現在、日本の各企業において活発に行われているDX(デジタルトランスフォーメーション)。一方で、「成果に結びつかない」「プロジェクトが進まない」などといった声が聞かれるのも事実だ。電通デジタルでDXを推進する小浪宏信氏は「日経クロストレンド FORUM 2019」に登壇し、DXプロジェクトを成功に導くためのポイントを国内外の事例を交えながら解説した。
協力:電通デジタル
データ/デジタルをフル活用して実現する世界
近年、DXに取り組む企業が急増している。それは従業員500人以上の企業を対象に電通デジタルが行った調査結果を見ても明らかだと小浪氏は説明する。「2018年の9月時点で63%の企業が既に着手し、予定をしている企業まで含むと76%※にまで至っています」。
その一方で、DXに関する悩みも尽きないという。「未着手の企業では、必要性を感じているもののプロジェクトの立ち上げ方が分からない。推進している企業では、プロジェクトの進捗がうまくいかない。既にサービスが立ち上がっていても、出来上がったサービスに満足していない。そうした声を実際に聞きます」。こうした悩みに対して、小浪氏は解決の糸口をつかむ気付きとなるような事例を紹介した。
まずはデータ/デジタルをフル活用した事例として、米ナイキの取り組みを説明。「ロサンゼルスのメルローズで昨年オープンした店舗『Nike by Melrose』では、徹底的にローカライゼーションを行っています。商品ラインアップは、地域の方が買われている商品を逐次チェックし、2週間に1回、店頭商品を入れ替えています。さらに自分のサイズに合った商品の在庫がその店舗にない場合でも、すぐその場でスマートフォンから購入決定・決済・受け取り設定ができるなど、より良い店舗体験を実現しています」。
中国で店舗数の拡大を続ける「luckin coffee(ラッキンコーヒー)」の店舗も大変ユニークだ。「都市部の社会人に特化したサービスが特徴で、持ち帰りや配達を前提とした席のないスタンド型の“ピックアップ専門店”を増やしています。アプリでドリンクをオーダーすると出来上がる時間が分かり、実店舗への来店時にアプリに表示されているQRコードをかざすと商品をピックアップできる仕組みです」。さらに、luckin coffeeはユーザーの行動に応じてクーポンを配信し、次回の来店を促す仕組みを構築している。
DXがもたらす構造変革とカスタマージャーニーの捉え方
続いて小浪氏は、消費者と企業の関係性が近年、大きく変化していると指摘。「これまでの事業は、家具を買う、車を買うなど消費者のイベントを捉えて、そこに対して該当商品への認知・関心を持ってもらい購入につなげるといった、カスタマージャーニーを描き、対策を打ってきたと思います。ところが、商品のスペックで差がつかない状況下で、顧客との関係づくりが難しい時代になってきました」と語る。
「インフラ、テクノロジーの進化で、これまでできなかった顧客データの収集・活用が可能になった今、DXに取り組み、生活者のカスタマージャーニー全体まで視点を拡張し、そこに寄り添うサービスやチャネルの事業展開が求められているのです」
その好事例として、小浪氏は中国の平安(ピンアン)保険の取り組みを説明する。中国の保険会社は顧客との接点が意外に少なく、契約時にコミュニケーションを取った後は顧客が保険金を請求するという時点までほとんど接することはない。同社はこの課題に目を付け、カスタマージャーニーの拡張に取り組み、成功している。「契約して保険金を請求するまでの間に、病気予防や通院、治療の支援をし、さらに保険金を請求した後には、健康を取り戻す活動や、生活を楽しむためのサポートまで、範囲を拡大してサービスの多角化を図っています」。
「例えば同社が展開する『平安グッドドクター』という医師紹介アプリでは、無料のオンライン健康相談を提供しています。さらに歩けば歩くほどポイントがたまるシステムを用意し、そのポイントでオンライン健康相談ができる仕組みを作っています。来院が必要となった場合、クチコミを基準に、病院ではなく医師単位で指名予約できるサービスも提供しています」。同社はこのサービスで大きな収益を上げようとしているわけではなく、最終的にマネタイズするのはその後のアフターフォローや金融商材であり、それを1つのIDで統合し、業務を支える基盤を作ったと小浪氏は説明した。
複合サービスを店舗で提案するような企業の取り組みも興味深い。「どうしても属人的になりがちな接客レベルの均一化を図るため、これまでの顧客の行動データ・契約データ、来店時に取得したヒアリングデータをベースとした提案エンジンを構築。トップ営業担当者ならどういうロジックでどういう提案をするのか、何をどういう順番でどう伝えたらこの人に刺さるかを、接客ストーリーとしてタブレット上で確認できるツールを構築した事例もあります」。これにより、例えば新任の営業担当者でも、ある一定レベル以上の接客が実現できるようになったという。
「これらの例から分かるように、DXではお客様のカスタマージャーニーを今までよりも広く捉えて、顧客に選ばれるサービスをデザインすること。さらに従業員の方も前向きに取り組める仕掛けや仕組みを構想することで、データ活用基盤の構築に生かすことができるようになります」
DXプロジェクトの課題を解決、成功に導くためのポイントは
DXプロジェクトを進めるにあたり、様々な障壁がある。そこで小浪氏はDXプロジェクトを成功に導くための7つのポイントを解説した。
まず、プロジェクト構想時の課題として想定されるのが「浸透していない形だけのビジョン」「組織のサイロ化」だ。「トップダウンによるDXでは、ビジョンが実際に動くメンバーまで共有できていないことが多々あります。プロジェクトを進めるにあたって最終的に目指すイメージにブレが生じます」と指摘する。組織のサイロ化は、どのようなプロジェクトにも起こり得る話だが、実際に前に進めようとしても各部署の反感を買ったり、調整ごとが難航したりする。部署単位のKPI達成主義などによる縦割り構造が、部署間連携を妨げる原因となっている。
「DXを実現するためには、やはりトップマネジメントの覚悟や権限委譲が必要になります。また、新規事業やDXの実現はすごく難易度の高いプロジェクトになるので、チーム全体でゴールに達成するためのアウトプット、OKR(Objectives and Key Results)を明確にすることが重要です」と説明。そこで小浪氏は、DXプロジェクトを成功に導くポイントの1つ目、2つ目として「ビジョンの策定・共有・共感」「DXを実現する組織・体制」を挙げた。
成功ポイントの3つ目は、「顧客体験を描き切る」こと。「メンバーそれぞれの考える顧客体験が異なっていたり、目指すべきイメージが曖昧だったり、さらにそれは単なる妄想にすぎず、そもそもお客様が望む顧客体験ではなかったりすることもあります。顧客体験はDXのよりどころであるため、プロジェクト当初にそれを描き切るということにぜひ取り組まれた方が良いと思います」と小浪氏。
「部署間での調整をしていく中で、意見が相反するケースや悩まれるケースがあると思います。そこで立ち返るべきは、やはり顧客の声や体験です。ここを共通化させておくことは重要で、設計段階で何度でも必要に応じて、簡易でもお客様の声を収集しておく必要があります」
さらに、「思い描くデータ基盤の構築が困難」という課題もある。成功ポイントの4つ目は、「要件の優先順位付け」だ。「結局、要件の優先順位が大事ですし、この提供価値に対して必要なサービス要件や業務要件と、それを下支えする従業員体験を踏まえることが重要です。実現方法の検討にあたって、『欠かせないことは何か』をよく考えるべきです」と小浪氏は説明した。
成功ポイントの5つ目は、「UXデザインチームの組成」。小浪氏は、「顧客体験を担保するチームが不在」という課題を挙げる。「戦略を考えた経営企画、各部署から集められた事業推進プロジェクトチーム、プロダクトを開発するベンダーでチームが組成されることが多く、立場の違いから、様々な議論が平行線をたどってしまうことがあります。結果、それでは顧客体験を考えるチームやメンバーがおらずに、コストとデリバリーを優先したプロジェクトになってしまいます」
成功ポイントの6つ目として、各フェーズで重きを置くテーマを設定する「アジェンダマネジメント」を挙げた。それぞれのチームがパラレルに進行していくと連携がうまくいかなくなり、アウトプットの結果・品質の低下につながりかねない。「結局、各フェーズ、アジャイルでは進みますが、何を優先して検討するのかというポイントを、フェーズごとに、順々に落としていくことが大事です」と小浪氏。
7つ目は、「ローンチ後の改善行動」だ。「そもそも経験の少ないメンバーが多い中で、サービスのリリースをゴールに設定してしまうと、その後の運営体制や業務フローがしっかり立てつけられていないケースがあるかと思います。きちんと事前にPDCAのプロセスの運営体制、もしくは業務フロー、仕組みづくりを検討しておくことをプロジェクトの進め方の中に入れておかなくてはいけない」と小浪氏は語った。
最後に、日本企業のDXプロジェクトの現実的な進め方について「理想的にはトップダウンの力が大事なのですが、いろいろな壁があり実現できないと悩まれている企業も多いと思うのです。そこで重要なのが、ミドルマネジメントの実行力です。思いを持ったミドルマネジメントの方が、理解ある役員を説得し、その思いに共感するようなメンバーを募って1つのチームをつくり、トライする。大切なのは、成功体験を周囲に伝えていくことです」と小浪氏は語り、講演を締めくくった。
協力:株式会社電通デジタル