新しいツールを受け入れてもらうには

――そのときに「もう新しいテクノロジーは必要ない。なぜなら、すでに私たちは創造的な教育のやり方を導入している」と主張する先生もいます。例えば、粘土を使ったりとか、作文をしたりとか、あるいは音楽をしたりとか、ですね。これらもすごく創造的なことではないですか。

レズニック氏:それらの活動はすごくよいことです。それらをやめてほしいとは全然思わないですね。

Scratchは創造的に学ぶためのツールだ(画像)
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――でも、なぜか「既存の方法」と「新しいテクノロジー」は対立するものだと受け取られやすいように思います。さらにいえば、コンピュータを使うこと自体を好意的に受け取らない人もいます。そういうときにはどうすればいいでしょうか。

レズニック氏:コンピュータが受け入れられないのはやはり、比較的新しく、なんだかよく分からない、というように捉えられるからだと思います。

 何百年前には、絵の具や水彩画は全部新しいツールでした。そのもっともっと前には、紙が新しいテクノロジーでした。そのもっともっと前には、言語そのものが新しいツールでした。こうした、新しいテクノロジーが登場するたびに、私たちはそれらを自分たちの生活に取り入れて順応してきました。全てのテクノロジーがもちろんいいわけではなくて、いくつかは避けた方がいい場合もあると思いますが。

 ここで、謎解きを出しましょう。テレビ、コンピュータ、筆のうち、どれがほかの2つと異なるでしょう?

――筆と答える先生が多いでしょうね。

レズニック氏:そうですね、多くの人は「筆だ」と答えます。筆を除く2つは20世紀の発明で電気を使っているからですね。しかし私は、テレビがほかの2つと異なると考えています。なぜなら、筆やコンピュータを使って何かを作ることはできるけれど、テレビで何かを作るのは難しいからです。

 コンピュータを使ったものづくりがうまくいくためには、コンピュータを筆のようなものであると捉えることが大事です。コンピュータをテレビのようなものだと考えたら、うまくものを作れないでしょう。コンピュータを嫌う先生たちは、それをテレビのようなものだと捉えていて、筆のようなものだとは捉えていないのでは、と思います。