ビッグデータ解析、スマートフォンなど最新技術を活用

 それでは、そうした視点からスタンフォード大学病院や医学部で行っていることは何か。エントウィスル氏は、いくつかの例を挙げた。いずれもデータと科学を組み合わせたものである。最初は、病気をいかに精密に予測し治療できるかに関するもので、アップルのスポンサーシップによる研究プロジェクトとして2017年から進められている『Apple Heart Study(Apple心臓観察)』がある。

 ウエアラブル・デバイスであるApple Watchを着用すると、心房細動が実際に起こる前にアルゴリズムがそれを感知できるようにする研究で、現在40万人以上が参加している。

 エントウィスル氏はAI(人工知能)の効用も説く。AIが役立つと期待される分野として3つを挙げる。最も大きなインパクトを持つのは、医療画像の分野だ。これまで技師が手がけてきたタスクの一部をAIが担うようになれば、革命的なこととなる。2つめが、「似たような患者」を比較することだ。これまで医師がよくやってきたことだが、その分析をAIが行えば、医療を全く新しいレベルへ推し進めることができるという。

 すでにスタンフォード大学病院では、米グーグルと提携して症状の記述から有用なデータを素早く検索できる仕組みを開発している。そのデータ・ウェアハウスに収められているのは、ゲノム配列決定や治療記録も含めた1億4000万人もの患者データである。3つ目の分野は、カルテ作りである。後ろに控えた「アンビエントAI」(周囲の状況や環境に応じて自律的に判断・処理する人工知能)が診察室での会話を聞き取り、全記録を取って自動的にカルテを作成する。医師は、コンピューター画面に向かう代わりに患者としっかりと向き合う時間を与えられる。

 同氏は、病気を未然に防ぐこと、そのためにテクノロジーを意味ある方法で利用することが、人口の多くを健康に保つために我々に与えられた機会だと締めくくった。

実験動物の高度化で薬開発に貢献する

 世界の医薬品開発には20年、2000億円以上がかかると言われているがその大半は臨床試験に費やされる。それにもかかわらず、実際に人に投与するフェーズ1に入ったとしても、最終的に新薬として世に出すことが出来るのはわずか10%程度と言われている。

 これを引き上げようと、実験動物の観点から革新に取り組んでいるのが、公益財団法人の実験動物中央研究所(実中研)だ。

実験動物中央研究所は「ヒト化マウス」など、ヒトに近い実験動物を開発している
実験動物中央研究所は「ヒト化マウス」など、ヒトに近い実験動物を開発している
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 「ヒト化マウスは、従来の動物では考えられないようなレベルでヒトの細胞、組織、さらには臓器などを生着させることができた。これでヒトに近い動物実験システムを実現している」。実中研の野村龍太理事長は、世界で初めて開発し2002年に発表した新型マウスの意義についてこう説明する。

 ヒト化マウスは現在、医薬各社が注力している高分子化合物、抗体医薬、がん免疫薬の開発に必須の動物となっている。高齢化社会の発展に伴い必要性が増しているアルツハイマー病やパーキンソン病の研究などにも応用が期待されている。また、医薬品開発の成功確率を高めることにとどまらず、新たなメカニズムの新薬の開発や再生医療技術の実用化のための安全性試験などに貢献している。

 「今後、人の細胞と臓器、免疫システムなどの組み合わせで、個別化医療や、新たな治療法の確立もふくめ人類の健康に役立つ研究を目指していきたい」。野村氏はこう力を込める。

世界的脅威“感染症”予防にも注目が

 病気にならないためには、感染症対策は大きなテーマである。集団感染で世界中を脅かしている感染症にどう対応するかという観点での発表にも注目が集まった。日本医療研究開発機構(AMED)戦略推進部長で東京大学名誉教授の岩本愛吉医師が、日本での感染症対策の歴史について講演した。以下のような内容だった。

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日本医療研究開発機構(AMED)戦略推進部長で東京大学名誉教授の岩本愛吉医師

 他の先進国と同様、日本でも天然痘、日本脳炎、結核などの主要な感染症は1950年~1960年代に減少した。1946年に国産のペニシリンが製造されるようになったこと、1948年に予防接種法により、ワクチンの強制接種(当初12疾患)が導入されたことなどが大きく貢献したものと推定される。

 しかし世界的に見れば、その後、エボラ出血熱(1976年)、AIDS(1981年)、腸管出血性大腸菌感染症(1982年:以下EHEC)、ヘンドラウイルス感染症(1994年)、ニパウイルス感染症(1999年)など、20世紀最後の四半期に次々と、新たな感染症が出現し、新たな病原体が同定された。1990年代、WHOや米国CDCが新興感染症や再興感染症に対する注意喚起を行った。

 日本では、明治時代(1897年)に制定され10種類の疾患のみを書き込んだ伝染病予防法が、100年以上、国の感染症対策の基本法律として施行されていた。上記のような事情から、伝染病予防法、性病予防法(1948年)、AIDS予防法(1989年)を統合し、4カテゴリー、73種類の疾患を対象とした感染症法(正式名称:感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)が、1999年から施行された(その後の改正により、2015年には5カテゴリー、84疾患が対象)。

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日本における感染症法の変遷

 2014年までの日本では、デング、チクングニア、ウエストナイル、黄熱、マラリアなど、感染症法が対象とする蚊媒介性の感染症に関して、日本脳炎以外は全て輸入感染症であると考えられていた。一方でデングの報告数は、増加が顕著であった。2014年、ある注意深い医師が、デング疑いの症例の血液を国立感染症研究所(感染研)に送り、検査を依頼した。

 この症例には渡航歴が無く、70年ぶりの国内デングウイルス感染例として確定された。感染研は、2014年の292例のデング患者のうち、149例が国内感染例であったと発表した。野外調査により、代々木公園で捕獲された蚊の一部から患者と同一のデングウイルスが検出された。従って、海外で感染した者を刺した蚊が媒介し、同公園で他者を刺して感染させたものと推定された。

 岩本氏は、「2015年には全てのデング症例が再び海外感染であったと報告されたが、昨今の国際旅行ブームを考慮すれば、2014年のような事例が再燃する可能性を否定できず、2020年の東京オリンピック関連はもとより、さらに将来的にも注意が必要である」と警告する。