「そのTVCMは、どの程度の投資効果があったのか」――。TVCMには多額の予算がかけられる。そのため、広告主の責任者は常に説明責任を求められるが、明確な返答は容易ではない。説明を困難にしている要因の一つには、データ整備の遅れがあり、とりわけ、ローカルエリアのデータとなるとさらに顕著になる。日本コカ・コーラでもデータが不足していたため、効果的なローカル投資戦略をどう進めるかが課題であった。そうした環境下でエリア別にTVCMをデータベース化し、分析できるソリューションが登場した。日本コカ・コーラでは、この定量的なファクトデータに基づき、データドリブンなエリア戦略を実現した。
協力:PTP
足枷は圧倒的なデータ不足、ローカルエリアへの投資効果を上げるには?
全国各地で多くの広告主がTVCMを出稿している。広告主からすれば、相応の資金をかけてCMを打つのだから、その費用対効果を知りたいし、予算組みの際に経営層への説明責任も生じる。
ところが、特にローカルエリアにおいては、自社のCMが何時何分に流れたのかすら分からず、ましてや、競合他社のCMの出稿状況などは知る術がない。そんな状況が長らく続いてきたのだ。
ローカルエリアでもTVCMを積極的に出稿している日本コカ・コーラのマーケティング本部・マネジャーの牛込貴博氏も「業界としてデータを開示する動きはなかなか出てきません。TVCMは膨大な資金が投入されるにも関わらず、その効果を分析するためのデータが不足していると感じてきました」と説明する。
同社は「ジョージア」(コーヒー)や「綾鷹」(お茶)などの多数の飲料ブランドを有し、88万台の自動販売機と48万店舗を通じた全国的な販売網を構築している。
エリアごとにマーケットの状況は異なり、競合の出稿状況も違う。さらに、消費者のメディアに接する環境や嗜好も変わってくる。例えば、TVの接触率に関する公開情報によれば、全国の中でも接触率が高いのは、北海道、宮城、秋田といった地域だ。こうした地域と首都圏ではTVの視聴習慣も異なる。当然、効果的なCM出稿量もエリアごとに異なってくる。しかし、これまではデータが取得できなかったため、データドリブンによる効果的なローカル投資戦略をどう進めればよいかが同社の課題になっていた。
「商品の売れ筋は各地域で違います。そのため、カテゴリーとエリアごとに本来、CM出稿量を調整しなければなりません。これまではデータがなく、ローカルエリアへの出稿効果を正確に把握できなかったため、長年培ってきた秘伝のレシピのようなノウハウやヒアリングで得た情報に基づいて判断してきました。しかし、明確な戦略を打つのであれば、定量的なファクトデータに基づいて判断しなければならないと考えていました」(牛込氏)
カテゴリーとエリアで戦略的な出稿を実現
こうした状況を打開する切り札となったのが、2018年4月からPTP社が開始したクラウド型サービス「Madison」である。
Madisonは全国で放送されるTVCMをデータベース化し、自社および競合のCM出稿データを検索・分析できるというものだ。日本コカ・コーラは、エリア別のファクトデータを収集・分析することで、データドリブンによる効果的なローカル投資戦略を進めようとMadisonの導入を決定。
すると、今まで見ていたものよりも新しい次元で、カテゴリーやエリアでの動きが見えるようになったという。定性的な情報や経験等に頼る部分の多かったローカルの考え方に、定量的な分析結果が加わることで、力強い、説明力を持ったエリア戦略が見えてきたのだ。
「Madisonで競合分析を行うと、従来はローカルエリアでの出稿を弱めにしていると思っていた他社が、特定の商品カテゴリーとエリアを絞って力を入れていることも分かってきました。それに対して当社はどうするか、有効な手を打てるようになりました」と牛込氏は語る。つまり、カテゴリーとエリアで戦略的な出稿が可能となったわけだ。
今回、Madisonと既存のナレッジを組み合わせてエリア特性を最大限に活かしながら、ローカルエリアへの出稿配分を変えることができた。
新しい効果測定モデル「エリアMMM(Marketing Mix Modeling)」を提唱
Madisonは1日1万3000素材がデータベース化されているTVCMのビッグデータだ。業界慣習でこれまで見えなかったものを見える化するまでには、技術開発を含めて5年を費やしたとPTP社の有吉昌康氏は語る。
「実現できたのは、やはり広告主の声が大きく影響しています。日本アドバタイザーズ協会が『このままデータが不足している状態ではTVCMの出稿を減らさざるを得ない』と警鐘を鳴らしたことも後押しになった」という。
Madisonのサービスは、全エリアの広告が翌日には把握でき、CMが放送された時点で毎分ごとのGRP(延べ視聴率)を表示できる。これまで曖昧だったCMの効果を定量的に分析し、ファクトデータを基に広告の予算配分や出稿量の調整が可能となるのだ。例えば、競合の出稿状況を集計して、SOV(シェア・オブ・ボイス)を割り出し、自社のPOSデータと合わせて分析するとエリアごとのCMの売上効果が分かる。
PTP社では、従来の効果測定モデルとして用いられてきたMMM※(マーケティング・ミックス・モデリング)を進化させた新しい効果測定モデル「エリアMMM」を当日発表した。「エリアMMM」によりTVCMの効果測定がより精緻に、かつ実践的になる。
来年(2020年)4月からは全国で個人視聴率化が進み、TRP(ターゲットの延べ視聴率)による視聴率の表示も始まるため、広告主は、全国でターゲットごとに効果を分析することも可能という。これまで、TVCMはデジタル広告に比べて定量的な分析においては後れを取ってきた。しかし、エリアMMMと個人視聴率の分析によって、TVでもデータドリブン・マーケティングが可能になるため、一気に後れを取り戻せるとPTP社では広告主に提案している。
正しい情報がなければ正しい戦略が立てられない
CM出稿は、ローカルエリアも含めて、東京で生活している担当者が決定することがほとんどである。一方で、マーケットやメディアの環境は東京が異質といえる。嗜好性、WebやSNSの利用、家族構成、生活リズムのどれをとっても東京とそれ以外のエリアとは大きく異なる。東京で生活している感覚だけで全国のCM出稿などの戦略を決定してしまうのではなく、ローカルエリアの特性を個別に読み解くことが非常に大切である。日本コカ・コーラでは、ファクトデータにこだわることで、ローカルエリアの特色をはっきりと、より細部まで読み取れるようになったという。
「Madisonによる分析を通して新しい景色がくっきりと見えてきたような気がします。定量的なモデルが生まれ、予算の総量を変えずに、競争力のある配分ができるようになりました。また、これによって首都圏よりローカルエリアへのCM効果のポテンシャルが高いことも分かってきました。TV関係者も含めて業界はこれを機にデータの整備と充実を図るべきです。また、広告主の方は、こういう新しいデータに対しての投資に躊躇するというなら、まずトライアルで利用すればいい。そこで価値が分かるはずです」と、牛込氏は強調する。
正しい情報がなければ正しい戦略が立てられない。これまでの感覚的なCM戦略から抜け出し、ファクトデータにこだわることで、CMの投資効果は向上するはずだ。
協力:PTP