チタンの削り出しでわらしべ長者に

 もともと中村製作所は、誤差はわずか1000分の3ミリ以内という高い切削技術を持っている。宇宙関連企業からの依頼でH-ロケットの部品を作ったこともあった。また、湖池屋のスナック菓子「ポリンキー」の網目状の三角形を切り出すためのローラーを作ったこともある。

 その技術を使った自社ブランド「MOLATURA(モラトゥーラ)」(イタリア語で削り出しの意味)を立ち上げ、最初にアルミニウム製のワイングラスを作った。展示会に出展したら好評で、グラスの底に彫っていた細かいロゴマークを見た人が、これができるならはんこを作れないかと話を持ちかけてきた。はんこは高級品とされていた象牙が減少し、新たな素材として主流となったのがチタン製。チタンは金属の中でも特に削るのが難しい素材として知られているが、そのチタンの切削技術は中村製作所が最も得意とするものだ。

「MOLATURA」(モラトゥーラ、イタリア語で削り出しの意味)の第1弾として展示会に出展したワイングラス
「MOLATURA」(モラトゥーラ、イタリア語で削り出しの意味)の第1弾として展示会に出展したワイングラス
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グラスの裏に彫られた精密なロゴ
グラスの裏に彫られた精密なロゴ
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 そこで、名古屋を拠点に活動するプロダクトデザイナーの岡田心氏に相談し、開発したのが、純チタン製はんこ「SAMURA-IN」。「はんこは人の覚悟を後押ししてくれるようなもの。侍が刀を抜くようなイメージで、鞘(さや)のようなはんこケースも作った」(山添社長)。これが、2015年にグッドデザイン賞を受賞。個人用の認印は1本2万9000円、実印は1本4万8000円と高額ながら、年間30~40本販売し、累計で100本ほど売り上げたという。「しかし当初の予想売り上げ額にはまるで届かなかった。僕らは作ることはできても、それを売る販路や売り方を知らなかった」(山添社長)。

純チタンはんこ「SAMURA-IN」
純チタンはんこ「SAMURA-IN」
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 ところが、SAMURA-INが話題になってから周囲が動き始めたという。このはんこを展示会に出展したところ、「もっと大きなチタン製品も削れるか」と相談を持ちかけられた。「チタンはとても高額な素材だったが、『やります』と即答したら、それが防衛関係のモーター製品だった」(山添社長)。

 次の展示会では、そのときに手がけた潜水艦や航空機関連の部品を出展。「それを見た三重県の職員の方から声をかけられ、航空宇宙産業クラスター形成特区への参画が決まった」と山添社長は話す。実は三重県をはじめ、愛知、岐阜、長野、静岡の5県は航空宇宙産業の研究開発から設計、製造、保守管理の一貫体制を持つ、アジア最大級の経済特区「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」として国から指定されている。そこに参画することは、税額の控除や工場立地の特例などさまざまなメリットがあり、大きな後ろ盾を得ることになる。

 同時に、中部地区で金属の削り出しや鍛造、樹脂金型など異分野の技術を持つスペシャリスト集団「中部ものづくりユナイテッド」の発足に参画。積極的に共同開発に関わっていたところ、宇宙機開発を行うPDエアロスペースからロケット部品の製作を依頼されたという。PDエアロスペースは、ANAやH.I.Sが出資している民間宇宙輸送システムを開発する会社で、2023年に宇宙旅行の運用を目指している。「最初は夢物語にも感じたが明確な運用時期なども分かり、夢が動き始めた気がした」(山添社長)。これとは別に、人工衛星ロケットの開発、医療分野で脊髄インプラントの開発も進行しているという。

 「自分はわらしべ長者だと思っている。人を介してどんどん事業が広がっている。同時に社員もやる気を出して新規事業開拓が活発になっているので、僕は外との折衝が主な仕事。今は自社ブランドのモラトゥーラに軸足を置いている」(山添社長)