東京都練馬区にある遊園地「としまえん」で、1966年のサービス開始以来、半世紀以上にわたって来場者に親しまれてきた名物アトラクション「ミステリーゾーン」が、VR(仮想現実)を使った次世代お化け屋敷「怨霊廃線VR」として生まれ変わった。2017年12月22日から2018年4月9日までの期間限定オープンとなる。

オープン以来ほぼ変わらぬ姿で続いてきた「ミステリーゾーン」が「怨霊廃線VR」になった。半世紀ぶりの大進化を、増改築なしに実現している点がユニーク
オープン以来ほぼ変わらぬ姿で続いてきた「ミステリーゾーン」が「怨霊廃線VR」になった。半世紀ぶりの大進化を、増改築なしに実現している点がユニーク
[画像のクリックで拡大表示]

 この「怨霊廃線VR」は、西武鉄道、豊島園、そしてVRコンテンツの製作を手がけるダズルのコラボによって実現した。西武鉄道としては、VR技術を鉄道事業への活用するにあたっての検証も目的のひとつとして見据えているのだそうだ。

 しかもこの「怨霊廃線VR」は、「鉄道の職業体験要素を含ませており、『エンターテインメント』『教育』『VR技術』のさまざまな魅力に触れていただけるアトラクション」なのだという。この一文に見事釣られた筆者は、早速体験してきた。

既存のライド型アトラクションをVRでリノベーション

 前述のように、「怨霊廃線VR」は同園の人気施設「ミステリーゾーン」を活用している。自動で動くゴンドラのシートに座り、暗闇のなかを進んでいくお化け屋敷という点では「ミステリーゾーン」と変わらない。それどころか、看板を新たに追加した以外、施設としては「ミステリーゾーン」ほぼそのままなのだ。リノベーションした感じがまったくない。

「怨霊廃線VR」になる前の「ミステリーゾーン」。全然変わっていない……
「怨霊廃線VR」になる前の「ミステリーゾーン」。全然変わっていない……
[画像のクリックで拡大表示]

 とにかくまずは体験することに。ゴンドラのシートに座り、スマートフォンを使ったVRヘッドセット「Gear VR」と、立体音響を再生可能なヘッドフォンを装着する。視覚も聴覚も完全にVRシステムで覆われた状態で楽しむわけだ。なるほど、これなら施設の展示物など内装に手を加える必要はない。

ゴンドラは2人乗り。10台あり、最大で20人同時に体験できる
ゴンドラは2人乗り。10台あり、最大で20人同時に体験できる
[画像のクリックで拡大表示]
使用しているのは、Galaxyシリーズのスマートフォンを利用したVRヘッドセット「Gear VR」
使用しているのは、Galaxyシリーズのスマートフォンを利用したVRヘッドセット「Gear VR」
[画像のクリックで拡大表示]
VRゴーグルを装着し、廃線の保線作業へと向かう筆者。ゴンドラは2人乗りだが、VRゴーグル内ではひとりぼっちの作業を強いられる
VRゴーグルを装着し、廃線の保線作業へと向かう筆者。ゴンドラは2人乗りだが、VRゴーグル内ではひとりぼっちの作業を強いられる
[画像のクリックで拡大表示]

 そうは言っても半世紀以上前のお化け屋敷だしなあと、正直、最初はなめていたのだが……。いやいや、さすがコンテンツを作り慣れている企業が手を組んでいるだけのことはある。心臓がきゅっとなるような恐怖を味わうことができた。ネタバレを避けるため詳しくは書かないが、これは面白い。

廃線なんだから保線作業は昼間にやればいいはず……なのだが、闇のなかをゆっくりゆっくり作業車は進む。その遅さがまた恐い。「ミステリーゾーン」ファンなら思わずニヤリとしてしまう演出も
廃線なんだから保線作業は昼間にやればいいはず……なのだが、闇のなかをゆっくりゆっくり作業車は進む。その遅さがまた恐い。「ミステリーゾーン」ファンなら思わずニヤリとしてしまう演出も
[画像のクリックで拡大表示]

 何より素晴らしいのは、ゴンドラから自分の体に伝わってくる振動や走行感覚と、映像の一体感だ。ゴトゴトと決して良くはない独特の乗り心地が、映像の中のボロボロの線路上を走っている感覚にマッチして臨場感を高めてくれる。左右へのカーブなども画面と体感がぴったりシンクロしていた。

 ゴンドラは2人乗りで10台ある。体験の所要時間は3分半ほどだが、恐怖感からかもっと長く感じられる。としまえんへの入園料が別途必要だが、利用料金は500円(「木馬の会」会員か「のりもの1日券」があると300円)で、VRを使ったアトラクションとしてはリーズナブルだ。

利用制限は身長110cm以上、13才以上推奨となっているが、13歳未満でも単眼型のスコープで体験できる
利用制限は身長110cm以上、13才以上推奨となっているが、13歳未満でも単眼型のスコープで体験できる
[画像のクリックで拡大表示]

VRの実証実験としてスタート

 体験後、西武鉄道鉄道本部計画管理部鉄道計画課の武川俊仁氏、豊島園事業企画部事業企画課の宮内靖代氏、ダズルのVR開発ディレクター 中山昌弥氏にお話をうかがった。

―― この「怨霊廃線VR」はどんな経緯で企画が立ち上がったのでしょうか?

武川俊仁氏(以下、武川氏): 西武鉄道で新技術を使ったものづくりを模索していたときに、お客様の受けもよく、市場での汎用性が高いVRを使ったコンテンツを作ろうということになりました。そしてお客様に体験していただきたいと思い、としまえんという場所を選びました。

―― 職業体験を組み合わせるという点が非常にユニークですが、これは当初から盛り込まれていた要素なんでしょうか?

武川氏: としまえんさんが立ち上げたものならエンターテインメントに徹するものでよいと思いますが、今回は西武鉄道が企画を立ち上げたことに意味がありました。そこで、いかに職業体験の要素を盛り込むかに注力して開発を進めました。

 今回の「怨霊廃線VR」では、線路の異常が感知されて警告が出たときに、コンソールを5秒間見続けることで「検査完了」と認定されるルールです。終了後に5段階で作業内容が評価されますが、怨霊を見つけた数とともに、線路の異常をちゃんと検査できたのかも評価の対象です。

―― VR技術を生かす実証実験を兼ねているとのことですが、エンターテインメント以外の活用方法を検討しているのでしょうか?

武川氏: まず従業員教育です。それと、鉄道事業というとゲーム『電車でGO!!』に代表されるように、車両を運転する部分だけがクローズアップされがちです。しかし夜間の保線作業など、鉄道を運行するにはさまざまな仕事が必要で、大勢の人が働いているんです。そうした部分をVRで体験して知ってもらうなど、お客さまへの啓発にも活用したいと思っています。

ライド型アトラクションとの見事なシンクロは、シンプルな手法で実現

――想定している動員数は?

宮内靖代氏: 期間中のトータルで3万人を見込んでいます。としまえんではこの「怨霊廃線VR」がVRを使った初めてのコンテンツで、新技術に対しての試金石的な意味合いがあります。反響次第ですが、ほかにもいろいろ企画を進めていきたいと思っています。

使用されたVRゴーグルのスマートフォンは、すぐさま充電台に置かれ、充電が終わったものから再度ゴーグルに装着されていく。こうしたオペレーションもとしまえんとしては初の試みだ
使用されたVRゴーグルのスマートフォンは、すぐさま充電台に置かれ、充電が終わったものから再度ゴーグルに装着されていく。こうしたオペレーションもとしまえんとしては初の試みだ
[画像のクリックで拡大表示]

―― ダズル側としては開発で苦労された点などありますか?

中山昌弥氏(以下、中山氏): 今までさまざまなVRコンテンツを手がけてきましたが、新規ではなく、すでに稼働中のライド型アトラクションに合わせて作るのは初の試みでした。コンテンツとゴンドラの動きを同期させることに気を使いました。

―― どうやって同期させているのでしょうか?

中山氏: 当初はIoTデバイスの活用なども考えていましたが、最もシンプルな手法を採ることにしました。映像が始まる際に、VRゴーグルに装着したスマートフォンのフラッシュを点灯させ、オペレーターがそれを見てゴンドラのスタートボタンを押しています。ゴンドラの動きがかなり正確なので、途中途中で同期を取る必要はありませんでした。ただ、映像の内容とゴンドラの動きをいかにシンクロさせるかが大変で、まずは何度もゴンドラに乗ってその動きの正確なタイムテーブルを作るところからスタートし、それに合わせた演出を考えていきました。

―― 演出面などでは西武鉄道側の意向も盛り込まれているのでしょうか?

中山氏: 遠隔地からリモートでデータを更新できる仕組みを使い、西武鉄道さんからいただいたご意見を随時反映させながら開発を進めていきました。

武川氏: 企画のスタートが2017年の6月。ダズルさんに話を持ちかけたのが9月、正式に開発が始まったのが10月で、実質的な開発期間はほぼ2カ月です。テストのために数え切れないくらい乗り、気づいた点はダズル側に連絡してリモートですぐに修正してもらうという作業を重ねました。最終的には全編360度、どの方向に何が見えるのかまで完全に覚えてしまいました(笑)。

アトラクションをリニューアルする新たな手法になるか

 何体もの怨霊に取り囲まれ、恐怖に震えながら廃線の保守点検をしなければいけないという、次元を超えたブラックな労働環境。よくよく考えればちょっと笑えるシチュエーションでありながらも、いざ体験してみれば、お化け屋敷としての怖さもちゃんと味わうことができる、そのギャップが「怨霊廃線VR」の魅力だ。

 何より、既存のアミューズメント施設の設備には手を加えずに、そのコンテンツをまるっきり上書きしてしまうというVRの活用方法に、いたく感心させられた。ダズルによるとこうした手法はあまり例がなく、VR開発に携わる同業他社からの注目度も高いという。

 「怨霊廃線VR」は、実質的には体験者がつけるVRゴーグルとヘッドフォンの内側だけで完結している。試すことはしなかったが、ゴーグルとヘッドフォンを外せば、そのまま「ミステリーゾーン」が楽しめるはずで、運営方法によっては複数のコンテンツを同時に提供できる可能性すらうかがわせる。

 増改築なしに低コストでライド型アトラクションを完全にリニューアルできるこの手法は、もしかしたらこれから各所の遊園地やテーマパークで大流行するかもしれない。

(文/稲垣宗彦)

関連リンク
この記事をいいね!する