“ディープ・シンジュク”といえばゴールデン街

 外国人観光客たちの手本となるよう、二礼二拍手一礼の正しい作法でお参りをすませたら、もと来た道を戻って、階段を降りる。

 道の反対側、右手に広がっているのが、今回の“ディープ・シンジュク・ツアー”の最終目的地であり、ここ数年、外国人観光客が大挙して訪れているインバウンドの超人気スポット「新宿ゴールデン街」だ。

花園神社と道を挟んで隣の地域に広がる「新宿ゴールデン街」
花園神社と道を挟んで隣の地域に広がる「新宿ゴールデン街」
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 この街は、終戦直後にできた闇市が、1950年頃から「青線」と呼ばれる非合法の歓楽街となり、1958年の売春防止法の施行により飲食街へ変貌したという独特の成り立ちを持っている。昔から、作家や編集者、演劇や映画関係者などの文化人が集まることで知られ、客同士のけんかも多く、ぼったくりバーも少なくなかった。そのため一般人には敷居の高い危険なイメージで語られた時代もあった。

 現在はけんかやぼったくりバーはほとんど姿を消し、おしゃれで健康的な店もたくさん増えた。およそ2000坪ほどのエリアに2~3階建ての木造の長屋ひしめき合い、約280軒もの店が深夜あるいは朝まで営業する街の熱気は変わらなかった。

 ところが、ここ数年で、ゴールデン街の風景は一変した。筆者は20年前からこの街に通っているが、ほんの数年前まで、入り口にあるスタンディング・バー以外で、外国人の姿を見かけることはほとんどなかった。2009年、フランスで発売された『ミシュラン 日本版観光ガイド』で「新宿ゴールデン街」が二つ星を獲得した頃から、欧州の観光客の姿をぽつぽつ見かけるようにはなったが、物珍しそうに街の写真を撮るだけで、彼らが店に入って飲むことはなかった。

 ところが、今では道行く人のほとんどが外国人観光客という状況にもよく出くわす。外国人観光客だけで店が満員になっている光景も珍しくなくなった。

 外国人のお客さんは「3~4年くらい前から来はじめ、去年くらいからものすごいことになった」。このエリアの商店会である新宿三光商店街振興組合の高宗謙三理事は分析する。「ガイドブックやネットにも載っているようですが、実際に来た人の口コミが影響しているみたいです」。高宗氏は今年で13年目を迎える「KENZO’S BAR」のマスターでもある。

新宿三光商店街振興組合の理事で「KENZO’S BAR」のマスターの高宗謙三氏
新宿三光商店街振興組合の理事で「KENZO’S BAR」のマスターの高宗謙三氏
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 外国人観光客は「街全体の売り上げにもかなり貢献してくれています。海外のテレビの撮影もずいぶん増えました」。しかし、常連客がメインだったのに、日本語の話せない一見客への対応には相当困ったのでは?と尋ねると、高宗氏は「外国人観光客の接客方法のコツ」を教えてくれた。「外国人観光客は、よく“もらいタバコ”を頼んでくるので、それをきっかけにしてコミュニケーションが生まれることは多いですね。あとは音楽かな。日本人が知っているメジャーなミュージシャンなら、外国人はたいてい知っているので、曲をかければすぐに一体感が生まれます」。昔からゴールデン街につきものだった「酒とタバコと音楽」があれば、たとえ言葉が通じなくても“ノープロブレム”というわけだ。

 そうなると、逆に、ゴールデン街に興味はあるけど、ボラれはしないかと心配で二の足を踏む日本人はどうしたらいいのかも、知りたくなった。プロならではのアドバイスを求めると、高宗氏は優しい笑みを浮かべて言った。「信頼できるマスターやママに紹介してもらうのが一番だけど、せっかくゴールデン街に来たんだから、気になる店のドアを思いきって開けてみてほしい。それで、チャージがいくらで1杯いくらか、値段を聞けばいい」。ちゃんと答える店には入ればいいし、「『とりあえず飲みなさいよ』なんてうやむやにする店には入らなければいいんです」。

 そうか、いきなり値段を確かめても、失礼じゃないのか。それなら初心者でも安心して、自分に合った店を気軽に探せそうだ。

 こうして、インターナショナルな雰囲気のなかで夜は更けてゆき、やがて“ディープ・シンジュク・ツアー”は終焉(しゅうえん)を迎えた。

 今回、外国人観光客に人気のディープなスポットを回ってみたら、今まであまり意識していなかった“日本や日本人の魅力”に改めて気付かされることとなった。これからもインバウンドを盛り上げていくためには、まず、日本人の私たち自身が、新たな視点から日本の文化や風習と向き合い、その長所や魅力を新鮮な気持ちで感じとることが必要なのかもしれない。

(文・写真/佐保圭=フリーライター)