どのような事業を立ち上げるべきか、悩んだ末に始めた取り組み

 一般論として、大企業における新規事業創造は難しい。その要因として、既存の事業で十分にマネタイズできているため、新たなチャレンジとは、あえてリスクを抱えてしまうことの裏返しに当たる。

 さらに、事業会社が分かれていることが挙げられる。ニチレイも事業拡大をしていく中で、家庭用・業務用の冷凍食品はニチレイフーズ、水産品・畜産品はニチレイフレッシュ、低温物流はニチレイロジグループといったように、各領域に特化した体制を整えてきた。その分、グループ全体でゼロから新規事業を立ち上げようとすれば、陣頭で指揮を執る事業も、活用する技術も、新規事業の目的によって変わってきてしまい、意思決定にも時間がかかる。

 さらに、先の見えない時代なので、1年後には状況が変わってしまう可能性もあるだろう。環境変化に対応しようとすればアジャイルに具現化を進めなければならない。スタートアップへの投資や買収を行うにしても、そう簡単に決定できることではない。「スピーディーな社会の変化に対応するためには、Why、What、Howをいかに短期間で回せるかがポイントとなります」と加形氏は語る。

1年後には状況が変わるような環境変化に対応するために、電通グループでプロジェクトを進める際にも用いられるアジャイル型開発プロセス。1つのポイントで違うと思ったら1つ前に戻り考え直す作業を、短期間で何度も回しながら並行して進めることが求められる
1年後には状況が変わるような環境変化に対応するために、電通グループでプロジェクトを進める際にも用いられるアジャイル型開発プロセス。1つのポイントで違うと思ったら1つ前に戻り考え直す作業を、短期間で何度も回しながら並行して進めることが求められる

 そこで最初に取り掛かったのが、“長期未来予測”だった。新規事業開発グループのプロジェクトメンバーとして、事業会社の垣根を越えて責任者12~13人を招集。ニチレイというグループが今後何をしていくべきか、どういう進化ができるのか、目標を立てるところから始まった。

 「新しい事業のアイデアを考えて、本当にアイデアの方向に進化していけるのか、逆に進化する方向にアイデアを寄せるなど、行ったり来たりを繰り返しながら、ワークフローを作成しました」(関屋氏)

 そこで、活用したのが「電通未来曼荼羅」という電通グループで利用しているツール。これは「人口・世帯」「社会・経済」「地球・環境」「科学・技術」の4領域の社会トピックで、近未来にどういった動きが起こるか60テーマに分けて網羅的に予想している未来予測集だ。それぞれの項目で具体的に起こり得ることが、定量的なデータに基づきまとめられている。

 これをプロジェクトメンバーに読み込んでもらい、その上で他の社員にも、「どの分野の未来が気になるか」「ニチレイグループにとって重要な変化はどこにあるのか」という意見を持ち寄ってもらった。

 この段階で改めて、新規事業の立ち上げに当たって、「一番大事なことが抜けていたことに気付いた」と関屋氏は言う。「お客様視点が、すっぽりと抜けてしまっていました。いくら自分たちの都合だけで新しい事業を作り上げたとしても、結局、お客様の生活がどのように変わっていくかによって、私たちが提供するものは全く必要とされないものにもなり得るのです」

 徹底して社会がどうなるかについて考え、それをメンバーで共有すればさらにアイデアが生まれる。こんな社会になるなら、新しい事業はこういう方向性があり得る。このようにアイデアを増やしていく中で、単に“良いアイデア”で終わらないような仕掛けを作り、実行力の向上にも努めた。

一覧化した「未来事業コンパス」を基に、同時多発的イノベーションを進行

 さらに、予測できる未来や生活者の気持ちに、ニチレイが持つ技術を組み合わせることで、どのような事業ができる可能性があるかを一覧にした「2025-2030未来事業コンパス」を作成した。

 「ただし、起点にしたのは、ニチレイの事業に限定しない、『食の情報活用業』です。そこからいかに広げて考えて、ライフスタイルや社会全体がどう変わるか、そして“食”がどう変化するかをまとめていきました」(加形氏)

図:2025-2030未来事業コンパス(イメージ)
図:2025-2030未来事業コンパス(イメージ)

 関屋氏は、「未来事業コンパス」の制作は、経営層への説明にも活用できたと話す。「経営層からは必ず、『あらゆる検討をするように』と言われますが、正直、すべてを検討するのは不可能です。しかし、『未来事業コンパス』があることで、ある程度は網羅的に検討できたんだな、と結論付けることができました。もちろん、自分たちも一通り検討できたという自信が血肉になっています」。

 これに対して加形氏は「日本語だけで書いたり、エクセルなど数字だけで残したりするのではなく、イラストやムービーを作って主要メンバーの頭の中を見える化し、『未来はこうなりそう』だと共有することが重要です」と語った。そうすることで、間違いがあればすぐに分かるし、同時にいくつかのチャレンジをすることもできるという。

 さらにこれは、複数のイノベーションを同時に進めていく上でも重要なポイントだ。関屋氏は「最終的には、同時多発的に複数のドラスティックな事業を立ち上げ、成り立たせることが重要」だと考える。加形氏もまた「明確なアイデアを出し合った上で、しっかりとグループの中で合意が取れるとすれば、大企業はリソースがある分、複数の案件を同時多発的に進めやすいはず。全社事にしてイノベーションを推進することができます」と返した。

 現在もまた、「アイデアだけで止まらない事例」を作るために、conomealというサービスを2020年の4月を目標に社内起業しようと進めているという関屋氏。同じく、こうした取り組みを進められるような仕組みづくりにも注力しているようだ。加形氏も、さまざまな要望に応えられるような仕組みや、さらにスピード感を持って進められる仕組みを作りたいと話し、講演を結んだ。

協力:株式会社ニチレイ株式会社電通デジタル