「ジビエ」とは、狩猟で捕らえたシカやカモといった野生鳥獣の食肉を意味するフランス語。昔は貴族など上流階級の人々が、狩猟シーズンに大地の恵みに感謝しつつジビエ料理をいただいていた。現代でも本場フランスでは、秋の狩猟解禁とともにレストランで赤ワインと一緒に楽しむなど、毎年のイベントとしてジビエ料理は定着しているようだ。

 そんなジビエが、低カロリーで高たんぱくな食材として日本でも数年前にブームになったことは記憶に新しい。農作物の鳥獣被害に苦しむ全国の地方自治体では、捕獲したシカやイノシシをジビエとして活用しようという試みも増えている。害獣とはいえ捕獲したシカやイノシシを食肉として消費することは、命の尊さを考えれば当然の流れだろう。

 国もこうした動きを後押ししている。2007年12月に「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律」を成立させ、鳥獣捕獲や食肉処理施設の設備充実に必要な費用を補助している。それでも、野生鳥獣による農作物の被害金額は2014年度で約191億円と甚大なもので、「朝起きて畑を見たら作物がなくなっていた」という経験のある農家も数多くいると聞く。鳥獣被害がある地方自治体の約9割がなんらかの防止策に取り組んでいるものの、環境省では今後も野生のシカやイノシシの個体数が増えると予測している。

 こうした状況で、ジビエで注目されているのが三重県だ。県内を中心に三重県産のジビエがかなり普及している点を特許庁が認め、2015年2月には「みえジビエ」として商標登録も果たした。普通名詞である「ジビエ」に地域名を組み合わせただけの商標登録は全国でも初という。

みえジビエのホームページ

安全面を徹底的に考慮して解体されるシカ

 みえジビエの特徴は、厳しい基準の品質・衛生管理マニュアルが存在することと、このマニュアルに準拠してシカなどの解体、販売などを行っている事業者を県が審査し、お墨付きを与える登録制度があることだ。

 マニュアルは、原則として散弾銃で捕獲した個体は使わないといった捕獲時の規定から、と殺後に解体処理施設に搬入するまでの時間や解体時のナイフの使い方まで細かく記載されており、食肉としての安全面を考慮した内容になっている。登録制度は2013年12月にスタート。第1回の登録施設は9施設だったが、2015年12月の時点では94施設と順調に数を伸ばしている。

三重県伊賀市にある、いがまち山里の幸 利活用組合 かじか
三重県伊賀市にある、いがまち山里の幸 利活用組合 かじか
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 解体処理施設として登録されている「いがまち山里の幸 利活用組合 かじか」では、主に罠で捕獲したシカを解体している。さらに安全性を考慮して「罠にかかった後、暴れるなどして死んでいた個体は使わない」(代表理事組合長の中森秀治氏)という。生きているシカに対して、放血などの処理をし、60分以内に施設に搬入、食肉用に解体している。マニュアルに基づく徹底した品質管理が行われている。

 解体後のシカ肉は、ロースやモモなどの部位に分けられ真空パックで出荷される。罠で捕獲したシカであっても過去に散弾などを受けているケースもあるので、出荷前には金属探知機でのチェックを実施。もちろん大腸菌やサルモネラ菌などの細菌検査も怠っていない。

“日本流ジビエ”を世界に広めたい~みえジビエの挑戦(画像)
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“日本流ジビエ”を世界に広めたい~みえジビエの挑戦(画像)
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解体されたシカは、丁寧に各部位に分けられて、真空パックで出荷される
いがまち山里の幸利活用組合 かじかの代表理事組合長を務める中森秀治氏
いがまち山里の幸利活用組合 かじかの代表理事組合長を務める中森秀治氏
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 出荷数は順調に伸びているようだ。平成26年度は約360頭を解体したが、「平成27年度は約500頭になる」と中森氏。今後の出荷増に対応するため、現在は冷蔵庫をより大型で最新のものに変更している最中だ。「(かじかの)近所では被害も減ってきている」と、中森氏は笑顔を見せる。詳しいことは教えてもらえなかったが、ジビエをさらにおいしくする工夫もテスト中という。

 中森氏はみえジビエの将来について「もっと一般の人が食べられるものにしたい」と話してくれた。みえジビエの品質に自信があるからこその言葉だ。


ランチのチャーハンでジビエが食べられる

 実は「もっと一般の人が食べられるものにしたい」という目標は、みえジビエだからこそ立てられるものといえる。厳しいマニュアルに準拠して解体されたみえジビエのシカ肉は、放血などがしっかりしていることもあり臭みの少ないクリアな味わいになっている。みえジビエは肉の臭みが苦手な人でも食べられるのだ。

 加えて、みえジビエは年間を通じて供給ができる可能性がある。というのも、農作物に被害をもたらす鳥獣の捕獲は狩猟と違い、ほぼ一年中実施が認められているからだ。みえジビエは、秋の狩猟シーズンから冬にかけて出回る限定的な食材ではない。いつでも手に入る、臭みの少ない健康的な食肉を目指している。

 また、みえジビエはフランス料理以外にもさまざまなスタイルで食べられるのも面白い。登録事業者のなかには、有名カレーチェーン「カレーハウスCoCo壱番屋」の三重県下の店舗が含まれている。期間限定だが、過去4回みえジビエを使ったカレーを提供している。

 カレーだけでなく中華にもみえジビエは使われている。三重県・亀山市にある「中国名菜 しらかわ」は、みえジビエを使ったメニューを積極的に展開。ジビエと中華のマリアージュは全国的にも珍しいものだ。

 店長の白川貴久氏は、肉質や味だけでなく「実際に解体している現場を見学させてもらって、これは信頼できると確信した」と、安全面を評価し、食材として活用することを決めた。人気メニューは、「みえジビエ鹿肉のオイスター炒め」だ。ほかにも「みえジビエ 鹿肉の特製チャーハン」など、ポピュラーな中華料理にみえジビエを合わせている。「食べやすいし肉が硬くならないのがみえジビエのいいところ」と白川氏。

 現在は新メニューを開発中で、それはなんとシューマイだという。「いい肉を使うからには妥協はしない」(同氏)と商品化にはまだ少し時間がかかるようだ。

 みえジビエの将来について白川氏は、「しらかわだけではやっても意味がない。三重県を代表する食材として家庭でも気軽に使われるようになってほしい」と三重県にエールを送った。

しらかわのジビエを使った「みえジビエ鹿肉のオイスター炒め」
しらかわのジビエを使った「みえジビエ鹿肉のオイスター炒め」
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店長の白川貴久氏
店長の白川貴久氏
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日本発の新しいジビエの可能性を探る

 では、フランス料理店はみえジビエをどのようにとらえているのだろうか? 三重県立美術館内にあるフランス料理店「ミュゼ ボンヴィヴァン」の代表取締役、出口直希氏は「フランス本国にはない日本独自の味わい」とみえジビエを評し、「現代の嗜好に合っている」と話す。

 そもそも出口氏は、10年以上前からジビエ料理を提供しており、ジビエ料理の作り方を地元の中学や高校で教えることもある“ジビエの伝道師”。「ジビエはフランス料理の花形の食材で、その店のトップのシェフしか扱えないことが多い。若い料理人にとってはあこがれの食材」(同氏)と語るように、ジビエに精通している。

 出口氏は、みえジビエについて、食肉処理のマニュアルがしっかりしているため、「肉の品質や味が安定している」と話す。昔は購入する猟師によって味や品質がまちまちだったという。現在は登録業者から1頭買いでシカを購入し、昨年は70頭分売れたというから驚きだ。

 また、みえジビエは「日本発、世界に発信できるジビエになる」(同氏)とも。ほぼ一年中捕獲できるため、季節に合ったジビエの楽しみ方を提案できることが理由だ。「季節ごとに個体の脂ののりが違ったり、春なら若い個体が入手できるかもしれない。それぞれに味付けを変えたり、旬の野菜を組み合わせたりといった新しいスタイルが提案できる」(同氏)と語る。

 同店の人気メニューは、「美杉産頭買い鹿肉のロティ 食べ頃部位を本日の仕立てで」。1頭買いしたシカを「熟成を加えながら、(特定の部位だけがなくならないように)うまく回している」(同氏)。出口氏によれば、ジビエは「ローストするときの火加減が重要で、オーブンで30秒焼きすぎただけで味や軟らかさが違ってくる」という。

 みえジビエの将来については、現代の嗜好に合っているので、和食などへの展開を期待したいとのこと。「居酒屋でシカ肉のメンチカツが手軽に食べられたら面白いと思う」(同氏)と話してくれた。

ミュゼ ボンヴィヴァンの人気メニュー「美杉産頭買い鹿肉のロティ 食べ頃部位を本日の仕立てで」。ローストのテクニックも味わってほしい一品
ミュゼ ボンヴィヴァンの人気メニュー「美杉産頭買い鹿肉のロティ 食べ頃部位を本日の仕立てで」。ローストのテクニックも味わってほしい一品
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ミュゼ ボンヴィヴァンの代表取締役、出口直希氏
ミュゼ ボンヴィヴァンの代表取締役、出口直希氏
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本場フランスへの輸出を目指す?

 みえジビエは、三重県が中心となって、一般企業でいえば営業となって活躍の場をどんどん広げている。昨年は三越のお歳暮にも採用され、今年は中部国際空港発のJAL国際線の機内食としても提供が始まっている。関係者の目標である「一般の人にもっと広めたい」は着実に前進しているようだ。三重県下の一部スーパーではみえジビエを扱っており、ハンバーグなどの加工食品も登場するなど、一般家庭にも徐々に浸透し始めている。

 今後の課題は、「県外と海外への進出」と、三重県農林水産部 フードイノベーション課の久保村実氏は話す。本場フランスのジビエを食べたことがある方からは「もう少し臭みがあってもいい」という感想をもらうこともあるそうだ。だが、欧州でも都市部を中心にジビエの需要は減っているともいわれている。肉の臭みもその理由のひとつだろう。ならば臭みの少ないみえジビエが“日本発の新たなジビエ”として、県外、海外、そして本場フランスでも注目される可能性はあるのではないか――。今後のみえジビエの広がりに期待したい。

(文/渡貫幹彦=日経トレンディネット)