「VRの世界でいきなりヒーローになってもつまらない。自分自身のままでVRの世界に入っていくからこそ面白い」――そう語るのは、バンダイナムコエンターテインメントでVRを使ったアトラクションの開発に携わってきたAM事業部エグゼクティブプロデューサーの小山順一朗氏、通称“コヤ所長”だ。

 2017年7月、東京新宿歌舞伎町にバンダイナムコエンターテインメントのアミューズメント施設「VR ZONE SHINJUKU」がオープンした。「ドラゴンボール」「新世紀エヴァンゲリオン」「マリオカート」などの人気IP(ゲーム・アニメのタイトルやキャラクターなどの知的財産)を使ったVR(Virtual Reality、仮想現実)アトラクションが最大の売りで、家族や友人など複数人で楽しめるものが多数用意されている。VRを使ったアミューズメント施設が増えてきたが、その中でも規模・内容ともにトップクラスと言える。

バンダイナムコエンターテインメントのアミューズメント施設「VR ZONE SHINJUKU」
バンダイナムコエンターテインメントのアミューズメント施設「VR ZONE SHINJUKU」
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中にはVRを使ったアトラクションがずらりと並んでいる
中にはVRを使ったアトラクションがずらりと並んでいる
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 バンダイナムコエンターテインメントは、いきなりこの施設を作ったわけではない。まず昨年4月に期間限定でVRを使ったアミューズメント施設「VR ZONE Project i Can」を東京お台場に開設。その中でも人気の高いアトラクションを東京以外にも展開したり、『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』とのタイアップで「ドラえもんVR『どこでもドア』」を東京ソラマチに展開するなど、VRアトラクションの開発や施設運営の経験を積み重ねてきた。VR ZONE SHINJUKUは、そこで得られた知見を生かし、満を持してオープンしたものだ。

 バンダイナムコエンターテインメントは、今やIPとVRを使ったアトラクションの開発で世界の最先端に位置するといえる。その開発の中心にいるのがコヤ所長だ。そのコヤ所長に、IPやVRを使ったアトラクション開発の難しさや裏話、今後の展望などについて話を聞いた。

原作にない部分まで作り込む

 VR ZONEのキャッチフレーズは「さあ、取り乱せ。」。VRのエンターテインメントを作るときに心掛けたのは、驚いて取り乱すほどVRをストレートに味わってもらうことだという。そのために重視したのが、利用者がVRの世界に入ったときの「リアリティー」だ。

 「ドラゴンボール」や「エヴァンゲリオン」など、人気IPを使ったコンテンツ開発では、原作であるアニメーションの制作スタッフが考えていなかったような細部まで作り込んでいるという。

 アニメは映像としての面白さが優先されるので、たとえばロボット物なら操縦者の動きとロボットの動きのつながりなどで辻つまが合わないところが出てくる。しかしVRでは操縦するのは現実にいる人間だ。しかも周囲を360度見渡せてしまう。アニメでは描かれていない、設定されていないような部分でも“ここはこうなっているのだろう”と、現実的な解釈をして辻つまを合わせなければならない。

「ボトムズの開発のとき、原作である『装甲騎兵ボトムズ』でメカニックデザインを担当した大河原邦男さんや、監督の高橋良輔さんなど関係者の方々に見てもらったんです。すると『この部分はこうなっていたのか!』と驚いて喜んでもらえたんです。原作者に当たる人たちがそうやって喜んでくれるなら、おそらくファンも喜んでくれる。アニメやこれまでのアトラクションではできなかった表現がVRならできると実感しました。VR ZONE SHINJUKUでは、そういったことをやっていこうと決めたんです」(小山氏)

バンダイナムコエンターテインメント AM事業部エグゼクティブプロデューサーの小山順一朗氏。通称“コヤ所長
バンダイナムコエンターテインメント AM事業部エグゼクティブプロデューサーの小山順一朗氏。通称“コヤ所長
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アニメの世界を現実的に解釈する

 しかしアニメやゲームといった2次元の創作物の世界を現実的に解釈するのは独特の難しさがあった。特に苦労したのは、アニメやゲームから受けるイメージと、VRでその世界の中に入って体験することのギャップを埋めることだ。

 たとえばエヴァンゲリオンの場合、エヴァのサイズを決めるところから始まった。正確なサイズが設定されていなかったため、アニメではシーンによっていろんなサイズに見えるが、VRではそうはいかない。

「さらに、エヴァンゲリオンは操縦者の神経を接続して操縦するんですが、これを自分がエヴァンゲリオンと一体化して巨人になると解釈すると、VRで体験したときに自分がミニチュアの世界に入ったような状態になるでしょう。それではロボットを操縦している感じがしない」(小山氏)

 ファンや版権元はアニメで見てきたイメージを期待する。しかし、アニメやゲームで使われるデザインや映像をそのままVRで扱うと、見え方や動きに違和感を感じることが多い。VRで扱うためには新しい解釈が必要になる。

 創作物の世界を現実的に解釈するためのヒントはハリウッド映画にあった。『パシフィック・リム』や、スパイダーマンシリーズ、トランスフォーマーシリーズなどの映画が参考になっているという。

「そうした映画では、コミックに出てくるキャラクターが現実にいたらどんな動きをするのか、巨大ロボットならどう操縦してどう動くのか、そうしたところをしっかり考えて解釈して作られています。これが参考になりました」(小山氏)

 IPを扱う会社として勇気をもって一歩踏み出して新しい表現をするためには、版権元に納得してもらえる説明が必要だった。ただ最初は「アトラクションの内容を絵コンテで説明しても、あまり分かってもらえなかった。そこでとにかく作って実際に体験したもらったんです。すると版権元にも分かってもらえることが多かったですね」(小山氏)

「恐竜サバイバル体験 絶望ジャングル」開発にあたって小山氏が描いた絵コンテ。スタッフに伝えたいイメージが細かく書き込まれているが、なかなか伝わらないという
「恐竜サバイバル体験 絶望ジャングル」開発にあたって小山氏が描いた絵コンテ。スタッフに伝えたいイメージが細かく書き込まれているが、なかなか伝わらないという
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 VRの面白さを画像や文章で伝えるのはとても難しい。実際に体験してもらうのが一番というのは、開発段階でも同じだったようだ。

ヒーローになるのではなく、自分自身がIPの世界に入る

 VR ZONE SHINJUKUには、近日中に追加される『攻殻機動隊』を含めて13のVRアトラクションがある。このうち6つがIPを使ったものだ。アトラクションで取り上げるIPを選ぶときは、世界に通用するIPであることと、現実の“自分”の実感と結び付けやすいことを条件にしたという。実感があるとVRでの体験がよりリアルに感じられるというのはVR ZONE Project i Canで得られた知見のひとつだ。

「たとえば変身ヒーローものはVRアトラクションにするのが難しい。VRの世界でいきなりヒーローになって敵をなぎ倒しても、何の感動もないんです。それでは、よくあるただのゲームになってしまう」(小山氏)

 小山氏が考えたのは、自分が自分のままIPの世界に入っていったらどうなるかを体験できるように作ることだった。たとえば「ドラゴンボール VR 秘伝かめはめ波」では、ドラゴンボールの世界に入ってかめはめ波を撃つ体験ができる。しかし利用者はあくまで一般人。孫悟空でもクリリンでもないので、ちゃんと撃てるようになるまで“修行”が必要だ。

「ドラゴンボール VR 秘伝かめはめ波」。ちゃんと撃てたときの爽快感は抜群
「ドラゴンボール VR 秘伝かめはめ波」。ちゃんと撃てたときの爽快感は抜群
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まず悟空やピッコロ、ベジータに“修行”をつけてもらう
まず悟空やピッコロ、ベジータに“修行”をつけてもらう
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「『ドラゴンボール VR 秘伝かめはめ波』では、しっかりと踏ん張って我慢して気を溜めて“かーめーはーめー波ァッツ!!”とまっすぐ正しく手を押し出さないとまともに撃てないし、狙った方向に飛びません。しかしちゃんと撃てれば、最大で直径7mぐらいのかめはめ波が出て、地面を削って遠くの岩を砕くような威力が出せます。するととても気持ちがいい。これは、最初にうまくできない体験があるから。結構疲れますが、期待通りにかめはめ波を撃てると爽快だし、『悟空たちはこんな大変な思いをしてかめはめ波を撃っていたんだ!』と、その大変さを実感できます」(小山氏)

かめはめ波の撃ち方を伝授してくれる小山氏
かめはめ波の撃ち方を伝授してくれる小山氏
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 自分が自分のままIPの世界に入ることで、そのIPの魅力を新たな形で実感できる。こうすることでお客さんに満足してもらえると同時に、 版権元の理解を得られるではないかと考えている。

 人気IPを使ったもの以外にも、人力飛行機で空を飛ぶ「極限度胸試し ハネチャリ」や、ルアーフィッシングができる「釣り VR GIJIESTA(ギジエスタ)」などのVRアトラクションがあるが、“実感すること”を重視したのはこれらも同様だ。

「『極限度胸試し ハネチャリ』はまず飛ぶシーンを作りましたが、飛ぶだけでは当たり前すぎてつまらなかった。だからスタートしたら、いきなり落ちるようにしました。『人間は飛べないんだ、落ちるんだ!』と最初に実感してもらうことで、飛ぶことがよりリアルに感じられます。飛ぶことに達成感が得られるし、落ちたらどうしようというスリルも生まれます」(小山氏)

「極限度胸試し ハネチャリ」は、スタートしたらいきなり落ちる衝撃体験が待っている
「極限度胸試し ハネチャリ」は、スタートしたらいきなり落ちる衝撃体験が待っている
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 「釣り VR GIJIESTA(ギジエスタ)」は、釣り具メーカーの社員やプロの釣り師などに監修してもらって徹底的にリアルさにこだわった。リアルさを追求した結果、実際にルアーフィッシングの上手い人ほどよく釣れるアトラクションになったという。スタートすると、まず渓谷の風景が周りに広がり、渓流の流れる音が聞こえてきて、自分が大自然の中にいるように感じられる。その感覚があるからだろう、魚が釣れたときに竿先に伝わってくる振動がとてもリアルなものに感じられる。

「釣り VR GIJIESTA(ギジエスタ)」では、HMDを装着している利用者の目の前には大自然が広がっている
「釣り VR GIJIESTA(ギジエスタ)」では、HMDを装着している利用者の目の前には大自然が広がっている
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実際のルアーフィッシングのように、竿の先を水面につけるようにしないとかかった魚が外れやすい
実際のルアーフィッシングのように、竿の先を水面につけるようにしないとかかった魚が外れやすい
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ネットワークで世界につなげたい

 バンダイナムコエンターテインメントはナムコと共同で、VRアトラクションを体験できる店舗「VR ZONE Portal」を国内外に展開する予定だ。すでに英国ロンドンと神戸に展開することが決まっている。

「その中でも、VR ZONE SHINJUKUはフラッグシップ店舗という位置づけです。ここで新しいVRアトラクションを設置してお客さんの反応を見て調整などを行い、それをVR ZONE Portalに展開していく形になります。“ポータル”と名付けたのは、ロンドンや神戸などの都市からネットワークで新宿にあるVR ZONE SHINJUKUとつながって、一緒に遊べるようにできたらという願いがあるからです」(小山氏)

 前述の釣りVRはそうしたネットワークを使った展開に向いていそうなアトラクションだ。ニジマスを釣るルアーフィッシングは世界中で行われていて、潜在的な利用者が世界中にいる。ネットワーク対戦に対応すれば世界的な釣りの対戦ゲームに発展する可能性がある。

VRとARが合体したMRがすぐに来る

 VR ZONE SHINJUKUでは、VRアトラクションのオペレーションを担当する多数のスタッフが働いている。VRのマシン2~3台につき担当者を1人つける必要があり、全体で230~240名ぐらい雇用している。VR用のHMD(ヘッドマウントディスプレー)の装着やケーブルの取扱いにサポートが必要だからだ。今後はもっと装着しやすくする、ワイヤレスにしてケーブルをなくすなどの改良が課題だ。ただ、小山氏が見ているのはさらなる進化だ。

「今のVR用HMDは外が見えません。しかしVRとAR(Augmented Reality、拡張現実)が合体したMR(Mixed Reality、複合現実)がすぐにやってきます。MR用の外が透けて見えるHMDを装着してプレーするようになるかもしれません。そうなったら施設の入り口でHMDを渡して装着してもらい、あとは自由に遊んでもらうことだってできる。VRの形はどんどん変わりますよ」(小山氏)

VRの先を語る小山氏
VRの先を語る小山氏
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 たとえば入り口で外が見えるHMDを受け取って装着して、釣りのVRアトラクションの場所に近づいたら、湖や渓流のグラフィックスが自動的に表示されてその世界にシームレスに入っていける、そうした未来が来るとしたら、アミューズメント施設の形は大きく変わりそうだ。

(文/湯浅英夫=IT・家電ライター)