ゲーム業界とCESAの20年を振り返る(画像)

 東京ゲームショウのビジネスデイでは、各ホールの展示だけでなく、「TGSフォーラム」と題し、毎年いくつもの公演やセミナーが企画されている。今年はCESA(一般社団法人「コンピュータエンターテインメント協会」)の設立20周年にあたり、記念講演「未来へ引き継ぐCESA設立の思い ~CESA 20年の歩みと将来~」が企画されている。講演に先立ち、モデレータとして登壇するカドカワ取締役浜村弘一氏とともに、CESA設立の立役者のひとり、コーエーテクモホールディングス 代表取締役会長である襟川恵子氏にお話をうかがった。

時代が求めていたCESAの設立

 CESAが設立されるに先だって、襟川氏のもとに当時セガ(現セガゲームス)の代表取締役社長であった中山隼雄氏から連絡があったのは、1995年のことだったという。ゲーム業界における諸問題を解決するため、その中心となる団体を設立しようというのだ。

「それは素晴らしいですね。『ところで会長はどなたなんですか?』とうかがったら、『襟川さん』って言うじゃないですか!」

 当時のやり取りとその驚きを、襟川氏はそう語った。すでにCSAJ(一般社団法人「コンピュータソフトウェア協会」)やACCS(一般社団法人「コンピュータソフトウェア著作権協会」)などの運営で多忙を極めていた襟川氏は、中山氏の依頼を断った。

 襟川氏がその運営に尽力していたCSAJの前身は、JPSA(一般社団法人「日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会」)といい、パソコンやコンシューマゲーム機でのソフトウェア開発をしていたメーカーが参加していた。一方、ゲームセンターに置かれるようなアーケードゲームを製作する各メーカーは、JAMMA(一般社団法人「日本アミューズメントマシン工業協会」)という団体を運営。CESA設立以前は、パソコンを含めたコンシューマ方面のCSAJと、ゲームセンターをはじめとするアミューズメント方面のJAMMAと、ゲーム業界は大きな二つの団体に分かれていたのだ。

浜村弘一氏
浜村弘一氏
「週刊ファミ通」の編集長、エンターブレイン代表取締役社長、KADOKAWA常務取締役を経て、現在はカドカワの取締役を務める。浜村通信のペンネームで積極的に執筆活動も行い、メディアの立場で黎明期からコンピュータゲーム業界を見つめてきた
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 家庭用ゲーム機の高性能化に伴い、CSAJとJAMMA、両者の垣根は次第に曖昧なものとなり、実際、CSAJとJAMMAの双方に加盟するメーカーも少なくはなかった。そんな状況のなかで起こったCESA設立の機運は、いわば時代の趨勢だったともいえる。ところが、団体を所管する政府機関をどこにするかについては、さまざまな意見があったようだ。

「世界に向けて発展していく業界をまとめる団体であり、あくまでも各企業は商業活動としてゲームを作っている以上、通産省(現経産省)以外にあり得ない」と、襟川氏は強硬に主張したという。

 こうして求められれば意見を発してきた襟川氏ではあったが、実際にはまだこの時点では設立に直接関わってはいなかったという。しかし、そうときを置かずして、事態は急転する。いったい、何が起きたのか? それは20周年記念講演で明かされるはずだ。

20周年記念講演では、カプコンやセガのキーパーソンも登壇

 こうした紆余曲折を経て設立されたCESAは、コンシューマとアーケード、それぞれまったく体質の違う業界をとりまとめていくことになるのだが、設立以降もまた、興味深いエピソードにあふれていた。

 次から次へと、まるで昨日起きた出来事であるかのように、往事のエピソードを表現豊かに語る襟川氏。ここに掲載した内容は、同氏が語った事柄のほんの一部分に過ぎない。CESAとともに、今に到るまでゲーム業界の中心にいる同氏でしか語りえないその体験談は、貴重の一言。圧倒されっぱなしのまま、瞬く間に時間は過ぎていった。

 20周年記念講演では、襟川氏と浜村氏のほか、カプコンの代表取締役会長 辻本憲三氏、同じくカプコンの代表取締役社長COO 辻本春弘氏、セガホールディングス代表取締役社長COO 岡村秀樹氏、SMBC日興証券 株式調査部 エンタテインメント・メディアチーム シニアアナリストである前田栄二氏も登壇する。CESA設立前後から現在に到るまで、さらに多方面からの興味深い話がうかがえることは間違いない。

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