いまやスマートフォンやタブレットは子どもにとっても身近な機器。そこで、それらの機器を使って簡単なプログラムを学べる子ども向けのアプリが増えてきた。そんななか、トヨタ自動車が子ども向けアプリ「Mobilmo(モビルモ)」を開発した。

 トヨタ自動車は2017年7月14日から、子ども向けのスマホ/タブレットアプリ「Mobilmo(モビルモ)」の配信を開始した。モビルモは、アプリ上でさまざまな形や動きのパーツを組み合わせて、「モビルモ」と呼ばれる“移動体”を組み立てる、プログラミング体験アプリだ。できあがったモビルモはアプリ内の仮想空間で動かしたり、他のユーザーに公開したりできる。技術と芸術を融合した各種デザインで知られるチームラボが、アプリの設計や意匠を担当した。

 トヨタはこのアプリを全世界に向けて無料で配信する。想定ユーザー層は小学生から高校生。自動車メーカーがアプリを作るというと、自動車を題材にしたものを想像するが、“移動体”と呼んでいるように、モビルモは必ずしもクルマではない。人が乗るスペースはないし、形も動きも自由だ。ユーザーが公開しているモビルモを見ても、ロケットのような形のもの、ドローンのような形のもの、ムカデのような形のもの……いろいろだ。

 企画を担当したトヨタ自動車 マーケティング部長の松田進氏は、「クルマじゃなくていい。モビルモで子どもたちにはモノを作る、それを動かすという喜びを感じてもらえれば」と意欲を語る。「クルマじゃなくていい」のなら、自動車メーカーであるトヨタがあえてアプリを開発したのはなぜなのか――。

「Mobilmo(モビルモ)」のトップページ。デザイン(意匠)は、宇宙がテーマ。現実的すぎると自由さを感じにくくなるので、宇宙のどこかにありそうだが、地球ではない、という世界観をベースにしたという
「Mobilmo(モビルモ)」のトップページ。デザイン(意匠)は、宇宙がテーマ。現実的すぎると自由さを感じにくくなるので、宇宙のどこかにありそうだが、地球ではない、という世界観をベースにしたという
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さまざまな形、さまざまな動きをする3Dパーツを組み合わせて、世界に1つだけのモビルモを作る
さまざまな形、さまざまな動きをする3Dパーツを組み合わせて、世界に1つだけのモビルモを作る
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作れるモビルモの形や動きは自由で、既存のクルマのイメージに囚われない。ユーザーが作ったモビルモの形も多種多様
作れるモビルモの形や動きは自由で、既存のクルマのイメージに囚われない。ユーザーが作ったモビルモの形も多種多様
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子どもの発想は商品企画の参考になる

 トヨタにとって、モビルモは同社が2004年から開催してきた「トヨタ夢のクルマアートコンテスト」の流れをくむものだという。夢のクルマアートコンテストは、15歳以下の子どもたちを対象に、色鉛筆やクレヨン、絵の具などを使って「夢のクルマ」を手描きで表現した作品を集めるコンテストで、これまでに100の国・地域から460万点の応募があった。国ごとのコンテストを経て世界コンテストを行っており、「例えば、ブラジルの販社には地元の子どもたちの絵が飾られているなど、地域に根差している」(松田氏)という。

「トヨタ夢のクルマアートコンテスト」(トヨタのウェブサイトから)
「トヨタ夢のクルマアートコンテスト」(トヨタのウェブサイトから)
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 トヨタがこうした取り組みを続けてきた理由は大きく2つある。1つはCSR(corporate social responsibility)、社会貢献だ。松田氏は「青臭いようだが」と前置きしながらも、「トヨタの使命は、“明日は今日より素晴らしい”と思えるようなポジティブなものを世の中に送り出すこと。今の子どもたちが、大人になったときに夢のある世界を創り上げる人材になっていてほしい。世の中に、モノを生むことが楽しいと思える人を増やしたい」と話す。

 もう1つは、マーケティング的な視点だ。松田氏はコンテストを通じて子どものアイデアに触れることの意義を語る。「私が以前、商品企画を担当していたときは、担当外の立場だったが、夢のクルマアートコンテストには注目していた。子どもたちの作品には、技術的に成立しないアイデアが多々あるが、その発想は商品企画の参考になる。子どもの目から見た世の中の問題や困ったポイントがよく分かる」。豊田章男社長も子どもたちの発想に関心を抱いており、世界コンテストが始まった第5回から審査委員長を務めている。

トヨタ自動車 マーケティング部長の松田進氏
トヨタ自動車 マーケティング部長の松田進氏
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 こうして続いてきた夢のクルマアートコンテストだが、2016年に第10回の開催を迎えるのを機に見直すことになった。コンテストの成果は実感しつつも、「次の10年はどうあるべきか」というテーマが持ち上がったからだという。その結果、コンテストは継続する一方で、これに続く取り組みとして、アプリの開発を決めた。

 キーワードになったのは、「デジタル」「仮想空間」「共創」。今の子どもたちは「デジタルネイティブ」と呼ばれるように、物心ついたころからデジタル機器に親しんでいる。また、SNS全盛時代にあって、仮想空間でのつながりやコミュニケーションにも関心が高い。夢のアートコンテストのように応募してこちらが選ぶ形よりも、友達と協力したりシェアしたりして共に創っていくほうが、より訴求しやすいのではないかという考えもあった。

チームラボが子どもたちがハマる難易度を追求

チームラボCatalystTeam・Catalystの齊藤暢儀(のぶよし)氏
チームラボCatalystTeam・Catalystの齊藤暢儀(のぶよし)氏
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 モビルモの企画が立ち上がったのは2016年春。チームラボの参画はそこから間を置かずに決まった。「新しいものを生み出す人材と組織を持っている」こと、関連会社のチームラボキッズが知育施設の企画・運営をしていることなどから、同社に声をかけたという。チームラボからはこの企画に約30人が携わった。

 トヨタからチームラボへ伝えられた方針は、「子どもたちの夢をデジタルで形にして動かしたりできるものという大まかなもので、制約は少なかった」とチームラボで開発を担当したCatalystTeam・Catalystの齊藤暢儀(のぶよし)氏は振り返る。「(チームラボとしては)提案段階で、もっと自動車に寄せた企画も出したが、トヨタ側から『クルマでなくて構わない、四輪にこだわる必要はない』と枠を外された。そういうケースはまれなので驚いた」(齊藤氏)。

 チームラボが出したいくつかの提案の中から、トヨタが選んだのが「Move(動かす!)」「Build(自由自在に作る!)」「More(もっと出会う!)」をテーマにしたモビルモだった。100種類以上ある3Dパーツを組み合わせて、自分だけの移動体「モビルモ」を形成し、プログラミングによって動きを覚えさせられる。さらに、自作のモビルモをアップロードしてアプリ内の仮想の惑星を探索したり、他のユーザーのモビルモと出会うと、機能をコピーし合ったり、その機能をリメイクしたりすることも可能だ。

最初はチュートリアルでキャラクターが操作方法を教えてくれる。タッチすべきところが光るなど、直感的に操作できるように工夫した
最初はチュートリアルでキャラクターが操作方法を教えてくれる。タッチすべきところが光るなど、直感的に操作できるように工夫した
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パーツ同士を接続できる場所は「+」マークで表示。画面を指でなぞって線でつなぐとパーツを接続できる
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「X」「Y」「A」「B」の書くボタンに動作を割り当てる
「X」「Y」「A」「B」の書くボタンに動作を割り当てる
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 チームラボがこだわったのは、難易度。一般的なゲームアプリでは、導入部では難度を下げて親しみやすくし、徐々に難度を上げていくが「アプリでできることを早い段階で網羅してしまうと、ユーザーはすぐに飽きて離れていってしまう。Build(モビルモを作る)とMove(モビルモを動かす)の工程を試行錯誤して楽しんでもらえるように、ハードルを下げ過ぎないようにした」(齊藤氏)。一方で、モビルモの動きは自由度を優先。当初は実際の物理挙動に沿ったものを考えていたが、「それだと物理的な挙動に詳しい子しか作れなくなる。最終的には、物理演算を用いながらも、工学や物理学上の制約を外す方向に修正した」。

仲間の反応がすぐ見られるのが楽しい

 開発中のアプリは、プログラミング塾に通う中学生たちに試遊してもらい、感想を聞いて改良を重ねた。「スマホ用アプリの場合、大人では難しいことも、子どもはすぐに飲み込める。試遊を始めて20~30分もすると、被験者が作ったモビルモが仮想空間を飛んだり跳ねたりしていたのには驚いた」と松田氏。

 子どもたちの感想から取り入れた機能もある。ユーザー同士がモビルモに使ったパーツを交換する機能や、他のユーザーのモビルモに「いいね!」(「LIKE」)の評価ができるといった交流機能も、子どもたちの感覚に合わせて用意したものだ。「試遊した子どもたちから、公開したモビルモへの反応がすぐほしいという声が上がった。SNS世代の子どもたちにとって“仲間がどう思うか”はかなりの関心事。コンテストは年に1度の開催だが、アプリは評価・交流機能を持たせることで、随時共感を得られる。例えばモビルモに改良を加えると、『LIKE』がぐっと増えるなど、つながりが持続するのもいいところだ」(松田氏)。

他のユーザーが作ったモビルモには「LIKE」をつけられる
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「人気モビルモ」には「LIKE」が多いモビルモが並ぶ
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 今後は「パーツの種類を増やしたり、仮想空間内の惑星を増やしたりすることを考えている。例えば、重力設定が異なる惑星を増やせば、その惑星ではモビルモが思いもよらない動きをするなど、また楽しみが増えるはず」。改良しながら、継続的に使われるアプリを目指す考えだ。また、子どもたちに人気のYouTuberにアプリを体験してもらうイベントなどを国内外で開催し、アプリの認知度向上やユーザーベースの拡大に努めていくという。

(文/赤坂麻実)

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