個客ニーズが見えない、リサーチを行なっても発見がない……。市場の価値観の多様化・個別化が進む一方、デジタルシフトとともに変化のスピードが早まっている今、マーケティングに求められるのは「ユーザーインサイト」の把握である。アクセスログ解析をどう製品開発、コミュニケーションの戦略に落とし込んでいくか。1つの事例としてヴァリューズと花王、二人の担当者が語った。
協力/ヴァリューズ

モバイルシフトで変わる、マーケティングの在り方
従来の企業目線のマーケティングでは、アンケート調査やグループインタビューによるアスキング調査が中心だった。利用実態や顕在的な意識把握、効果検証には有効なアプローチであるものの、興味関心が低いもの、無意識の領域にはアプローチできなかった。生活者のありのままの行動、無意識下の行動や発言を観察、傾聴し、ユーザーインサイトを発掘するリスニング調査の重要性が指摘されるのは、必然であった。

ヴァリューズの岩村氏は、「弊社のコア事業の1つがインターネットログ分析。現在はデジタルマーケティングを行うのがあたり前の状況ですが、弊社の『eMark+』は、自社サイト分析だけでなく競合サイトの動向、ECサイトでの回遊など消費者の動向を多角的に調査、分析できるところが強み。市場調査からマーケティング施策まで一貫したサポートができます」と語る。
メディア接触の個別化で、大きく変わるマーケティング環境
その取り組みの一例には、花王のスキンケアシリーズ「キュレル」のマーケティング活動における協業があるという。花王のコンシューマプロダクツ事業部門、キュレル事業部の廣澤氏は次のようにスモールマス戦略の重要性を語る。
「単純にテレビからネットへという話ではありません。重要なのは近年、全員が1つのメディア(主にテレビ)を共有する状況から、各自がデバイスを持つ状況になっているということ。そして、その個々のデータも取れるようになってきています。マーケティングのあり方も変わり、以前のようにマスをターゲットにするだけでなく、より細分化されたニーズや悩みを持つ、小さなターゲット層の集合に向けて、メッセージの作り方もクリエイティブも検討しなければなりません」(廣澤氏)

キュレルは乾燥性敏感肌に悩む方向けに展開されているブランドで、2019年で発売から20周年を迎える。
廣澤氏は、「マーケティングが語られるとき、どうしても広告の部分がフォーカスされがちだが、もの(サービス)づくりの段階が重要」と語る。
乾燥性敏感肌のお客様の声を集めたところ、「お手入れしているのに、起床~日中(午前中)にすでに乾燥を感じている方が6割」という調査結果が出た。マスを重要視している場合は、もともとスモールである乾燥性敏感肌者の集合の中の、さらに6割の人々に向けた商品開発はしないかもしれない。しかし、そこにキュレルが解決すべき課題の集合があるときには、その課題を抱えた顧客群に向けた商品を開発し、その顧客群に向けたメッセージを発信する。それがキュレルが取り組んできた戦略である。このお客様の声の集合から、より深い悩みを持つ乾燥性敏感肌の方向けのモイスチャーバームは生まれ、2018年9月に発売された。

上述のとおり、スモールマス戦略はものづくりの段階から始まっているが、ヴァリューズのデータはどこで使われているのだろうか? 廣澤氏は「eMark+はすべての段階で使えると思っていますが、特にメディアプランニングによく使っています」と言う。
廣澤氏は例として、ターゲットの検索行動を見るシーンと、競合の施策について調べるシーンをあげた。
まず検索だが、顧客の認識を理解するにあたり、「検索キーワードの種類を見極めることが重要」と廣澤氏は言う。検索には、「トランザクショナルクエリ」と「インフォメーショナルクエリ」がある。たとえば、以下の表の中でいうと、「敏感肌 化粧水(+ブランド名など)」などはトランザクショナルクエリ、いわゆる商品の購入など「取引」につながる検索、「敏感肌とは」などはインフォメーショナルクエリであり、言葉の意味や問題の解決方法を調べるための検索である。
廣澤氏は、インフォメーショナルクエリをよく見ると言う。なぜか? 「敏感肌」と調べる人はキュレルの潜在顧客であるが、彼らが“「敏感肌」をどのように解釈しているのか”は、インフォメーショナルクエリを叩いた際に見たコンテンツによって顧客の中で意味づけられている可能性が高いからだ。キュレルとして、お客様がどの文脈で「敏感肌」を捉えているのか理解し、キュレルはその文脈に乗っていく(例えばそのメディアでタイアップをする等)のか、新しい文脈づくりをしていくのか、判断をする必要があるからだ。
競合の状況も『eMark+』で分析
もう一つの例として挙げたのが、競合の施策の分析だ。
「マーケティングの施策を検討している段階で、競合の売行が通販チャネルだけで突発的に伸びたことがありました。『eMark+』の場合、それが自社サイトECでのことなのか、ECモールでのことなのか、細分化したデータを確認することもできます。このときには、ECサイトでの一時的な大量購入(まとめ買い)が理由と結論づけられたため、やみくもに対策を取るようなことはしませんでした。こうした意思決定の材料としても詳細なデータは間違いなく必要になります」(廣澤氏)
スモールマス戦略を成功させるには、多様化・個別化するユーザーニーズを捉え、そこに刺さる製品開発と、個々に効果的に届くプロモーション戦略の構築が求められる。「ウェブ行動という消費者の声なき声(自分では記憶していない行動)をとらえることで、マーケターの発想外の消費者ニーズを知ることができ、コミュニケーションが前進する」と岩村氏は再度リスニング調査の意義を強調した。
どのデータを使い、どんな戦略に落とし込むか。デジタルマーケティング時代の、独自データを持つ会社と、ものづくりを行う事業会社の協業という意味で、両社の取り組みは示唆に富んでいる。
協力/ヴァリューズ