ゲームが街に飛び出した米国と、それが禁じられた日本

 風営法は、キャバレー、クラブ、パチンコ店などの業務の適正化のために存在する法律だ。1982年(昭和59年)の改訂で、非行防止の観点から、全国のゲームセンターの営業も含まれるようになった。これにより、お金を払ってテレビゲームを遊ばせる場は、原則としてすべてゲームセンターとみなされ、風営法で管理される対象になったのだ。そして、そこに置いていいのはアーケードゲームのみと規定された。

 1983年(昭和58年)には、任天堂からファミコンが発売され、そこからテレビゲームは大衆が楽しめる健全な娯楽としての地位を獲得していくのだが、その前年に改訂された風営法により、家庭用ゲーム機はもちろん、携帯ゲーム機、PCゲームなど、モニターを使って遊ぶあらゆる娯楽を楽しむ場を有料で提供する行為は、すべて風営法に違反する行為となってしまったのだ。

 その結果、日本でのテレビゲームの発展は、海外における発展とは、まるで違う道を歩むことになった。

 例えば、2006年に任天堂のWiiが発売されたとき、米国から発信されたニュースとして、バーなどにWiiが置かれ、大人たちがみんなでゲーム大会に参加して大いに盛り上がっている光景が、たくさん報じられた。海外ではゲーム機が家庭から外に持ち出されたことによって、ゲームの存在が大衆に認知されるようになった。それと歩調を合わせるかのように、一部のマニアが楽しんでいたゲーム大会も世間に広く認められるようになった。その規模は加速度的に拡大し、いまでは凄腕ゲーマーがプロとして大金を稼げるまでに成長し、eスポーツは大きな発展を遂げたのだ。

 一方、テレビゲームが風営法に縛られている日本では、このようなムーブメントは起きなかった。バーなどに家庭用ゲーム機を置くと、それは「有料でゲームを楽しませる」ことに該当するため、違法になってしまう。日本は老若男女がゲームを楽しむゲーム大国であるにもかかわらず、ゲームを楽しむ場所を提供するビジネスは成立せず、多くの人が集まり、みんなでゲームを楽しみ、競い合うという文化が、生まれないままになったのだ。

モニターを利用する娯楽を提供した瞬間、風営法が顔を出す

 他の娯楽と比較してみると、テレビゲームという娯楽が置かれた独特の環境が、より明確に理解できるかもしれない。

 例えば、将棋や囲碁。将棋クラブや囲碁クラブなどの、お金を払って対局する場を提供するビジネスは、もちろん合法であり、日本全国津々浦々に将棋クラブが存在している。誰もがいつでも“他流試合”が体験できる環境が整っているからこそ、小さな子どもの中から、次々と才能ある人が育ち、中学生にしてプロになったり、快進撃を見せたりするようなスターが出現した。そして、そのスターを応援する人たちもたくさん存在するから、プロ棋士は職業として成立しているのだ。

 しかしテレビゲームは違う。将棋クラブや囲碁クラブのような、「お金を取って、ゲームを楽しませる場」を提供すると違法となる。このため、ゲーム愛好者が腕を競い合う草の根の大会は、ほぼ開催できないのだ。このような環境下では、ゲームの他流試合を楽しむという文化が発展するわけがないし、優れたプレーヤーを応援する機運も生まれない。これもeスポーツにおいて、日本が海外に完全に出遅れた重大な要因だと思う。

 余談だが、たとえ将棋クラブであっても、そこにPCを置き、ネットを介して対局できる場を提供すると、厳密には違法営業になる。モニターを使っての娯楽はテレビゲームとみなされるため、同じ将棋でも違法になるのだ。ばかばかしいけれど、インターネットが普及するはるか前に作られた法律だから、そのように判断されるのである。

 一方、モニターを使った娯楽を提供しても許される場合もある。その一例が、ゴルフショップなどにある大画面を使ったゴルフシミュレーターだ。まぎれもなくモニターを使った娯楽ではあるのだが、その使用は指導者によるレッスンの一部とみなされるため、風営法によって規制されていない。