者が多いことになっているといった具合だ。なぜ、そのような「現実との誤差」が生じてしまうのか。

GPS単体の推計人口(上)と、基地局とGPSの複合サンプルを基にした推計人口(下)。前者のGPS単体の場合では、推計可能エリア数も少なく、時間推移も不安定、エリア間の大小関係も真逆。前者と後者ではデータが全く異なる
GPS単体の推計人口(上)と、基地局とGPSの複合サンプルを基にした推計人口(下)。前者のGPS単体の場合では、推計可能エリア数も少なく、時間推移も不安定、エリア間の大小関係も真逆。前者と後者ではデータが全く異なる
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GPS単体による推計人口が現実と乖離している理由とは?

 現在、推計された人口の多くが携帯電話の位置情報をサンプルとしている。なかでも近年、サンプルとして用いられることが多いのがGPS。地図アプリや経路検索アプリの利用時には非常に便利な技術だ。

 「GPSは、個人の位置をピンポイントに把握するにはとても優れた技術です。しかし、集団を正確に捉える場合には、すべてのサンプルが同じ条件を満たしているかの観点が重要となり、注意が必要です」と、加藤氏。

 GPSの位置情報は携帯電話にインストールされたアプリを経由して収集されるが、取得できる条件に合致しなければ、サンプルとして上がってこない。アプリを起動し、位置情報利用の許諾をオンにするハードルに加え、使用するアプリの用途や頻度に依存する。これにより、「取得タイミングのばらつき」が発生する。GPSで取得するサンプルは、多いもので100万程度であるが、それでも100人に1人分の位置情報が取れるか取れないかのレベルになる。GPSの位置情報は、個人をピンポイントに把握できるが、偶然条件と合致して取得できたサンプルしか使用できないため、集団を捉えるためのサンプルとしては不向きである。集団を捉えるには、全てのサンプルが同じ条件で取得できているのが絶対条件だからだ。

 たとえば、地域Aに100人の人がいても、全員がGPSの取得条件に合致していなければ、GPSの位置情報上では地域Aには誰もいないことになる。そして地域Bには1人しかいなくても、その1人がGPSの取得条件に合致していれば、GPSの位置情報上も理論上1人いることになって、地域Aよりも地域Bの方が“混雑”していることになってしまう。

 しかし、ドコモ・インサイトマーケティングの「モバイル空間統計」ではこうした逆転現象はまず起こらない。

 「その理由は、推計人口を作成する上で重要な要素となる、『サンプルの質』『サンプルの量』『推計アルゴリズム』の3つにおいて秀でているからです」

「携帯電話の電源が入っているだけ」でサンプル対象に

 「モバイル空間統計」は、全国約8200万台(2021年3月時点。法人名義の契約データを除く)に上るドコモの携帯電話のつながる仕組みで取得できる基地局位置情報をもとに推計している。つまり、携帯電話の電源さえ入っていればサンプル対象となり、全国どのエリアにおいても高いサンプル率を保持できる。

 また、携帯ネットワークでは、電話やメールなどをいつでもどこでも利用できるように、各基地局エリアごとに所存する携帯電話を把握している。携帯電話のアプリの事情に左右されないので、いつでもどこでもサンプルの連続性を担保できる。加えて、GPSのように昨今のOSの制約で位置情報が取れにくくなることもなく、過去から現在まで同じ条件でサンプルが安定的に取得可能である。この安定性がまさに、いつでもどこでも正確に集団を捉えることができる要因である。

 さらに、携帯電話から得た位置情報を統計化する推計アルゴリズムまで公表されている。推計アルゴリズムは、一般的にブラックボックスなケースが多く見られるが、「モバイル空間統計」は、国や専門家の意見も取り入れた信頼性の高い推計を行っており、技術仕様を技術広報誌や専門誌などで一般公表もしている。

 もちろん、ユーザーのプライバシー保護にも努めてきた。推計にあたっては、3段階でプライバシーを守っている。1つ目は、個人が識別されないようにするための非識別化処理、2つ目は、携帯電話の普及率から性別・年代・居住地ごとに人口を推計する集計処理、3つ目は、少人数で個人が特定されるリスクを排除する秘匿処理を行う。この3段階を経て、“集団としての人数”を安心・安全に提供できるシステムを構築している。

 地理的にも時間的にも比較が可能な「モバイル空間統計」だからこそ、DXやデータドリブンな経営戦略の立案などに活用ができるといえる。逆を言えば、GPSのように質が偏り、量が十分でないサンプルでは正確に時間比較もエリア間比較もできない。たとえば、ランチ場所を選ぶようなお昼時間帯によく使うアプリの場合、実際にいる人口が同じにも関わらず、お昼は90%のサンプル率に対して、朝方や夕方では10%のサンプル率という現象が起こりうる。これはアプリが使用される時間に依存をしているからであり、こうした異なった条件のもとでは同じ基準で時間の比較ができない。エリア間に関しても同様の事象が起こりうる。こういった偶然取得ができた不安定なサンプルを基にアクションを決定すると、課題の履き違えによる誤ったアクションへ繋がる危険性が高い。

推計人口を作成する際に最も重要となる「サンプルの質」を左右する要素。集団を正確に把握するためには、全要素において基地局位置情報のほうが適している(左)。8200万台のサンプルサイズを誇る「モバイル空間統計」は数%の誤差で留まる一方、GPSによる推計人口では60%以上の誤差が発生する(右/ドコモ・インサイトマーケティング算出・作成)
推計人口を作成する際に最も重要となる「サンプルの質」を左右する要素。集団を正確に把握するためには、全要素において基地局位置情報のほうが適している(左)。8200万台のサンプルサイズを誇る「モバイル空間統計」は数%の誤差で留まる一方、GPSによる推計人口では60%以上の誤差が発生する(右/ドコモ・インサイトマーケティング算出・作成)
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正しいデータから導かれる戦略とは

 「モバイル空間統計」は、すでに様々な分野で活用されている。その一例が、新潟県魚沼市のケースだ。観光資産に恵まれた魚沼市ではこれまで、宿泊施設や観光施設でのアンケートなどで観光客の実態を把握しようとしてきたが、新たに「モバイル空間統計」を利用して調査を行った。その結果、年代別では60代の観光客が最も多かった。これは肌感覚と一致していたが、更に分析を深めて、居住エリア別にデータを見ると、東京からの観光客は日帰りが多く、千葉からの観光客は宿泊を伴うことが多いなど、新たな事実も明らかになった。

 「こうした結果を基に、日帰り客の40.7万人の1割を宿泊客に変えると、6億7800万円の経済効果を生み出すことが試算されます」

「店舗が保有するID-POSデータ」および「店舗周辺を含む潜在顧客数を測るモバイル空間統計」の2つのデータから見えるターゲット戦略
「店舗が保有するID-POSデータ」および「店舗周辺を含む潜在顧客数を測るモバイル空間統計」の2つのデータから見えるターゲット戦略
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 「商圏」に注目して調査を行うと、施設や店舗単位の調査では気付きにくい点が浮かび上がってくる。ID-POSデータはあくまで商品購入までたどり着いた人数を算出する。一方、「モバイル空間統計」は店舗周辺を含む潜在顧客数を測ることができる。これらのデータを単一で見るか、複数で見るかで戦略の方向性が変わる可能性がある。

 例えば、ID-POSデータだけで今後のターゲット戦略を考える場合、他年代に比べて40代が突出して獲得できているため、30代や50代を次のターゲットとする考え方もある。しかしながら、「モバイル空間統計」の潜在顧客数と重ね合わせることで、得意とする40代の伸びしろが可視化され、引き続き40代に注力する戦略の方向性も検討できる。

 このように、店内の保有データだけでは見えない情報を付与することで、戦略の方向性がまるで変わる。よって、店舗周辺の潜在顧客数を把握することは重要な価値となりえる。

 高い精度を誇る「モバイル空間統計」は今後、パートナー企業とコラボレーションしたプラットフォーム事業にも注力していくという。

 「モバイル空間統計とパートナー企業の所有するデータやナレッジを掛け合わせることで、新しいビジネスやソリューションを創出する事業を進めています。金融業界ではオルタナティブデータが注目されていますが、モバイル空間統計を活用して人口の増減から企業の業績を推し量り、株価予測や投資判断に利用する、不動産関連のデータと組み合わせて土地の価値を可視化する、などがその代表例です」

 「モバイル空間統計」の活用範囲の拡大は、企業を利するだけでなく、多くの人の暮らしをより良い方向へ変えていく。

 「モバイル空間統計の事業は、社会貢献や社会高度化というミッションの下に生まれました。それは今でも変わりません。防災や渋滞に関する情報の提供、スマートシティでの活用など、モバイル空間統計を通じて、人々の暮らしを豊かにし、安心・安全な社会づくりに貢献していきます」

 正確なデータに基づく判断とその先にあるより良い社会の実現に向けて、「モバイル空間統計」は日々試行錯誤を続けている。

協力:ドコモ・インサイトマーケティング
モバイル空間統計