ワークマンの土屋哲雄氏とLIDDELLの代表を務める福田晃一氏がマーケティング戦略について語る注目の対談。前編では、新規顧客層の獲得につながった、顧客とのソーシャルリレーションマーケティングについて掘り下げた。後編では、更なる成長のための戦略、そして、新時代のマーケティングのあり方に迫る。

協力:LIDDELL

競合のいないワークマンプラス

 ワークマンが一般向けに展開する「ワークマンプラス」の躍進を支えたものとは何か、土屋氏からは当事者の視点で、福田氏からはマーケティングの視点で語ってもらった。

土屋氏:ワークマンプラスの1号店がオープンしたのは、2018年9月。トライアルのつもりでしたが、現在137店舗を展開しています。

 そもそも、私たちは39年間、ワークマンプラスの可能性に気がつかなかった。というよりも、そんな業態で売れるわけがないと思っていました。しかし、さまざまな方々の声に背中を押されてトライアルで店舗を出した後は、「都会に店舗がない」とか「ショッピングモールにも欲しい」という声が集まり、その声に後押しされて出店を加速させました。

 ネーミングに関しては、店舗出店でお世話になった不動産デベロッパーさんのご意見を取り入れました。当初は、ワークマンという名前を出さず「WMプラス」みたいな名前を考えてロゴまで作っていたんです。しかし、「ワークマンのプロユースの機能性は強み。名前を生かすべき」と言われて、ワークマンプラスにしました。

 私たちは一般向けの業態に関して知識がなく素人だから、全部教わった通りにやったほうがいい。お客様の声や不動産デベロッパーさんのアドバイスは本当に貴重なもの。自然体でお付き合いして、意見を取り入れたほうが上手くいくんですよ。

福田氏:「一般向けの業態については素人だから、全部教わった通りに」とおっしゃっていますが、教わったことを全てデータマーケティングされている印象です。それを、簡素化・体系化してシステム的に進めている。そのワークフローが出来上がっているのではないでしょうか。言葉が悪いかもしれませんが、無知と言いつつ非常に意図的にやっていらっしゃると感じます。

土屋氏:確かに、さまざまな意見をトレースして、上手くいったものは生かして、そうでないものはやめています。常にABテストをやっているようなものですね。

福田氏:そのフットワークの軽さは、ワークマンの強みだと思います。ほかには、どのような強みを自覚されていますか。

土屋氏:ひとつは、競合がいないことでしょう。特にプロユースでは、首位で2位以下を大きく引き離していました。一般向けも、低価格で高機能というカテゴリにおいては、今のところ競合が生まれていない。他社との差別化を考える必要がなく、オンリーワンの存在でいられます。

 もうひとつ、品揃えや店舗の大きさを全国で共通にすることで、精度が高いデータを簡単に集めることができます。これがバラバラだと、全店舗で個別にデータ収集が必要ですが、共通なら数店舗のサンプリングで済む。手軽にサンプリングができるので、ABテストも簡単にできて、その結果を全国の店舗に水平展開できます。

ワークマン 専務取締役 開発本部 情報システム部 ロジスティクス部担当 土屋哲雄氏
ワークマン 専務取締役 開発本部 情報システム部 ロジスティクス部担当 土屋哲雄氏
LIDDELL 代表取締役CEO 福田晃一氏
LIDDELL 代表取締役CEO 福田晃一氏

加工した情報が流通するSNSの時代

 ワークマンプラスがヒットした理由は、福田氏によると、顧客に教わるだけでなく、それをデータマーケティングしているからだという。実際にワークマンはどのように情報を集め、活用しているのだろうか。そして現在の情報流通にはどのような特徴があるのだろうか。

土屋氏:私は、ワークマンに対するネットのレビューをできるだけ全部、読むようにしています。その中にヒットの種があるから。例えば、レビューのなかに「サイクリング」というキーワードを見つけたときは、通気性の良さにこだわったサイクリング用ウェアを作りました。それが発展するかしないかは分かりません。でも、やってみる。

 ほかにも、私たちが想像もしない製品の使い方も参考になりますね。例えば、拭き掃除に軍手を使ったり、サーファーが岩場での足の保護に地下足袋をはいたり。こういったところから、一般向けに生まれ変わる製品もあります。

福田氏:20年くらい前、渋谷のギャルのトレンドを追うマーケティングをしていたことを思い出します。当時のギャルは、メーカーが想定していない使い方をするのですが、それが口コミのバイラルマーケティングで広がって、ヒットへつながることも多かったです。

 今は、写真を撮ってテキストを書き、ハッシュタグを付けて、SNSに情報を投稿します。いわば、情報が加工された状態、物流でいえば梱包された荷物のように、スムーズに流通するんです。口コミとは比べものにならないほど広まりやすく、情報量も膨大になるのですが、しっかりと中身に目を通しているのは凄いとしか言いようがありません。

土屋氏:レビューなどはスマホで見るようにしているのですが、端からは遊んでいるように見えるでしょう。でも、それが仕事なんですよ。

福田氏:LIDDELLの社員もスマホを使って情報収集をしています。インフルエンサーやSNSのマーケティングは、パソコンよりもスマホが主戦場ですからね。ただ、上場企業の専務がそれをやっていらっしゃるのは驚きです。

 新しい市場、新しい見込み客に対しては、ネットやSNSの活用が活路につながるようだ。しかも、パソコンではなく、ユーザーが主に利用するスマホを利用することで、より距離が近い情報を入手できている。次章では、そんなワークマンのマーケティングの先進性について言及する。

先行してOMOを実施するワークマン

 これまで取り上げてきたワークマンの取り組みと戦略。マーケティングの専門家である福田氏にはどう映ったのだろうか。

福田氏:既に、OMO(Online Merges with Offline)の考えに基づいて事業を展開していると感じました。これは、オフラインとオンラインを切り分けるのではなく、融合して考えるマーケティング戦略。海外では浸透しつつありますが、日本ではまだ定着していません。

 今の若い人達は「ネットをやっている」という感覚はありません。常にネットにつながっている状態が普通なのです。だから、何かを体験したらその感想をSNSにすぐアップし、誰かがSNSにアップした体験や製品を見ることで行動に移します。そして、行動したらアップする。つまり、オフラインの経験をオンラインにアップすることも、オンラインにアップされた体験を見てオフラインで行動することも、同時接続なんですよ。ワークマンはその状態を理解して、SNSやインフルエンサーを活用し、マーケティングを行っているといえます。

土屋氏:OMO というキーワードで表せるのですね。これから使います。

福田氏:例えば、「ネット評価連携ショップ」では、店舗内でインフルエンサーのサイトに誘導して、店員の代わりに製品解説をしてもらう取り組みを行っていますが、この仕組みをIoTで構築しようとすると、開発に時間がかかってしまう。しかし、QRコードを印刷した店内POPなら、簡単に、しかもすぐに導入が可能です。OMOという用語は使っていないかもしれませんが、やっていることはかなり先進的だし、なによりスピード感があります。

2020年の展開にInstagramを重視

 OMOの考えに基づく先進的なマーケティング戦略を既に手掛けているワークマン。2020年の新たな展開や次なる戦略はどのようなものだろうか。

土屋氏:次の店舗戦略としては、二枚看板店舗というものを考えています。つまり、ワークマンとワークマンプラスが共存する店舗です。とはいえ、店舗を二分割するわけではありません。同じ製品を異なる客層に時間を変えて売る。そのために、店舗の雰囲気を時間帯で変えてしまいます。

 例えば、職人さんが来店する朝の時間帯は従来のワークマン色を強めにします。マネキンは高所作業をしているようなセッティング。一般客が多い時間帯は、ワークマンプラスの雰囲気にし、同じマネキンとウェアでも、高所作業ではなくボルダリングをしているなど。まずは実験店で試して、上手くいけばその技術や要素を新店舗に応用していきます。

 集客戦略では、ワークマン女子に代表される女性のお客様をさらに増やすことです。やはり、流行は女性がつくるもの。今までは、ブログを中心にインフルエンサーマーケティングを行っていましたが、今後はInstagramに力を入れようと思っています。女性が製品をInstagramで見てファンになってくれたら、男性の手を引っ張って来店してくれるかもしれません。

福田氏:SNSの中でも、Instagramは高い伸び率です。男性は機能性を重視しますよね。ワークマンの商品でも、防水性や保温性など数値で表せるスペックに惹かれます。一方、女性はもっとエモーション(感性)を重視します。例えば、耐火性を説明されるよりも、これを着てBBQをやったら可愛いとか。情緒的なアプローチのほうが女性には刺さります。Instagramってものすごく情緒的なんです。写真で見せていくことがベースになっていて、今はテキストで商品解説を補足したり、スペックを載せたりして、雑誌のようになってきています。使い方によっては、男性にもアプローチできるSNSです。

土屋氏:ワークマンは長らく機能を売りにしてきたから、男性客とは相性が良いし、気持ちは掴みやすい。しかし、女性の感性を掴むのは本当に難しいですね。Instagramの魅力を理解するのにも、1カ月以上かかりました。私は67歳ですが、この年齢でInstagramデビューですよ。今日は対談ということでお話をさせて頂きましたが、むしろ、勉強会のようでした。私のノートはメモで一杯です。どうもありがとうございました。

福田氏:これだけのキャリアと実績を積み重ねた方が、柔軟に、そして謙虚な姿勢で新しいことを吸収なさっていく。そのチャレンジするお姿には、本当に感銘を受けます。よく、売れない理由を突き詰めたら、商品が悪いのではなく売り方が違っているということは多い。商品がしっかりしていれば、時代に合わせた売り方にするだけで売れるのです。私たちは、SNS活用やインフルエンサーマーケティングで時代に合わせた新しい売り方をしていきましょうと提案しています。しかし、なかなか伝わらずにもどかしい思いをすることが多い。これからは、実際に成功したワークマンの事例をお話ししたいと思います。本当にありがとうございました。

 ワークマンの躍進のきっかけは、プロユースの高機能な製品を39年間提供し続けてきた技術力や全国の店舗をベースに、絶え間ない試行錯誤、そしてインフルエンサーや顧客と深い関係を築くソーシャルリレーションマーケティングの実践や、先進的なOMOの考えに基づいた展開など、多岐にわたることが分かった。そこには新たな売り方のヒント、これからのマーケティングの展望が広がっている。


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協力:LIDDELL

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