アジア圏のアイドル市場に質的な変化が現れてきた。これまで長くアジア全域を席巻してきた韓流ブームがようやく落ち着きを見せ始めた2017年、タイ・バンコクでその後“現象”とまで呼ばれるようになるアイドルグループが誕生した。日本のAKB48グループを育てた秋元康氏がプロデュースするBNK48である。日本のアイドルビジネスは、グローバル戦略としてこれまで通り海外遠征を進めるが、今後、BNK48のような日本国内で現地アイドルをプロデュースするビジネスも拡大していく。BNK48の異常とも言える盛り上がりの裏には、もともとあったアジア圏における日本文化に対するあこがれに加えて、急速な経済成長がある。日本国内では「2020年に向けてアイドルをインバウンド戦略の柱にする」という期待も出てきた。

タイの国民的アイドル BNK48。代々木公園のタイ・フェスティバル2018にて
タイの国民的アイドル BNK48。代々木公園のタイ・フェスティバル2018にて
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アジア圏でアイドル文化が根付きつつある

 なぜBNK48がバンコクで爆発的にヒットしたのか。一つには、親日家が多いタイ国民が日本のアイドル文化を好んで受け入れたこと、もう一つは、韓流ブームの沈静化が挙げられる。さらに、日本のアイドル文化とタイの文化を絶妙にマッチングさせたことも、タイ国民の好感度をアップさせた原因と考えられる。

 それまでタイで圧倒的に人気が高かった韓流アイドルは、スタイリッシュなパフォーマンスを得意とした“美人系”で占められていた。しかし、BNK48の台頭以降、いわゆる“KAWAII系”がタイでも人気となっている。韓流アイドルや欧米のアーティストのように“完成された美”をファンが愛でるのではなく、日本のアイドルのように“未完成”のアーティストを育成しながら楽しむ文化がアジアでも理解されるようになってきたという。

 こうしたアジア市場の変化に対して、日本のアイドル業界も手をこまねいて見ているだけではない。以前よりアジア市場に“遠征”というかたちでかかわっていたアイドルのグローバル展開がますます盛んになるとともに、BNK48のような現地アイドルを日本の運営がプロデュースする新しいビジネス形式も盛んになりそうだ。

収益確保が難しい海外遠征、乗り合いの解も

 「アイドルのグローバル展開」と言えば、これまではアイドルの海外遠征を意味していた。現在でも、遠征を定例行事とするアイドルは多い。トップアイドルでいえば、AKB48や、モーニング娘。を筆頭としたハロー!プロジェクト各グループ、でんぱ組.incなどはもちろん、より集客規模の小さなアイドルでも積極的に海外展開を図っているグループが多い。具体的には、わーすたやLinQ、東京女子流などが海外公演で実績を残している。中には演歌女子ルピナス組(Enka Girls)のように海外のファン数が国内の100倍以上という猛者(もさ)もいる(記事後半のコラムを参照)。

海外公演も多いでんぱ組.inc。アイドル横丁夏祭り!!2018にて
海外公演も多いでんぱ組.inc。アイドル横丁夏祭り!!2018にて
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 ただ、海外でも一定数以上の固定ファンを獲得できるトップグループ以外は、単発の海外遠征で確実に利益を得るのは難しい。特にアジア圏では、日本との物価格差もあり、国内並みの有料興業ではなかなか集客が難しいという。さらに、メンバーやスタッフの海外渡航費や宿泊費、現地コーディネータの確保やビザ取得など、多くの障害がアイドルの海外公演を阻んでいる。

 このため、興業を「乗り合い」で実施することで、イベント自体の企画や運営の負担を軽くしようと、アイドルフェス形式で複数のアイドルが共演するケースも多い。大手イベントでは、@JAMシリーズ(@JAM in 上海、@JAM x TALE in Hong Kong)がよく知られているが、今年は国内最大級のアイドルフェスTOKYO IDOL FESTIVAL(TIF)も満を持して海外展開を開始した(TIF in Bangkok)。

 それでは、なぜアイドルは利益確保が難しくても海外遠征に出るのか? 大きな理由の一つは、海外公演の実績そのものにある。海外公演の実績を日本国内でアピールすることによって、国内の集客を増やす戦略だ。ただし、欧米志向の強い日本人にはアジア圏での実績がそれほど集客につながらないとする見方もある。

BNK48。今年初めて海外進出したTIF in Bangkokに招待された
BNK48。今年初めて海外進出したTIF in Bangkokに招待された
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タイのアイドルファン。TIF in Bangkokにて
タイのアイドルファン。TIF in Bangkokにて
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加速する現地アイドルビジネス

 一方、日本のAKBグループの総合プロデューサーが創設した現地アイドルグループの活動が、ここへ来て活発になっている。インドネシア・ジャカルタに本拠地を置くJKT48は2011年結成とすでに6年が経過、2017年にはタイ・バンコクでBNK48が始動した。JKT48と同じく総合プロデュースは秋元康氏で、運営事務所は現地に設立したBNK48 Officeである。

 2017年初頭に旗揚げしたBNK48は、短期間で急成長を見せた。専用のオープンスタジオを開いたり、AKB48曲のタイ語バージョン『Aitakatta(日本版:会いたかった)』と『Koisuru Fortune Cookie(日本版:恋するフォーチュンクッキー)』を立て続けにリリースしたりして、驚異的な売り上げとYouTubeの再生回数を記録。さらに、タイ語の“恋チュン”を一般人が歌い踊る動画が次々とネットに上がり、タイでは社会現象とまで呼ばれる盛り上がりを見せた。

 BNK48は今年に入っても勢いが衰えず、3月、4月に初開催した単独コンサートでは、ものの数十分でチケットがソールドアウト。加えて、バンコク市内のショッピングモールにBNK48劇場を作った。さらに、前述のTIF in Bangkokに招待されると、3日間の集客1万5000人(フジテレビ発表値)の原動力にもなった。この8月には、日本で開催されるTIFに招待されることも決定した。

 このように勢いづくBNK48に加え、AKB48グループは今年、台湾・台北でTPE48、フィリピン・マニラでMNL48が活動を開始している。また、6月に開催された「第10回 AKB48世界選抜総選挙」では、世界選抜となるWRD48を発表。センターには、BNK48のキャプテンであるチャープランが就任した。さらに、中国・上海でAKB48 TeamSH、インド・ムンバイでMUM48のデビューを予定し、着々と世界戦略のコマを進めている。

 こうした日本国内プロデュースによる現地タレントビジネスのメリットは大きい。まず、日本国内で熟成したビジネスモデルを流用するので、安定したビジネスを展開できる。次に、いわゆる「外タレ」ではないので、愛国心を煽りやすく親近感も得やすい。海外遠征のような多大なコストもかからないし、現地のこと細かな状況に対応できるので柔軟性も高い。日本のプロデュース側は「プロデュース料」として一種のライセンス料を収入にするので、ビジネス上のリスクも小さくできる。

「コンテンツ大国日本」の第3軸をアイドルに

 2020年の東京オリンピック開催に向けて、国内のビジネスは、より一層、インバウンドを意識した構造にシフトするのは明らかである。そのとき、世界に向けて日本が主張するのは「コンテンツ大国」としての存在感。これまでは、国産アニメやゲームが世界で実績を上げてきた。TIF2018の総合プロデューサーである菊竹龍氏は、そこに第3の軸として「アイドル」を加えたいとする。

 アイドルたちの海外遠征は、これからより盛んになるだろう。現地における外貨獲得という目的もあるが、今後は現地ファンを増やして、いずれインバウンド化する方向も視野に入れていく。そのモデルでの主戦場は海外ではなく、日本国内ということになる。一方、AKB48グループ型のグローバルビジネスモデルでは、主戦場は現地。日本のプロデュース側はアイドルビジネスをライセンス事業として展開していく。このビジネスモデルは、現在、世界を席巻している日本のアニメビジネスに近いといえるだろう。

演歌女子ルピナス組
国産アイドルがインドネシアで16万人のファンクラブ!
「Enka Girls」の仕掛人、大石一尋氏にアイドルのアジア戦略を聞く

――アイドルグループを海外展開しようと考えたキッカケを教えてください。

大石一尋氏(以下、大石): 若いころに約10年間、音楽の勉強のためヨーロッパに住んでいました。「外」から日本を見たとき、日本のイメージが「アニメ」「すし」「芸者」「サムライ」程度しかなくてショックを受けたんです。それで、いつか日本の音楽を海外に持っていきたいと思うようになりました。「自分の音楽が日本企業にとって役立てれば」と考え、日本でコンテンツになり得るもの(アイドルや2次元、和装など)がオールインワンで詰まったグループを作り、演歌をテクノにアレンジしてアイドルに歌わせるコンセプトを早々に決めました。それが邦名「演歌女子ルピナス組」、海外名「Enka Girls」です。

――なぜアジアで展開したのですか?

大石: ヨーロッパに住んでいたとき、アイドルをいきなり欧米で展開しても成功しないだろうと思っていたのです。一瞬、「面白いね」という評価をもらっても、根付くところまでは行かない。欧米人が完成したものに賞賛を与える傾向があるからです。一方の日本人やアジア圏の人たちは、未完成なものの美しさを賞賛します。そこで、アイドルの展開をアジア圏に絞りました。結成した初めの年にいきなり、ベトナムやインドネシア、香港、中国に彼女らを連れて行ったのです。

左:「Enka Girls」のプロデューサー、大石一尋氏、右:Enka Girlsのメンバー、遠矢るいさん
左:「Enka Girls」のプロデューサー、大石一尋氏、右:Enka Girlsのメンバー、遠矢るいさん
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――どのようにして、異国の地で現在のような人気をつかんで行ったのですか?

大石: アジア地域を回って、一番、日本のアイドルに興味を持ったのがインドネシアだったのです。初めて行ったにもかかわらず、現地の方がYouTubeで予習してくれていて、わたしたちの曲を一緒に口ずさんでくれました。それで、「この国だ!」と思い、Facebookページを通じてプロモーション活動を始めました。とりあえずインドネシアで流行っていることを真似してFacebookに上げるようにしました。するとある投稿がバズって、そこに43万「いいね」が付いたんです。そこから、フォロワー数が一気に伸び始め、1週間で8000フォロワー増えたときもありました。
 半年くらい経って再びインドネシアを訪れた時には、Facebookページで「この日にライブをやります」と予告したくらいなのに、1300人程度の方がライブに来てくれました。去年の夏には、インドネシアで開催されるフェスに呼ばれたのですが、私たち以外は日本のメジャーアーティストばかりでした。それにもかかわらず、一番集客したのは私たちでした。

――現在はどういった活動をされているのでしょうか?

大石: 例えば去年の9月は1カ月間ずっとインドネシアに行っていました。ファンの数は、日本のファンクラブ会員が1000人弱。一方、インドネシア向けのファンクラブには現在、約16万人の方が登録されています。インドネシアは今後経済的に大変伸びる国だし、人口も世界で4番目。年齢別の人口分布も、日本と正反対の若者が多い三角形の分布です。こういったことを考えると、インドネシアでの成功は大きいのではないかと思っています。企業の宣伝活動としてアイドルを使ってもらえるような文化が出てくれば、僕としては本望です。事実、企業とのコラボが、現在、実現しつつあります。

Enka Girls、インドネシア・ジャカルタのIDOL PARTY 2018
Enka Girls、インドネシア・ジャカルタのIDOL PARTY 2018
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(文・写真/野崎勝弘=メディアリード)