偶然から始まった埼玉県のアニメ観光事業

 埼玉県も今でこそ、アニメの聖地となる場所が多くなったが、これはヒットしたアニメの聖地がたまたま埼玉県にあったのであり、狙ったものではなかったという。埼玉県は他県に比べ、観光事業にあまり力を入れてこなかった。埼玉県庁にある観光課も、発足は2009年4月。まだ8年しか経過していない。それ以前は観光振興室という名称で、課にもなっていなかった。

 埼玉県がアニメの聖地として注目されたのは、『らき☆すた』に登場する「鷹宮神社」が埼玉県久喜市にある鷲宮神社をモデルとしており、そこに多くのファンが訪れるようになったこと。それまでにも、『クレヨンしんちゃん』(春日部市)など、埼玉を舞台にしたアニメはあったが、決定的だったのは『らき☆すた』だ。最初の数年は一部のファンによる巡礼にとどまっていたが、年を追うごとにファンが増え、鷺宮も観光資源として扱うようになった。

 埼玉県庁に観光課ができた後には、2011年に『あの花』、2012年に『神様はじめました』(川越市)、2013年に『ヤマノススメ おもいでプレゼント』(飯能市)など、埼玉県を舞台にした作品が立て続けにヒットした。これらの場所はどれも聖地巡礼が盛んで、観光客も増えている。

埼玉県が観光課を設立したと同時に、埼玉県を舞台にしたアニメが立て続けにヒット。のちの観光資源として取り上げることになるが、当時はそういった意図は今ほど強くなかった
埼玉県が観光課を設立したと同時に、埼玉県を舞台にしたアニメが立て続けにヒット。のちの観光資源として取り上げることになるが、当時はそういった意図は今ほど強くなかった
[画像のクリックで拡大表示]

 とはいえ、観光課ができたことで、埼玉県が舞台にしやすい土壌ができたということではなく、偶然にもヒット作に恵まれたといったほうが正しいようだ。

 例えば、最近、アニメの舞台にもよく使われる秩父市は、もともと、夜祭、芝桜、札所など観光資源に恵まれている。若い観光客こそ少ないものの、危機感はあまりなかった。『あの花』の放送が決まったときも特にチャンスとはとらえておらず、秩父市では秩父市報への情報掲載とキービジュアルポスターの掲示くらいしかしていなかった。

 それでも聖地巡礼をするファンが訪れるようになると、イベントを開催するようになり、アニメ制作会社の協力も得て聖地化が進んでいった。つまり、秩父市もアニメ制作会社も最初から聖地化を狙ってはおらず、いわば偶然の産物だったのだ。

 偶然といえば、埼玉県庁の観光課が発足したばかりというのも追い風となった。具体的な施策をまだ模索しているなかで、埼玉が舞台のヒット作が複数登場。「とりあえずやってみよう」と、さまざまな事案に取り組んで成功事例ができたことが、アニメを活用した観光事業を促進した。今では、スマートフォンを使ったデジタルスタンプラリー「埼玉×アニメ・マンガ横断ラリー」や、年に1度の「アニ玉祭」などを実施するに至っている。

アニ玉祭では、各自治体やアニメ制作会社、アニメ専門学校などがブースを展開。『あの花』『ここさけ』の秩父も埼玉県・秩父アニメツーリズム実行委員会として出展
アニ玉祭では、各自治体やアニメ制作会社、アニメ専門学校などがブースを展開。『あの花』『ここさけ』の秩父も埼玉県・秩父アニメツーリズム実行委員会として出展
[画像のクリックで拡大表示]

 アニメの舞台になった場所は、アニメ作品の放送終了と同時に、観光資源としての価値が落ちてしまうことが多い。しかしながら、『あの花』『ここさけ』の舞台となった秩父、『らき☆すた』の鷲宮、『クレヨンしんちゃん』の春日部などは、最初の放送から数年たった今でもその価値をとどめている。はじめは偶然の産物だったとしても、その後、地域と制作側がファンをフォローするイベントや観光資源としての価値を維持する努力を続けているからだろう。

 また、『月がきれい』(川越市)のように埼玉県を舞台とするアニメが継続的に生まれていたり、アニメ化、さらには実写映画化された『斉木楠雄のΨ難』とアニ玉祭でコラボしたりすることで、埼玉県自体がアニメの聖地として見られるようになってきていることも大きい。

 アニメファンという一部の人たちに向けたコンテンツであるとはいえ、観光資源に乏しい埼玉県が、観光客誘致に成功していることは、今後観光立国を目指す日本において、ひとつのヒントになるかもしれない。

(文/岡安 学)

関連リンク