「シンギュラリティー」(Singularity、技術的特異点)という言葉をよく耳にするようになった。人工知能(AI)が、人間の知能を超える時期のことを指すものだが、それだけに留まらない深い意味がある。ソフトバンクが開催したイベント「SoftBank Robot World 2017」(11月21日、22日)の2日目の基調講演では、シンギュラリティーについての討論が行われた。

シンギュラリティーは目前?

 前日の基調講演(関連記事「ソフトバンクが描く未来 Pepperが二足歩行で走る?」)では、ソフトバンクが取り組むロボット事業の現状や今後の姿勢などについて語られていたのに対し、2日目の基調講演は、ロボットそのものというよりもシンギュラリティー前後に起こる社会的変化について語られた。

 まずはソフトバンクロボティクスの事業推進本部本部長である吉田健一氏が登壇し、これから起こりうるであろう、「シンギュラリティー」についての解説を行った。

ソフトバンクロボティクスの事業推進本部 本部長・吉田健一氏
ソフトバンクロボティクスの事業推進本部 本部長・吉田健一氏
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 そもそもソフトバンクがロボット事業に乗り出した背景には、来たるべきシンギュラリティーに備えてどう対処すべきかというアイデアを募集した社内コンペに端を発するという。そこで1位を取ったアイデアがロボット事業への進出だったわけだ。

 そして吉田氏は、シンギュラリティーについては、一般的に3つの大きな誤解があるという。まず挙げられたのは「時期」についての誤解だ。

 ソフトバンクとしては、「シンギュラリティーはすぐそこまで迫っている」(吉田氏)と認識している。レイ・カーツワイルの説に基づくと、一般的には2045年に訪れると語られることが多いが、「1000ドルのコンピューターチップが全人類を合わせたよりも高いコンピューティング能力を得るのが2045年であって、それ以前の2020年代から30年代において大きな変革は次々に訪れるだろう」(吉田氏)と認識しているとのこと。

 例えば、日本の自動車業界は2025年にレベル5、つまり完全自律の自動運転技術の完成を目指しているが、逆算すれば来年、あるいは再来年くらいからその影響は現れはじめ、その影響範囲も自動車業界だけでなく、タクシーや物流、保険会社など、非常に広汎におよぶ可能性が高い。

 また、人間と同じような知性を持つ汎用的なAIは2030年頃に登場すると予想されている。だが、「医療における診断など、特定の業務に特化した専用AIはもっと早期に登場するのは間違いなく、その影響は早ければ2~3年後には現れる」(吉田氏)はずだ。

ナレッジワーカーこそ影響は甚大

 次に吉田氏が挙げたのは、「単純労働への影響」に関する誤解だ。

 建設現場で壁をきれいに塗る、といった職人がこなす細かな作業をロボットが完全にこなせるようになるのは、ソフトバンクはまだまだ先であると考えている。

 それに対し、プロジェクトマネージメントや建設基準を満たしているかどうかといった安全性の確認などは、AIや画像認識技術で十分にまかなうことが可能だ。同様に、医者や弁護士、ファンドマネージャーなど、「ナレッジワーカーこそ、シンギュラリティーによってAIなどに取って代わられる可能性が高い」(吉田氏)のだ。

 そして3つ目が、「ロボットに職を奪われる」という誤解だ。

 これも2番目の誤解と同様、当分の間はロボットの能力は限定的で、「人がこなす作業の一部をサポートするに過ぎない」(吉田氏)。つまり今後、人手不足が顕著になるであろう日本では、それを補うというプラスの面のほうが大きいという。

 「これら3つの誤解を取り除くと何が見えてくるかといえば、ビジネスモデルの破壊的再定義が近い将来に起こるだろうということ」(吉田氏)。吉田氏は「ロボット+人間の新しいビジネスモデルを構築したものが勝つ」といい、その勝利への鍵を握るエキスパートとして経営戦略コンサルタントの鈴木貴博氏を紹介した。

メカトロニクス分野では日本が優位

 シンギュラリティーやAI、ロボットなどについて語られた書籍は無数にあるが、業界内にいる吉田氏の目から見ると、首を傾げざるを得ないものばかりという。しかし、鈴木貴博氏の著書である『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社+α新書)は、唯一、「納得がいく論考がなされている」(吉田氏)と話す。

 壇上に現れた鈴木氏は冒頭で、「20年以内に日本人の仕事における49%がAIかロボットに置き換えられるだろう」というオックスフォード大学のオズボーン准教授の予想や「5年以内に15の先進国において、510万人分の仕事が消滅するだろう」という今年のダボス会議で発表された報告書を引き合いに、仕事消滅は「意外と早い時期に迫ってきている」と警告した。

 また、人工知能開発においては「GoogleやAmazonといった1兆円単位で開発投資を続ける海外企業に日本の国内企業が勝つのは難しいだろう」(鈴木氏)とも。

経営戦略コンサルタントである鈴木貴博氏。氏は大の野球ファンらしく、AIが囲碁の名人をねじ伏せたように、ソフトバンクのロボットが大谷翔平選手を三塁打で打ち崩す日が来るのが待ち遠しいという
経営戦略コンサルタントである鈴木貴博氏。氏は大の野球ファンらしく、AIが囲碁の名人をねじ伏せたように、ソフトバンクのロボットが大谷翔平選手を三塁打で打ち崩す日が来るのが待ち遠しいという
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 しかし同時に、お家芸であるメカトロニクスの分野においては日本は米国など他国の追随を許さないだろうという予想も披露。著書のタイトルともなった「仕事消滅」にしても、職を失うのではなく、ロボットで生み出された利益を適正に配分できるシステムを構築することで、「働かずに済む楽な暮らし」ができるものに変えられるはずであると鈴木氏は続ける。

 「日本をパラダイスにするためには、各企業が人の生活を楽にするような新たな仕組みの構築の研究に加えて、技術の進化にきちんと向き合い、その動向にきちんと追従していくことが大事である」として、鈴木氏の話は結ばれた。

シンギュラリティーに向け、先行者として利益を確保

 シンギュラリティーに向けて、AIやビッグデータの活用がいよいよ加速していくが、そこで重要となるのが、それらの活用ノウハウだ。特に大事なのはAI構築のベースとなるビッグデータの収集だ。これは早ければ早いほどより多くのデータを集めることができ、精度の高い結果を生み出す基礎となっていく。

 基調講演の締めとしてマイクを取った吉田氏は、こうした先行者利益こそがこれから大事であり、「シンギュラリティーへの対応も早いに越したことはない」と強調した。日本は他の先進国に比べ、労働力の減少や高齢化などの課題がいち早く表出している「課題先進国」であるが、これは逆手に取ることで大きなアドバンテージとなりうる。

 時期はともかくAIやロボットによるビジネスモデルの崩壊は世界的に避けられないが、「少なくとも日本は世界のなかでも格段にロボットを受け入れやすい土壌がそろっている」(吉田氏)という。世界に先駆けてロボットとの共存を図った社会を構築することで、日本はシンギュラリティー以降、先行者利益を享受するポジションに着けるはずだ。「ロボット革命で人々を幸せに」というスローガンを掲げ、この日の基調講演は幕を閉じた。

(写真・文/稲垣宗彦)

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