
全国からエントリーのあった事業者の新商品をブラッシュアップしてヒット商品を育成する日本商工会議所のfeel NIPPON「技のヒット甲子園」プロジェクト。2019年度も18事業者の商品が集まった。まずは11月初旬に事業者を招いてブラッシュアップ会議を開催。地方の優れものを発掘・育成する有名セレクトショップのトップやバイヤーなどで構成する専門委員たちが商品改良や売り方をアドバイスした。
協力:技のヒット甲子園
顔を揃えたヒット商品の〝目利き〟の面々は、日本百貨店の鈴木正晴氏、東急ハンズの泉徳之氏、藤巻百貨店の中村亮氏、そしてメソッドの山田遊氏。彼らに日経BP総研の丸尾弘志・デザイン・イノベーションセンター長が地方発のヒット商品の作り方を聞いた。
丸尾 ヒット商品を作るには、商品の「価値」が何かを見極め、それをどう伝えるかが重要です。まずはその点に関して、みなさんの考えをお聞かせください。
鈴木 「商品の価値」はあくまで「お客さんにとって」のものであるべき。売り出す事業者は「商品を手に取ってほしいお客さん」は誰かを考え、その人が足を運ぶ店を吟味してほしいですね。例えば、藤巻百貨店、中川政七商店、そして日本百貨店はともに、「日本のものを扱う店」ではありますが、商品構成も客層もまったく違います。「日本百貨店ならなんとなくいいかな」とやってきて、「スゴイんですよ、この商品!」とアピールされる事業者も多いんですけど、そのスゴさが当店の客層には当てはまらない場合も多い。「お客さんにとっての価値とは何か」が念頭にないことが一因だと思います。

山田 私はフリーランスの立場で商品のバイイングのほか、プロデュースも行っていますが、企画段階から「どこで売るか」は明快に決めています。同じマグカップでも、東急ハンズとザ・コンラン・ショップでは、お客さんの層が明らかに違い、求められる商品の「価値」も変わります。地方にいると、そのあたりの差異をくみ取りにくいかもしれませんが、違いを見極める目は重要。そこを意識してモノづくりをすると、売れ行きが相当変わると思います。

泉 東急ハンズはもっと細かくて、「コーナー」で客層が一変する。だから、例えばハサミを売りたいとき、色々なハサミを集めて売ることはまずしません。当店のお客さんが買いたいのは、使用目的にあったハサミです。だからこそ、そのハサミが、手芸用なのか、料理用なのか、工作用なのかを明確にし、あるべきコーナーに配置することが大切。専門店では、「オールマイティ」な商品は売れにくいのです。

丸尾 「パッケージ」の良し悪しも、売り場で変わりますよね。例えば数年前、マスキングテープが大ヒットしましたが、仕掛け人である岡山県のmtは、事前に30軒ほどのショップでそれぞれの陳列の傾向を探った上で、「ビニールで個包装する」「5種類を重ね、紙で包む」などのパッケージ法を個別に提案したそうです。商品価値を構築するときは、売り場から逆算して考えることも重要だということを示す例です。
商品価値の表現方法はWEBとリアルでは一変する
丸尾 WEBショップならではの、ヒット商品の条件はありますか?
中村 条件は2つ。1つが、オリジナリティや、ストーリー(歴史や産地の特性)といった商品自体の魅力。もう1つが使い手であるお客さんが実感できる利便性で、両者がうまくマッチングしたとき、ヒットが生まれる。だからこそ、WEBショップはコストをかけ、写真、テキスト、動画を使って商品の魅力と利便性を表現することに努めます。

鈴木 その商品の世界観をていねいに説明できるのは、WEBの良さですよね。先日、岩手県の担当者から、秀衡塗りのおちょこを当店に置いてほしいと打診がありました。「中尊寺のお土産コーナーでよく売れています」とのことで、確かにものはいいんですよ。藤原秀衡が誰か知っていて、中尊寺のお土産を探している人にはうってつけでしょう。でも、当店に来店した、秀衡塗りの予備知識がないお客さんにイチから価値を伝え、購入につなげるのは正直、難しい。
中村 確かにそうした伝統工芸品は、背景や世界観が伝わらないと売れにくい。当店でなら売れるかもしれませんが、リアル店舗では苦戦しそうですね。
丸尾 商品価値の表現方法が違うWEBとリアル店舗では、それくらい売れ筋が違うということですね。
山田 とはいえ、売り場や販売チャネルの別を問わない、奇跡的なヒット商品も稀にあります。一例を挙げると兵庫県西脇市の「tamaki niime(タマキニイメ)」のストール。カラーバリエが無数といっていいほど豊富で、男女問わず使える。速度の遅いビンテージの力織機で織られているため、肌触りも気持ちがいい。それでいて1万円程度と値段もリーズナブルなので手を出しやすい。
鈴木 持つ人をオシャレに見せる力があるんですよね。実は私も持っていて、今日も巻いてきちゃいました。当店のどの店舗でも、エリアを問わず売れているし、他社のショップでも売れ行きがいいと聞きますね。
山田 今日のブラッシュアップ会議で見た商品でいえば、三重県四日市市の藤総製陶所の「BAN PRO IH 土鍋」は、東急ハンズでも、日本百貨店でも、藤巻百貨店でも、私がバイヤーをしているその他のショップでも売れる可能性を秘めた商品だと感じました。もちろん今のままではダメですよ。「鍋の底に銀を発熱体として塗ったことで、直火、IHコンロ、オーブンなどでの加熱ができるようになった」点は確かにすごいけれど、その価値は、1人称の開発者目線に過ぎません。売れるには、「お客さんが欲しいか、お店が勧めたいか」という3人称の目線に沿った価値を、商品に加えていく必要があります。この商品の場合でいえば、デザイン面のテコ入れでしょうね。外部デザイナーを入れれば、大バケするかもしれない。例えば土鍋と同じ、キッチン用品の南部鉄器は、多色展開により大ヒットし、外国人観光客が競うように買っています。IH土鍋も、国内はもとより、鍋文化や蒸し料理が根付く中国や台湾からの観光客にアピールできそう。「インバウンド」という視点を持てば、東アジア一帯に売り先を広げられる可能性も開けるかもしれません。
切り口のユニークさでよくある商品を尖らせる
泉 先ほど中村さんから「お客さんの利便性」という言葉がありましたが、ヒット商品にとって不可欠な視点だと私も思います。当店の例でいうとお客さんの問題を解決しうるソリューション型商品は、予想外のヒットとなるケースが多い。その名も「茂木和哉」という家中どこでも使える洗剤があるんですが、「これ1本でOK」という便利さがお客さんの心に響き、実演販売するたび、「いくつも洗剤を買うのがずっと面倒だった。助かるよ」と、飛ぶように売れます。
中村 今年大ヒットしたワークマンプラス(既存のワークマンの商品から一般受けするアイテムを抽出したカジュアル衣料店舗)も、機能という利便性が消費者に支持された。かつての「着心地より見栄え」という価値観は今や昔。ユニクロが市民権を得て以来、ファッションにおいては、軽さや楽さこそがお客様に響く利便性なんです。
山田 確かにユニクロの地ならしがあってこその、ワークマンプラスのヒットですね。
中村 ユニクロは、Tシャツや靴下というありふれたアイテムに、ヒートテックという新機能を搭載。それを切り口にすることで、世界的な大ヒットにつなげたのがすごいんです。
丸尾 藤巻百貨店の商品で、アイテムとしてはよくあるものなのに、切り口のユニークさで支持される商品はありますか?
中村 「うすはり」で知られる東京都墨田区の「松徳硝子」と藤巻百貨店がコラボした、利き酒ならぬ「利きビール」用グラスのセット。形や大きさの違う6個が1セットになっています。ビールの味は、グラスの形状や飲み口の薄さにも影響を受けるとされます。グラスが6種類あれば、その日の気分でドライ系もクラフト系もおいしく飲める。「その辺のうんちくを語れて、奥さんとの晩酌で会話が増えますよ」ということを切り口にしたところ、よく売れています。
山田 「奥さんと晩酌」と謳うと相当、ターゲットが絞られそう。
中村 でも、不特定多数が対象のWEBショップの場合、ターゲットは絞るほどいいんです。このパターンもあのパターンもいけますよ、では結局、誰の心にも刺さらない。ガツンと一点に集中させる方が、ヒットのドライブがかかりやすいと経験上言えます。
大手には不可能な少量生産・即配送が生んだ地方発ヒットも
丸尾 尖り系の中でも、特筆すべきロングセラー商品はありますか?
泉 当店でいえば、まず1つは、イギリスの『Ugear(ユーギアーズ)』というメーカーの感動するほど精密な蒸気機関車の木製模型。合板をレーザーカッターで切り抜いた部品を組み立てる自作キットで、歯車がかみ合い、ゴムを動力に自走も可能。工具も接着剤も不要ですが、とにかくパーツが多くて組み立てるのはものすごく大変だし、値段も高め。それでもこの2年、ずーっと売れ続けています。もう1つは広島県呉市の老舗やすりメーカー、ワタオカが2017年に開発した樹脂製の「ねこじゃすり」。目立てが難しく、ここの職人以外作れないとか。あまりの気持ちよさに、普段は人になつかない保護猫などもすり寄ってくるそうです。それでつい、猫好きが買っちゃうらしい。
中村 猫グッズはカタいですよ。
鈴木 当店でも、例えばハガキなどは猫が描いてあるだけで売れる! 猫は鉄板です。
山田 犬好きは「トイプードル派」など、犬種で好みが分かれる傾向にありますが、猫好きはなぜか博愛主義。どんな猫に対しても、門戸を開いていますよね。
丸尾 食品の事例は?
鈴木 尖り系食品のロングセラーといえば、埼玉県八潮市の菊水堂の「できたてポテトチップス」。もう6年、当店のどの店舗でも「まだ売れるか」と、あきれるほど売れ続けています。
丸尾 扱い始めて、すぐヒットしたんですか?
鈴木 いえいえ。僕が見つけてほれ込み、売り始めたんですが、2年ぐらいはまったく売れず、売り場のスタッフに「責任とってください」と、毎週自腹で箱買いさせられていました。でも製造翌日に店頭に並ぶという、常識を度外視したできたて度合いが、徐々にSNSで広まり、さらに2015年3月に「マツコの知らない世界」で紹介されたことで火が着きました。テレビ発のヒットは、放映から半年もたてば下火になるのがふつうなのに、これはずっと売れ続けている上に、販路もどんどん広がっています。
山田 そうやって人気が定着し、突き進む商品って、ありますよね。
中村 以前、大手ポテトチップスメーカーの方が、「(菊水堂の)真似すれば売れるのは分かっていても、大量生産のうちの会社は手を出せない」と言っていました。いわば一社独占だから、作れば作るほど売れていく。少量生産だからこそ、生まれたヒットといえますね。もちろん実際においしいし。
丸尾 尖り方にもパターンがあるんですね。
泉 ものは違えど、長く愛されるヒット商品には、「それを持つこと、使うことで幸せを感じられる」という共通する魅力がある気がしますね。
丸尾 確かにそれは言えます。ところで、地方発のヒット商品を作る上で、地域性は必須の要因でしょうか?
泉 地域性は重要なストーリーになりうる。もちろんないよりはあった方が有利でしょう。
鈴木 でも以前ほど、市場では重視されなくなってきている気もします。地域性を重んじるあまり、町おこしが目的化してしまっている事業者も時おり見受けられますが、それはどうかと。売るべきはあくまで自社の商品です。地域性は商品のブランディングに活用できるようなら活用する、くらいのスタンスがちょうどいいんじゃないでしょうか。

(文・籏智優子、写真・高山 透)
協力:技のヒット甲子園