アパレル小売の低調とネット通販の増加で、従来型マネキンの市場は縮んでいる。そこで、これまでにない機能や役割を持たせた斬新なマネキンの開発に力を入れるのが、マネキンメーカーの七彩(ななさい)だ。

 今回、紹介するのは、同社が「実はこれが一番やりたい商売」と意気込む新商品。FCR(Flesh Cast Reproduction)と呼ぶ型取りの技法を使い、人体の形をそのまま、皮膚のシワや質感まで石こう像で再現する「パーフェクションスーパーリアルマネキン」だ。

 見た目を生体のリアリティーに一層近づけ、人間との距離を縮めるマネキンである。

パーフェクションスーパーリアルマネキンの一例。名前は「こうへいちゃん」。モデルは七彩専務の稲葉行平氏
パーフェクションスーパーリアルマネキンの一例。名前は「こうへいちゃん」。モデルは七彩専務の稲葉行平氏
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 皆さんは、「不気味の谷」という言葉をご存じだろうか。「人を模した単純なロボットなどに対して私たちの親近感は高まるが、姿やしぐさが人に似すぎると違和感の方が勝るようになる。さらに、人と見分けがつかないほど似せることができれば、再び親近感が勝る、とする経験則があり、親近度のグラフにV字の谷が現れる現象」をいう。(参考:デジタル大辞泉など)

 実物と見分けがつかないほどになると、人は一転して好印象を抱く――らしい。七彩のパーフェクションスーパーリアルマネキンは「不気味の谷」を越えるだろうか?

※本記事は、新しい地平を開く進化系マネキンに注目するシリーズの後編。「顔が七変化? 客と会話も? マネキンの進化に驚いた」の続きです。前編で紹介した新型マネキン「IMPビュー」は、2018年9月5日、優れた販促活動に贈られる「第4回リテールプロモーションアワード」(ビジネスガイド社主催)を受賞しました。


取締役も体を張って商売! 型取りしてマネキンになる

 「え、なにこれ? え、ニセモノ? スゲェ……」「こわっ、見られてるみたい。歩き出しそうじゃん」――。広告販促展の会場(※)で人だかりがひときわ目立ったのが七彩の出展ブース。2体のマネキンを来場者が取り囲み、口々に発するこんな驚きの声でざわついていた。

 
※第3回「広告宣伝EXPO夏」(2018年7月4~6日、東京ビッグサイト)
「第3回広告宣伝EXPO夏」(2018年7月4~6日、東京ビッグサイト)に出展した七彩のブース正面で、来場者の関心を集めたパーフェクションスーパーリアルマネキン2体。モデルは七彩の山田三都男相談役(向かって右)と稲葉行平専務(左)。顔や手を型取りして彩色し、見た目を忠実に再現している
「第3回広告宣伝EXPO夏」(2018年7月4~6日、東京ビッグサイト)に出展した七彩のブース正面で、来場者の関心を集めたパーフェクションスーパーリアルマネキン2体。モデルは七彩の山田三都男相談役(向かって右)と稲葉行平専務(左)。顔や手を型取りして彩色し、見た目を忠実に再現している
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 商用マネキンで頭からつま先まで生体のまま型取りできる技法を、七彩が世界に先駆けて確立したのは1970年代。生きた人間と見間違う人が続出、というエピソードも生まれた。岡本太郎記念館に飾られている美術家・岡本太郎氏のそっくりマネキンはその代表例だ。型取り時間の短縮など製法に改良が加えられ、2016年、個人をマネキンとして制作する「パーフェクションスーパーリアルマネキン」が誕生した。

 七彩では、そのサンプルづくりに取締役が自ら型取りの“生体”となって参加する。「うちはみんな体張って商売してますから」(商品本部長・一ノ瀬秀也氏)。下の写真は右2体がマネキンだ。

写真右からマネキンの山田相談役と稲葉専務。左端は実物の稲葉専務(画像提供:七彩)
写真右からマネキンの山田相談役と稲葉専務。左端は実物の稲葉専務(画像提供:七彩)
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シワ、血管、毛穴まで型取りして彩色する「生き写し」

 型取りの材料は、海藻が主成分のものに硬化剤を加えた専用液。そこに手、足、顔などをつけて型を取る。顔の型取りは「目を開けたまま」だ。白い液の中で目を開け続けるのは恐ろしく感じるが、「いや、水中で目を開けているのと同じですよ。慣れると笑みも浮かべられます」(商品部 担当部長・池田公信氏)。型取りの時間は、手なら約5分、顔は20~30秒程度。寒天状に固まったら手や顔を抜き、写し取った“型”の中に溶いた石こうを流し込む。

型取り用の専用液に目を開けたまま顔をつける。写真の人は山田相談役。「途中、どうしても目をつぶりたくなるので、カーッと見開きました」とのこと(画像提供:七彩)
型取り用の専用液に目を開けたまま顔をつける。写真の人は山田相談役。「途中、どうしても目をつぶりたくなるので、カーッと見開きました」とのこと(画像提供:七彩)
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山田相談役の顔を型取りした石こうの面(右)。耐久性と軽量化を図るため、この面の材質を樹脂に替えてマネキンに組み込み、輪郭や頭部の形状を合わせて彩色、ウイッグをかぶせたパーフェクションスーパーリアルマネキン(左)
山田相談役の顔を型取りした石こうの面(右)。耐久性と軽量化を図るため、この面の材質を樹脂に替えてマネキンに組み込み、輪郭や頭部の形状を合わせて彩色、ウイッグをかぶせたパーフェクションスーパーリアルマネキン(左)
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 ウイッグを使わないヘアスタイルの場合には、頭部全体の型取りが必要になる。

ヘアスタイルに応じて後頭部も型取りする(画像提供:七彩)
ヘアスタイルに応じて後頭部も型取りする(画像提供:七彩)
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耳を型取りする様子。耳の形は個々の違いを細部で追求できる見せどころの1つ(画像提供:七彩)
耳を型取りする様子。耳の形は個々の違いを細部で追求できる見せどころの1つ(画像提供:七彩)
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手の表情はクオリティーを左右する重要な要素(画像提供:七彩)
手の表情はクオリティーを左右する重要な要素(画像提供:七彩)
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石こうが固まった後、慎重に取り出した各パーツ。これらの原型をもとに本人のそっくりさんを忠実に再現する(画像提供:七彩)
石こうが固まった後、慎重に取り出した各パーツ。これらの原型をもとに本人のそっくりさんを忠実に再現する(画像提供:七彩)
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座っているのは稲葉専務ご本人。サイズや細部の特徴をスタッフがつぶさに記録する(画像提供:七彩)
座っているのは稲葉専務ご本人。サイズや細部の特徴をスタッフがつぶさに記録する(画像提供:七彩)
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肌感まで描く、職人の巧みな彩色技術にだまされる

 この商品の最大の特徴は、個体の外見的特徴を極めて精緻に写し取ること。まさに「生き写し」だ。微細なシワ、浮き出た血管、毛穴のブツブツまでその形状をつぶさに写し取る。指紋まで取れてしまうので、これは後で削る。

 そして、見た目を生体のリアリティーに一層近づけるのが職人の技。アクリル系絵の具などで関節の微妙な色の違いを描き分けたり、シミ、ホクロ、ヒゲそり跡、肌感まで本物そっくりに再現する。

「瞳」の再現度は、リアルマネキンの印象を大きく左右する。瞳が濡れたような光沢を帯びると、呼吸し始めるようだ
「瞳」の再現度は、リアルマネキンの印象を大きく左右する。瞳が濡れたような光沢を帯びると、呼吸し始めるようだ
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彩色を施し、ヒゲそり跡や肌感まで再現する職人の技。七彩でマネキン制作に携わるスタッフは美術大学出身者が多いそうだ(画像提供:七彩)
彩色を施し、ヒゲそり跡や肌感まで再現する職人の技。七彩でマネキン制作に携わるスタッフは美術大学出身者が多いそうだ(画像提供:七彩)
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細かなシワ、毛穴のブツブツまで写し取り、彩色で見た目のリアリティーに限りなく近づけるパーフェクションスーパーリアルマネキン。髪の毛は1本1本“筆で描いた毛”だが、巧みな筆使いにだまされて遠目にはそれらしく見える
細かなシワ、毛穴のブツブツまで写し取り、彩色で見た目のリアリティーに限りなく近づけるパーフェクションスーパーリアルマネキン。髪の毛は1本1本“筆で描いた毛”だが、巧みな筆使いにだまされて遠目にはそれらしく見える
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浮き出た血管、色が微妙に濃い関節、指輪の黒ずみまで本物に限りなく似せる
浮き出た血管、色が微妙に濃い関節、指輪の黒ずみまで本物に限りなく似せる
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マネキンは服の着せ替えを容易にするため、このように腕や脚を分割できる構造になっている
マネキンは服の着せ替えを容易にするため、このように腕や脚を分割できる構造になっている
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 マネキンに彩色する技術は、通常はアイシャドーや口紅の色などシーズンごとに変わる流行のメークを新作マネキンに施すのに生かされる。その延長線上にある職人技の真骨頂が、まさにパーフェクションスーパーリアルマネキンで発揮されるのだ。

 生体をそのまま型取りして、 生身の肌感まで再現する。「生きているような気配まで表現するのに、3Dプリンターを使ってもここまで精緻な再現はできないと自負しています」(池田氏)

「大活躍する人の手や足の石こう像を限定販売したい」

 今、七彩が最も期待を込めるビジネスは、スポーツ選手や漫画家など、社会で活躍する著名人の手や足を型取りした石こう像を限定販売するアイデアだ。しかも大量には作らない。「せいぜい100個程度でシリアルナンバーをつけ、プレミアム価値で勝負する」(一ノ瀬氏)というもの(※)。

※現在、スポーツ業界やオリンピックに向けたイベント、展示会などで付加価値の高いメモリアル商品として販促活動を展開中。2019年6月19日開催の広告宣伝EXPOに出展予定。
「これは私の手です。似ていますか?」(商品本部長・一ノ瀬秀也氏)
「これは私の手です。似ていますか?」(商品本部長・一ノ瀬秀也氏)
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「ボールを握った手の形」をきっちり決めて型取りするのがミソ
「ボールを握った手の形」をきっちり決めて型取りするのがミソ
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ボールを持たせるときは指を外してセットします
ボールを持たせるときは指を外してセットします
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 卓球の選手ならラケットを握ったままの手を記念のオブジェとして残すことができる。ペンを持たせた作家の手を1個だけ作って記念館に飾るのもアリだろう。

これが大先生の手、だったりするのだ
これが大先生の手、だったりするのだ
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これが数億人の観客を歓喜させた、あのアスリートの足だったら……!
これが数億人の観客を歓喜させた、あのアスリートの足だったら……!
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 微細なシワの1本1本に、唯一無二の肉体性をリアルに刻む石こう像。リアルな彩色のほか、表面を金色や銀色に加工し、下写真のようにトロフィー風に仕上げることもできるそうだ。

このように金属調に表面加工したトロフィー風になると、型取りの意味合いが損なわれるように思うのだが……
このように金属調に表面加工したトロフィー風になると、型取りの意味合いが損なわれるように思うのだが……
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 金や銀のトロフィー風になると高級感は演出できる。しかし、物質感が強すぎて生き写しのリアリティーを損なうのは惜しい。ファンが欲しいのは物質的なリッチ感ではなく、神と仰ぐ人の肉体をそのまま写し取ったことの稀有な価値だと思うが……。

 神と仰ぐ人のシワや爪の形を見てみたい。あと、シリアルナンバーがついた“顔”を部屋に置くのはどうだろうか……?

特に「関節」に怖いほどのリアルを感じる
特に「関節」に怖いほどのリアルを感じる
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(写真/佐藤 久)

著 者

赤星千春

「?」と「!」を武器に、トレンドのリアルな姿を取材するジャーナリスト。

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