ロイヤリティマーケティングとは、顧客のステータス(利用状況)に応じて優待特典を変えることで、ロイヤルカスタマー(優良顧客)との接点をさらに強化していく取り組みだ。ブライアリー・アンド・パートナーズ・ジャパンの川津のり氏は、ロイヤルカスタマーに喜ばれる体験を提供するためには、顧客と自社との関係の深さに見合ったサービスを設計することが重要だと「日経クロストレンド FORUM 2019」で語った。
協力:ブライアリー・アンド・パートナーズ・ジャパン
一律のポイント優遇ではなくステージ分けでロイヤルカスタマーを優遇
「ロイヤリティマーケティングは、考え方としては難しくありません。端的に言えば、業績貢献度が高いお客様は誰かをきちんと見極め、その方々に対して特別な体験を提供することです」。ブライアリー・アンド・パートナーズ・ジャパン 代表取締役社長の川津のり氏は、同社が推進するロイヤリティマーケティングをこのように説明する。
ブライアリー・アンド・パートナーズは1985年に米テキサス州ダラスで創業。既存顧客に対するロイヤリティ、エンゲージメントの向上のためのマーケティング支援を得意分野としてきたソリューションプロバイダーである。2015年に野村総合研究所(NRI)のグループ傘下となると、2016年には日本法人を設立した。「日本法人の立ち上げ当初は、ロイヤリティプログラムというと、ポイントプログラムとよく混同されました。最近は徐々に違いが分かってもらえるようになってきたと思います」と川津氏は振り返る。
一般的なポイントプログラムでは、購買額に応じて一律のポイント還元で値引きをし、顧客を囲い込む。一方で、同社がけん引するロイヤリティプログラムとは「顧客のステータスに応じて優待のステージを分け、顧客と自社との関係の強さに応じて優遇を拡大し、関係を強化していく」ための取り組みだ。
人口減少が進む日本では、顧客の母数は今以上に増やしにくくなる。既に関係を築いていた顧客を失ったら、それだけ大きな損失となるのは間違いない。そこで同社は、既存顧客との関係を深めていくことがより一層重要となると考える。
「欧米と比較すると、日本では後れを取っているのが現状です。ロイヤリティマーケティングの実践を試みる企業に、弊社が考える評価基準を満たすような取り組みができているか簡単な調査をしてみたところ、米国で進んでいる企業の場合は、10個の質問に対して7~8個が当てはまると回答されました。一方で、日本の場合は、推進している企業でも3~4個程度と、まだまだこれからという段階です」(川津氏)
続いて川津氏が紹介したのが、ブライアリー・アンド・パートナーズが支援した、ロイヤリティマーケティングを実践する様々な事例だ。
5つの事例で解説、ロイヤリティマーケティングの魅力
ロイヤリティマーケティングを実践する1つ目の事例は、米国のスターバックスである。同社はスマートフォンアプリで、オーダーから決済までできるサービスを展開している。店外からもオーダーができることに加えて、甘さ、ミルクの種類や濃度に至る細かいカスタマイズに対応することで、顧客それぞれのニーズに応える。
さらに、アプリ決算による会計金額に応じて「スター」がたまる「Starbucks Rewards」というプログラムを実施しており、これまでの購入金額に応じて限定プレゼントや、新商品の先行購入、ドリンクの割引などができる優待特典を用意している。これを川津氏は「初めてのお客様にとって楽しく、心地良い顧客体験を設計することで、お客様に継続購入を促すようなプログラムが作られています」と説明する。
2つ目は、北米におけるセブン-イレブンの事例だ。最初は「6杯コーヒーを買ったら7杯目は無料」という、スマホアプリを活用したシンプルなロイヤリティプログラムから開始し、1年以上かけて「レジでスマホアプリを出す」行動に慣れてもらうことを重視した。定着した今ではアプリの機能も豊富になり、様々な機能の中から、顧客が求めている機能、使っている機能だけを残すようにしているのだという。
3つ目は、ホテルのHilton(ヒルトン)。ホテル業界の中でもHiltonはスマホアプリの活用に積極的であり、登録するだけで誰でも好みの部屋に宿泊できるサービスや、アプリ上にデジタルキーの機能も組み込んだ、フロントに立ち寄る必要のないデジタルチェックアウトを実現している。ロイヤリティプログラムも多彩であり、ポイントに応じた無料宿泊はもちろん、宿泊頻度の高い顧客にはプレミアムルーム特典を設け、エグゼクティブやスイートなど、アプリで登録するだけでは予約のできない上位の部屋の予約をできる優遇特典を提供する。
4番目の事例は、米国でレンタカーサービスを提供するHertz(ハーツ)。空港カウンターでレンタカーを借りたいだけなのに、煩雑な手続きで長時間費やされてしまったという経験をしたことがある人は少なくないだろう。そこで同社のロイヤリティプログラムでは、事前予約したロイヤルカスタマーには待ち時間ゼロで、駐車場からすぐに出発できるサービスを提供。最近ではスマホ連携による顔認証や指紋認証で、免許証の提示なしに決済手続きができるようにするなど、とくにビジネス目的の顧客から高い支持を得ているという。
日本においても先進的なロイヤリティプログラムが始動
もちろん日本においても、先進的な取り組みを進める企業はある。サッポロライオンが手掛けるロイヤリティ向上サービス「YEBISU BAR(ヱビスバー)アプリ」だ。ヱビスバーでドリンクを注文すると、スタッフがその場で顧客のアプリに電子スタンプを付与するため、会計をしなかった顧客にも特典が行き渡るサービスだ。
「普通のレストランでは決済時にポイントカードを出して、会計した人だけにポイントがたまるのみでした。しかし、このアプリを活用することで、来店した顧客それぞれのステータスを測ることができます」と川津氏。会員ステータスはアプリ内で、ランキング形式で表示され、来店頻度や注文数の多い顧客には特典が用意されている。
ロイヤリティプログラムでは、機能だけでなく、楽しさ、ゲーム性も大切にしなければ、顧客はサービスを続けてくれないという。「自社のロイヤルカスタマーがどのような顧客体験を求めているか、それは個々のサービスの中でしか見つけられません。そこで重要なのがPDCAを回すこと。もし間違えたらやり直せば良いのです」(川津氏)。
顧客体験が検討の出発点。そのためにデータを集める
今後のマーケティングでは、パーソナライゼーション、コミュニケーションは欠かせない要素となる。顧客の感情に訴えるロイヤリティで、どうすれば「好き」になってもらえるのかを考えていく必要がある。「顧客体験を中心に考え、そのために必要なデータをどうやって取得するかを検討する。この順番で考える必要があり、順番を間違えてはいけません」と川津氏は強調する。
講演の最後で、川津氏は重要な項目を2点挙げた。1つは、「顧客接点をしっかり活用して情報を得ること。情報を得る理由は、顧客体験を高めるヒントをもらうため」であるということ。そして、マーケティング部門のテクノロジー製品が乱立する今だからこそ「あまり作り込まない方が良い。柔軟に作り、小さく始めて、変化に耐えるようにするのが良いです」とアドバイスする。日本におけるロイヤリティマーケティングへの取り組みには、まだまだ伸びしろが残されているようだ。