注ぎ方の違いでスーパードライの味を変化させる達人技

 銘柄の選択肢はただ1種類、既存銘柄なので自家醸造のような味の変化はなく、カクテルのように他のものと混ぜるわけでもない。なのに、驚くほど多様なビールの飲み方が楽しめる店が、東京都中央区銀座の「ピルゼンアレイ」だ。同店で出される酒は「アサヒ スーパードライ」だけ。では、どのようにして多様な楽しみ方ができるのか。その答えは、オーナーの佐藤裕介氏の「注ぎ分け」にある。

東京都中央区銀座の「ピルゼンアレイ」
東京都中央区銀座の「ピルゼンアレイ」
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「ピルゼンアレイ」オーナーの佐藤裕介氏
「ピルゼンアレイ」オーナーの佐藤裕介氏
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 佐藤氏が注ぎ方を変えるだけで、たる生の「アサヒ スーパードライ」は3つの全く違う味わいを表現する。そのうまさと不思議さが噂を呼び、「アサヒ スーパードライ」の好き嫌いは問わず、都内からの常連はもちろん、全国から“ビール好き”が訪れる。

 2014年2月、佐藤氏は、酒と料理が楽しめる60席の1号店『ブラッセリー ビア ブルヴァード』を新橋にオープンした。経営が軌道に乗ると、佐藤氏は「王道のビールの楽しみ方」を探求するべく、2015年12月、「ピルゼンアレイ」をオープンした。「銀座の1階という条件で、注ぎたてをお客様の前にぽんと置ける店をコンセプトにしました」(佐藤氏)という同店は、カウンターのみで、10人も入れば満席となる。

カウンターでは、すべての客が佐藤氏と彼の注ぐビールに対峙することになる。店内は禁煙
カウンターでは、すべての客が佐藤氏と彼の注ぐビールに対峙することになる。店内は禁煙
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 佐藤氏が注ぎ分けを始めたきっかけは、前職の広告会社勤務時代、世界中のビールの注ぎ方を研究したことだった。

 「チェコ、ドイツ、オーストリア、オランダのラガー、イギリス、アイルランドのエール、アメリカのクラフトビールなど、世界にはそれぞれにビール文化がありました。日本のビールメーカーは1つの注ぎ方しか教えないけれど、実際にはいろんな注ぎ方があり、すごく面白かった。1つのビールを1つの注ぎ方に縛るのは、その本質を知らせる手段としてはどうかと思い、注ぎ分けを始めました」(佐藤氏)

 実際、どんな注ぎ方でどのような味わいになるのか、解説してもらった。

佐藤氏は3つの注ぎ方を丁寧に解説してくれた
佐藤氏は3つの注ぎ方を丁寧に解説してくれた
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 1つ目は、日本の標準的な注ぎ方。まずグラスに液体だけを注ぎ、そこにクリーミーな泡を乗せる。「液体に強い炭酸感が残るのが特徴で、『シャープ注ぎ』と呼んでいます。喉越しを重視した注ぎ方で、アルバイトやパートの人でも簡単に覚えられますが、おなかの中で炭酸が出るため、げっぷが出やすく、おなかが張るデメリットもあります」(佐藤氏)

 2つ目は、佐藤氏がチェコで見た方法を洗練させた「佐藤注ぎ」。初めにグラスにクリーミーな泡を少しだけ入れ、それに反応させて泡を立てながら液体を一気に注ぐ。「そうすることで、ふんわりとした泡ができ、適度な炭酸の抜けでビールの味が感じやすくなり、げっぷも出にくく、おなかも張りにくくなりますが、炭酸感は多少落ちます」(佐藤氏)

 3つ目は、新橋のビアホールレストラン「ビアライゼ'98」の名サーバー松尾光平氏に敬意を表して「松尾注ぎ」と呼ばれる注ぎ方。泡立てながらグラスに注ぎ、時間をかけて炭酸を抜きながら、2回に分けて注ぐ。「液体のビールから炭酸ガスをしっかり抜くことで、味を何倍にも引き出せますが、喉越し感は弱くなります」(佐藤氏)

 ビールに喉越しを求めるなら「シャープ注ぎ」、味わいを求めるなら「松尾注ぎ」、両方の絶妙なバランスを楽しみたいなら「佐藤注ぎ」と、同じスーパードライでも、注ぎ分ければまったく異なる楽しみ方ができた。佐藤氏は言う。「ビールを飲む人が年2%以上減っている近年、『ビールはおいしい』と思ってもらえる体験がないと、その先はありません。

 クラフトビールの幅の広さに多様性があるように、スーパードライのなかにも多様性があります。フローズン生やビアカクテルもいいですが、世界の7、8割を占める金色のラガータイプの『ピルスナー』を王道の飲ませ方でおいしいと思ってもらいたい……その方法の1つが『注ぎ分け』です」

 酒屋で飲む、一期一会の出合いに酔う、フルーツやフレーバーとマッチングする、注ぎ方で味わいを変える……これほど多様化したビールの楽しみ方を堪能できる今こそ、ビール好きはもちろん、ビールが苦手だった人にとっても、ビールの魅力を再確認できるチャンスといえるだろう。

(文・写真/佐保圭=フリー・ライター)