鈴木敏文氏/1932年長野県生まれ。56年中央大学経済学部卒業、東京出版販売(現トーハン)に入社、63年ヨーカ堂(現イトーヨーカ堂)に入社。73年ヨークセブン(現セブン-イレブン・ジャパン)を創設。78年社長。92年イトーヨーカ堂社長。2005年セブン&アイ・ホールディングスを設立。会長兼CEOに就任
鈴木敏文氏/1932年長野県生まれ。56年中央大学経済学部卒業、東京出版販売(現トーハン)に入社、63年ヨーカ堂(現イトーヨーカ堂)に入社。73年ヨークセブン(現セブン-イレブン・ジャパン)を創設。78年社長。92年イトーヨーカ堂社長。2005年セブン&アイ・ホールディングスを設立。会長兼CEOに就任
セブン&アイ・ホールディングス・鈴木敏文会長の退任表明が大きな話題となっている。鈴木会長はいかにしてセブン-イレブンを一から作り、圧倒的強者に育て上げたのか。その功績を振り返るべく、「日経トレンディ」2015年5月号(2015年4月4日発売)に掲載したインタビューをここに転載する(内容は基本的に発売日時点のもの)。(聞き手/鹿毛康司氏)

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――前回の最後で、セブン-イレブン創業当初は小売りの経験がなかったと、伺いました。当初は、経営に関わられるつもりはなかったのですか?

鈴木:そうなんですよ。当時の私の役職はイトーヨーカ堂の人事部長で、そのままセブン-イレブンを手がけました。私ばかりでなく、最初のメンバーはみんな素人です。コンビニをやるといっても社員は手を挙げませんから、新聞広告で募集したわけです。それで集まってきたのが、自衛隊のパイロットや商社マンなど、異業種出身者ばかりでした。結果的に、それが幸いしました。流通の〝素人〞だから、常識に縛られないんです。米国のやり方では理屈が通らないから新しいことをやろうと提言すると、みんな「それはいい」と賛同しましたよ。

――米国の方法で、理屈が通らないのはどういうところでしたか?

鈴木:米国のセブン-イレブンは要するに、チェーンストアだったんです。チェーンストアは、19世紀後半に流通の合理化が進む米国で生まれた小売り形態です。本部が商品開発して配り、店はそれを売るだけという分業体制。日本でもヨーカドーやダイエーなどのスーパーは、この方式です。

 だけど私は、日本のコンビニでは、そういう考え方は無理じゃないかと思った。何を売るかは店の発注によって決めるようにしたんです。すると商品部も必死になって、売れるものを開発しました。これが日本のセブン-イレブンです。チェーンストアは、消費が伸びている時代に通用する形態で、今では、その役目を終えています。

――それが共同配送やPOSの導入につながったわけですね。それでも、新しい試みを始めるたびに、社の内外に反対意見はあったと思います。どのように説得されてきたのですか?

鈴木:かっこよく言えば、意志を貫き、一つ一つの壁を破ってきました。その問題に集中するしかなかったですね。

――説得術を、もう少し具体的に教えていただけないでしょうか。

鈴木:口説き落とすしかないです。例えばパンの問題ですね。当時は正月といえば、スーパーも休んでいました。でも、365日営業のコンビニというからには、常に新鮮な商品をそろえなくてはいけません。それで山崎製パンさんに、お願いに行ったんです。まずは社長にお話して、続いて組合の方々とさんざん議論をし、「そこまで言うのなら」と納得していただきました。

 問屋さんだって正月は休むから、商品の仕入れができなかった。自分たちのクルマで運ぶと言い出す社員もいましたが、「それはダメだ」と一喝しました。10店、20店の規模ならできるかもしれないが、1000店になったときに、それがやれるのか、と。将来をしっかりと見据えることも大事ですね。

■コンビニを核に巨大流通グループを形成
■コンビニを核に巨大流通グループを形成

みんなが反対することこそ、挑戦する価値がある

――実行してきたことが、すべて結果を出しているのが素晴らしいです。

鈴木:ですから私は、「みんなが反対することこそ、挑戦する価値がある」と言い続けています。むしろ誰もが賛成することは、ただの「常識」で、過去の経験の産物にすぎません。

 セブン銀行を発足するときも、反対意見ばかりでした。メインバンクの頭取さんには、「失敗するとわかっていることを見過ごすわけにはいきません」と、親切な助言をいただきました。だけど私が考えていたのは、少額の金をコンビニで下ろせたら便利だ、ということだけです。公共料金の支払いに充てる現金も、その場で下ろせますから。便利であることが、真理なんです。それなのに皆さん、前例がないからと、反対するんですよ。

■セブン-イレブンの進化の歴史
■セブン-イレブンの進化の歴史
注)表内の黒帯のトピックはセブン-イレブンが取り組んだ「世界初」「日本初」「業界初」の試みのなかの主要なサービス。グループ企業は主な資本関係や業務提携のある企業を掲載した。年表は2015年4月時点のもの。ドーナツは全国で展開されている

――少し話は変わりますが、大学を出て最初に入社したのが、出版取次大手のトーハン。テレビ番組の制作プロダクションをつくろうとされたとか。

鈴木:そうそう。僕は、作家の谷崎潤一郎さんに会えた最後の世代じゃないかな。トーハンの看板を背負って、有名な作家や経済人と会ううちに、仲間と制作プロダクションを立ち上げたくなったんです。それでスポンサーを探しに、イトーヨーカ堂へ行ったら、「まずは社員に」と誘われた。ところが会社を移ったら、プロダクションの話なんかなくなっていたんです。

――話が進んでいたら、日本の流通革命はなかったかもしれないんですね。

鈴木:流通に全く関心がなかった男が、今ではどっぷりとつかっています。これも運命なんでしょうね。

業態って誰が決めたのでしょうか?

――トーハン時代には、心理学や統計学も勉強されたと伺っています。

鈴木:出版界は遅れていたから、ようやくマーケティングリサーチを取り入れようかという段階だったんです。それで会社の命令で大学の先生を招き、統計学や心理学を勉強したんです。

――心理学や統計学で今、役立てられていることがありますか?

鈴木:プライベートブランド(PB)は、心理的な盲点を突いたと思います。PBは、ナショナルブランドより安いという暗黙の定義があった。それはおかしいと思い、うちでPBを始めるときには、質のいいものを開発するよう指示したんです。しかもグループのデパート、スーパー、コンビニのどこでも同じ価格で販売するように、と。

 みんな反対しましたね。百貨店のそごう・西武は、スーパーやコンビニと同じものは売れないと言うし、ヨーカドーやコンビニも、同じ値段では売れないと言う。私は、「商売を知らなすぎる」と怒りましたね。今の世の中は、ものが十分に足りていますが、一方で人は新しいものを常に求めています。人の欲望は無限です。だから質のいいものを出せば、同じ値段でも売れるんですよ。みんなは不服そうでしたけど、私がやれと言うから、仕方ないですよね。おかげさまで、今年でPBの売上高は、業界トップの1兆円超になります。安さじゃないんですよ。

――そうした発想が、グループの販路を統一するオムニチャネルの取り組みにつながるのでしょうか?

鈴木:ものを買うという行為の最終形態がオムニチャネルだと、私は思っています。実店舗とオンラインを統合しますから、オムニチャネルが進めば、どこにいても商品を注文できます。購入した商品は全国1万7000店超のセブン-イレブンで受け取れるし、返品もできる。どうです? 便利でしょ。一人住まいの女性も、自宅で荷物を受け取らなくてよくなります。もし購入前に商品の詳細を確認したかったら、実店舗で見られるのも強みです。

 とにかく本当の意味のオムニチャネルができるのは、うちだけです。同じ資本でデパート、スーパー、コンビニ、そして専門店までそろっているグループは外国にだってないですよ。

――消費者は、目的によって業態を使い分けていると思いますが、グループ内でのデパート、スーパー、コンビニの位置づけは変わりますか?

鈴木:業態って誰が決めたのでしょうか? 実は、お客さんが決めたわけじゃないんですよ。今日、私が着ているワイシャツは、ヨーカドー、そごう・西武が共同で開発した、4900円(税別)の商品です。今これが、西武でもヨーカドーでも、一番売れています。お客さんからすれば、生地の肌触りが良くて着やすいことが重要で、どこで売っていてもいいんです。

――5年後のコンビニは、どのように進化しているでしょうか?

鈴木:オムニチャネルに対応する形で、扱う品物が増えるでしょう。衣料品なども売るようになります。それとサービス面では、「配達」ということが相当増えていくと思います。

――今も食事を宅配する「セブンミール」というサービスがありますが、さらに昔のご用聞きのように、配達する品目が増えるということですか?

鈴木:そうです。思えば、セブン-イレブンを始めた頃は、お声を掛けた酒屋さんに「配達する時代は終わった。コンビニなら、お客さんから買いにきていただけます」と説得したものです。だけど40年たって、またガラッと逆転し、コンビニも配達しなければいけない時代になりました。それが世の中の変化に対応するということです。

――仕事を持つ女性や高齢者など、いわゆる“買い物弱者”への対応も強化していくお考えでしょうか?

鈴木:そうです。定期的に配達するご家庭も増えてきています。配達時に、お年寄りの健康状態などもチェックできるようになるでしょう。

――今後、ますますサービスの質がきめ細やかになりそうですね。

鈴木:地域性がカギになるということです。チェーンストアの時代は終わったという話をしましたが、本部であらゆる方針を決めるやり方は通用しません。実際、コンビニでもスーパーでも、業績の良くない店は思い切って店長任せにしたほうが、売り上げが伸びます。だって今では、地方の人だって東京土産を喜ぶという時代ではないでしょ。むしろ地元のものをもらったほうがありがたいと思われます。

――時代の変化に対応するのが、顧客への一番のサービスでしょうか?

鈴木:社会は常に変化する。過去は否定し続けなければ前に進めません。

聞き手/鹿毛康司氏
エステーの執行役・エグゼクティブクリエイティブディレクター兼第三事業本部長。1959年、福岡県生まれ。早稲田大学商学部卒業。米ドレクセル大学でMBA取得。CM代表作は「ミゲルの消臭力」他。著書に『愛されるアイデアのつくり方』

〈インタビューを終えて〉
鈴木会長の挑戦を続けられる姿勢にかねてから感銘を受けてきた。実際にお会いして、ぶれない志をお聞きするにつれ、世の中に対する鈴木会長の実直な愛情を垣間見た。巨大企業のトップとして厳しい決断も必要と思われるが、判断基準は常に「お客さんが喜ぶかどうか」。“常識”に縛られずに「顧客視点」で突き進むお姿は、企業の経営者を超えた社会のプロデューサーだと私の目に映りました。

(企画・構成/奥井真紀子、写真/大髙和康)


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