イノベーションの創出とは、新興企業だけができる特権ではない。明確なコア・コンピタンスを持つ大企業こそ、そのリソースを生かすことで、ドラスティックな事業を次々と描ける可能性を秘めている。そんな好例を見せたのが、ニチレイが電通デジタルとともに取り組んだ「食」を起点とする同時多発的な事業拡大だ。取り組みの中核を担った二人が「日経クロストレンド FORUM 2019」に登壇した。

協力:ニチレイ/電通デジタル

<左写真>加形 拓也(かがた・たくや)。株式会社電通デジタル デジタルトランスフォーメーション部門 サービスマーケティング事業部 サービスデザイングループ グループマネージャー/<右写真>関屋 英理子(せきや・えりこ)。株式会社ニチレイ 経営企画部 事業開発グループ マネージャー
<左写真>加形 拓也(かがた・たくや)。株式会社電通デジタル デジタルトランスフォーメーション部門 サービスマーケティング事業部 サービスデザイングループ グループマネージャー/<右写真>関屋 英理子(せきや・えりこ)。株式会社ニチレイ 経営企画部 事業開発グループ マネージャー

イノベーティブなニチレイも、陰ながら悩んだ

 1945年に誕生したニチレイは、冷凍食品をはじめとした加工食品事業、低温物流事業を中心にビジネスを展開してきた。1960年代より冷凍加工品や、低温の長距離輸送車の開発を進め、低温物流ネットワーク構築に積極的に取り組むなど、常にイノベーティブな取り組みを行ってきた。直近においても、2つの新規事業を同時多発的に展開しており、その勢いは止まることはない。

 新規事業の1つは、「Licious(リシャス)」というオンライン食肉マーケットプレイスを提供するインド企業との協業だ。サービスの特徴は、契約農家から直接食肉を買い付けて自前の加工施設で加工しながら、注文から2時間以内の配達を保証していること。コールドチェーン(低温物流体系)の整備が不十分だったインドに、小規模ながら新たに流通網を構築することで、インドにおける新たな食肉流通の拡大に挑戦している。

 もう1つは、食のレコメンドサービス「conomeal(このみる)」。食のパーソナライズが加速する中で、「私にとってのおいしさ」とは何か、個々人の食の嗜好性を見える化しようという取り組みである。ニチレイグループの持つ独自技術「Psychometrics(サイコメトリクス)」と「MS Nose(エムエスノーズ)」を活用することで、今の自分にお薦めのメニュー提案をはじめとする食の情報を届けてくれるサービスを開発中だ。

 一見、市場をリードする大企業になった現在も、ニチレイは順風満帆にイノベーションを実現できているように見える。しかし、ここに至る道のりは「そう簡単ではなかった」と、同社で新規事業開発に携わる関屋英理子氏は語る。

 経緯はこうだ。近年の市場環境を見渡すと、デジタル化やグローバル化の潮流により業界の垣根を越えた、破壊的イノベーションがもたらされようとしている。大企業においても、既存事業の強化・改善だけでなく、新規事業開発も同時に推進しなければならない状況にある。そこでニチレイでも、2017年に事業開発グループを発足。グループ企業の垣根を越えて新たな事業にチャレンジしようと試みた。

 しかし、電通デジタルの加形拓也氏は「最初に新規事業を立ち上げようというお話を伺ったときにはまだ、『何を目指すのか』『どうやって事業化するのか』という段階の課題を抱えられていました」と振り返る。

どのような事業を立ち上げるべきか、悩んだ末に始めた取り組み

 一般論として、大企業における新規事業創造は難しい。その要因として、既存の事業で十分にマネタイズできているため、新たなチャレンジとは、あえてリスクを抱えてしまうことの裏返しに当たる。

 さらに、事業会社が分かれていることが挙げられる。ニチレイも事業拡大をしていく中で、家庭用・業務用の冷凍食品はニチレイフーズ、水産品・畜産品はニチレイフレッシュ、低温物流はニチレイロジグループといったように、各領域に特化した体制を整えてきた。その分、グループ全体でゼロから新規事業を立ち上げようとすれば、陣頭で指揮を執る事業も、活用する技術も、新規事業の目的によって変わってきてしまい、意思決定にも時間がかかる。

 さらに、先の見えない時代なので、1年後には状況が変わってしまう可能性もあるだろう。環境変化に対応しようとすればアジャイルに具現化を進めなければならない。スタートアップへの投資や買収を行うにしても、そう簡単に決定できることではない。「スピーディーな社会の変化に対応するためには、Why、What、Howをいかに短期間で回せるかがポイントとなります」と加形氏は語る。

1年後には状況が変わるような環境変化に対応するために、電通グループでプロジェクトを進める際にも用いられるアジャイル型開発プロセス。1つのポイントで違うと思ったら1つ前に戻り考え直す作業を、短期間で何度も回しながら並行して進めることが求められる
1年後には状況が変わるような環境変化に対応するために、電通グループでプロジェクトを進める際にも用いられるアジャイル型開発プロセス。1つのポイントで違うと思ったら1つ前に戻り考え直す作業を、短期間で何度も回しながら並行して進めることが求められる

 そこで最初に取り掛かったのが、“長期未来予測”だった。新規事業開発グループのプロジェクトメンバーとして、事業会社の垣根を越えて責任者12~13人を招集。ニチレイというグループが今後何をしていくべきか、どういう進化ができるのか、目標を立てるところから始まった。

 「新しい事業のアイデアを考えて、本当にアイデアの方向に進化していけるのか、逆に進化する方向にアイデアを寄せるなど、行ったり来たりを繰り返しながら、ワークフローを作成しました」(関屋氏)

 そこで、活用したのが「電通未来曼荼羅」という電通グループで利用しているツール。これは「人口・世帯」「社会・経済」「地球・環境」「科学・技術」の4領域の社会トピックで、近未来にどういった動きが起こるか60テーマに分けて網羅的に予想している未来予測集だ。それぞれの項目で具体的に起こり得ることが、定量的なデータに基づきまとめられている。

 これをプロジェクトメンバーに読み込んでもらい、その上で他の社員にも、「どの分野の未来が気になるか」「ニチレイグループにとって重要な変化はどこにあるのか」という意見を持ち寄ってもらった。

 この段階で改めて、新規事業の立ち上げに当たって、「一番大事なことが抜けていたことに気付いた」と関屋氏は言う。「お客様視点が、すっぽりと抜けてしまっていました。いくら自分たちの都合だけで新しい事業を作り上げたとしても、結局、お客様の生活がどのように変わっていくかによって、私たちが提供するものは全く必要とされないものにもなり得るのです」

 徹底して社会がどうなるかについて考え、それをメンバーで共有すればさらにアイデアが生まれる。こんな社会になるなら、新しい事業はこういう方向性があり得る。このようにアイデアを増やしていく中で、単に“良いアイデア”で終わらないような仕掛けを作り、実行力の向上にも努めた。

一覧化した「未来事業コンパス」を基に、同時多発的イノベーションを進行

 さらに、予測できる未来や生活者の気持ちに、ニチレイが持つ技術を組み合わせることで、どのような事業ができる可能性があるかを一覧にした「2025-2030未来事業コンパス」を作成した。

 「ただし、起点にしたのは、ニチレイの事業に限定しない、『食の情報活用業』です。そこからいかに広げて考えて、ライフスタイルや社会全体がどう変わるか、そして“食”がどう変化するかをまとめていきました」(加形氏)

図:2025-2030未来事業コンパス(イメージ)
図:2025-2030未来事業コンパス(イメージ)

 関屋氏は、「未来事業コンパス」の制作は、経営層への説明にも活用できたと話す。「経営層からは必ず、『あらゆる検討をするように』と言われますが、正直、すべてを検討するのは不可能です。しかし、『未来事業コンパス』があることで、ある程度は網羅的に検討できたんだな、と結論付けることができました。もちろん、自分たちも一通り検討できたという自信が血肉になっています」。

 これに対して加形氏は「日本語だけで書いたり、エクセルなど数字だけで残したりするのではなく、イラストやムービーを作って主要メンバーの頭の中を見える化し、『未来はこうなりそう』だと共有することが重要です」と語った。そうすることで、間違いがあればすぐに分かるし、同時にいくつかのチャレンジをすることもできるという。

 さらにこれは、複数のイノベーションを同時に進めていく上でも重要なポイントだ。関屋氏は「最終的には、同時多発的に複数のドラスティックな事業を立ち上げ、成り立たせることが重要」だと考える。加形氏もまた「明確なアイデアを出し合った上で、しっかりとグループの中で合意が取れるとすれば、大企業はリソースがある分、複数の案件を同時多発的に進めやすいはず。全社事にしてイノベーションを推進することができます」と返した。

 現在もまた、「アイデアだけで止まらない事例」を作るために、conomealというサービスを2020年の4月を目標に社内起業しようと進めているという関屋氏。同じく、こうした取り組みを進められるような仕組みづくりにも注力しているようだ。加形氏も、さまざまな要望に応えられるような仕組みや、さらにスピード感を持って進められる仕組みを作りたいと話し、講演を結んだ。

協力:株式会社ニチレイ株式会社電通デジタル