IoTやAIといった最新テクノロジーは教育現場にも影響を与えている。アイドル“ももち”こと嗣永桃子さんと野村総合研究所・鈴木良介氏がイベントに登壇し、事例が紹介された。

 ビジネスの世界では「デジタル変革」が声高に語られ、IoTやAIといった最新のテクノロジーによって事業のあり方や顧客との関係性などが大きく変わろうとしている。企業の情報システム部門は、「ITを使った働き方改革のシナリオを提案せよ!」「生産性向上の先頭に立て!」といったミッションが課せられ、役割が変わり、発想も変えざるを得なくなってきた。さまざまな障害やリスクからシステムを守り、正常に動かすといった業務に加えて、顧客に対して新たなコミュニケーションや体験を生み出すシステムの構築を求められはじめている。

 この波は教育現場にも来ている。2017年5月30日に名古屋国際会議場で開催されたITイベント「Cloud Days 名古屋」では、幼稚園や小学校の現場で起こっているデジタル変革を紹介。芸能の世界から初等教育の道に進むというアイドルの“ももち”こと嗣永桃子さんがゲストで登壇し、IoTやデータ分析の第一人者である野村総合研究所・鈴木良介氏が最新事例を解説した。

嗣永桃子(つぐながももこ)
嗣永桃子(つぐながももこ)
1992年3月6日生まれ。千葉県出身。ハロー!プロジェクト・キッズを経て、2004年にBerryz工房のメンバーとして、12歳でメジャーデビュー。2007年には夏焼 雅、鈴木愛理とともにBuono!のメンバーとなり、リーダーを務める。2014年からはカントリー・ガールズに加入し、プレイングマネジャーに。2017年6月30日をもって芸能活動に区切りをつけ、幼児教育の道へ進む
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今どき情シス部長のお手本はアイドル!?

鈴木良介氏(以下、鈴木氏): 嗣永さんはITのイベントに参加されたことはありますか?

嗣永桃子さん(以下、嗣永さん): 初めてです。私とITとどんな関係があるのかなと(笑)。ただただ癒やし効果かなと思っているのですが、今日はその関連性も含めて勉強できたらいいかなと思っています。

園児を検温、児童別の宿題を作成 ITで教育が変わる(画像)
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鈴木氏: 今日のメインテーマは「デジタル変革」です。「デジタル変革」って聞いたことありますか?

嗣永さん: ちょっと分からないですね。「デジタル」自体が良く分かっていないです。「デジカメ」とか「スマホ」とか「パソコン」とか、そういうイメージしかないですね。

鈴木氏: 「デジタル変革」ってかっこいい言葉ですし、IT業界の人もそれ以外のビジネスに携わっている人も、なんとなく分かった気で使っているんですけど、言葉のしっかりとした定義はありません。非常にふわふわした言葉なんです。嗣永さんはスマホを使っていますか?

嗣永さん: はい。もう手放せないですね。いま、スマホがなかったら生きていけないです。

鈴木氏: そういう状態って、本当にこの5~10年ぐらいの話ですよね。「デジタル変革」は一言で言ってしまうと、安くて使い勝手が良くなったITを使って、提供するサービスや仕事の仕方が大きく変わっていきますよということです。IT業界だけがデジタル変革に関係していると思うかもしれませんが、一見ITとは関係のない業界も、仕事の仕方が大きく変わっていきます。

嗣永さん: そうなんですね。

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鈴木氏: 企業の中でIT活用を主導しているのは、情報システム部長、“情シス部長”などと呼ばれる立場の人です。ワインショップを例にすると、今までの情シス部長の仕事は、ショップ内のレジがいつでも壊れずに使えますよとか、ワインを売りに行く営業担当者の電子メールがいつも止まることなく使える状態になっていますよとか、内部のシステムが正しく動くようにすることだったんです。でもこれからは、ITを使ってお客さんに今日の晩御飯と合うワインをどうやって勧めるかとか、ショップでの売り方まで考えなくてはいけない。今までの仕事とやり方が違うので、情シス部長も困っているわけです。

 さて、ここからが嗣永さんと関係する部分です。

嗣永さん: ここから私に関係します?

鈴木氏: 情シス部長は人の心が分かりません。

嗣永さん: ショック受けている人がいますよ、きっと(笑)。

鈴木氏: なぜかというと、これまでの仕事はシステムが止まらないように動かすことが使命であって、人情とか心の機微とかを理解することが仕事ではなかったからです。システムが止まらないようにする仕事も引き続き大事なんですが、それだけではない期待が課せられているのが、今の情シス部長です。

 例えば、ITを活用してこんなサービスを実現したらもっと楽しいんじゃないかとか、こうやったらもっとお客さんが喜んでくれるんじゃないかとか、そういうことも考えられることが情シス部長に求められているんですね。人の心を理解して楽しませるとなると、お手本はアイドルですよね。

嗣永さん: きちゃいましたか。

鈴木氏: というわけで、“嗣永情シス部長”の登場が期待されているわけです。嗣永情シス部長なら、社員の高い勤労意欲を引き出して、お客様に対しては新しい体験を提供することができるでしょう。

嗣永さん: 確かにアイドルの役割と同じですね。

保育園では園児見守りロボットが検温

鈴木氏: そこで今日は、嗣永さんの関心が高いテーマを題材に「デジタル変革」を紹介しようと思います。嗣永さんは、幼稚園と小学校の教員免許を持っていらっしゃると聞きましたが、教職免許を取るのは大変ではありませんでしたか?

嗣永さん: 大学で幼稚園と小学校の教職免許を取りましたが、特に小学校はすべての教科を教えなくてはならないので、取る単位も多くて大変でした。

鈴木氏: そもそもどうして教職免許を取りたいと思ったんですか?

嗣永さん: 先生になりたいというよりも、子どもが好きというのが一番の理由ですね。

園児を検温、児童別の宿題を作成 ITで教育が変わる(画像)
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鈴木氏: 小学校で教育実習もされたのですよね?

嗣永さん: まるまる1カ月行きました。人前で話すことは慣れていたので、教えるということに関しては割とできたんですけど、指導要領とか、パソコンでカタカタと資料を作るとかが大変でしたね。

鈴木氏: 実は、幼稚園や小学校で、デジタル変革の取り組みがいくつか始まっています。ます最初は幼稚園や保育園での例ですが、園児見守りロボット「MEEBO(みーぼ)」というものが出てきています。ロボットといえば「Pepper(ペッパー)」が知られていますが、その幼稚園・保育園版だと思ってください。

 幼稚園や保育園の先生って、毎日やらなければいけない定形的な作業がたくさんありますが、その一つに検温がありますよね?

嗣永さん: 体温は測りますね。幼稚園児だと測った体温を自分で書きとめられるわけではないので、一人ひとり記録するのは大変なんです。

鈴木氏: そもそも字が書けないし、じっともしていられないし。それを10人、20人とやらなくてはいけない。みーぼくんは将来的に非接触で体温を測ってくれるようになるんです。

嗣永さん: えーっ?

鈴木氏: ITの力を借りて先生の手間を減らしていきましょうということです。そうすると、嗣永さんが得意とする生徒との直接のコミュニケーションとか、人間じゃないとできないところに時間が割けるわけです。

嗣永さん: 子どもとの時間がつくれますね。

鈴木氏: これを開発しているユニファの土岐泰之社長は、お姉さんが保育園の先生だったそうです。

嗣永さん: 実体験が基になっているんですね。

園児見守りロボット「MEEBO(みーぼ)」
園児見守りロボット「MEEBO(みーぼ)」
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みーぼは、園児の顔や表情を認識して自動で写真を撮ったり、音楽に合わせて子どもと一緒にダンスをするなど、先生をサポート。将来的に検温機能も搭載する予定
みーぼは、園児の顔や表情を認識して自動で写真を撮ったり、音楽に合わせて子どもと一緒にダンスをするなど、先生をサポート。将来的に検温機能も搭載する予定
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小学生の解答用紙をすぐにデジタル化

鈴木氏: 小学校も事務作業は多いですか?

嗣永さん: 実習では主に小学2年生を担当したんですけど、宿題の丸付けとか、ドリルのシール貼りとか、割と細かい作業は多かったですね。

鈴木氏: 30~40人分が一気に来ますからね。

嗣永さん: 採点をミスしてマルなのにバツをつけちゃったりすると、「先生、この答え、合っているよ……」とか。

鈴木氏: 小学生向けの事例もあるんです。私が小学生のころは、塾で模擬試験を受けると、解答用紙を提出してしまうので、その日は持って帰れなかったんですけど、最近は持って帰れるそうなんです。教壇にスキャナーがあって、テストが終わると全部その場で電子データに変換してしまうからです。自分の解答用紙を持って帰れるので、すぐに自己採点できる。そうすると教育効果が高まるわけです。

 もう一つ、あとで配られる模範解答集が面白いんです。模範解答集には正解が書かれているわけですが、正解が載っているだけじゃなくて、良くできている生徒の解答用紙の画像がそのまま見られるんです。

嗣永さん: 「このときの主人公の気持ちを書きなさい」という質問だと、感じ取り方がそれぞれ違うから、解答はいろんなパターンがありますもんね。よくできている子の解答をピックアップできるわけですね。

鈴木氏: 最近は、答えが一つに決まるような問題だけではなく、「答えがこうなる問題を作ってみましょう」といった質問も増えていると聞いていますから、いろいろな答えを模範解答に載せられるわけです。

 そのほかに、解答用紙に書かれた文字が見られるという利点があります。模範解答に載るようなちゃんとした答えが書ける子でも、まだ子どもですから字はあまり上手じゃありません。一般的な小学生の親御さんの気持ちを代弁すると、うちの子の字はひどいなと思っていたけど、よその子の字を見て安心するという効果もあるそうなんです。

嗣永さん: あー、なるほど。

鈴木氏: これ自体がすごく先鋭的なサービスかというと、そこまでではないかもしれませんが、10年前にやろうとしたらすごくお金がかかったはずです。それが比較的安い値段でできるようになってきたということです。テストだけでなく、子どもの絵などもすべて電子化できるんですよね。

嗣永さん: いいですね、データで残っているって。思い出がワンクリックですぐによみがえるじゃないですか。画用紙に書いた絵ってどうしてもかさばるし、お引越しのときにどうしようかな、捨てちゃおうかな、ってなりがちだけど、データ化すればUSBメモリーとかに保存しておけますよね。

鈴木氏: ITというと冷たいイメージがありますが、決してそんなことはないわけです。

子ども一人ひとりに合わせた宿題を出せる

鈴木氏: 最後はお勉強の話です。さっき、宿題の採点が大変だったという話がありましたが、今までよりもっと宿題の学習効果を高くする仕組みが出てきたんです。小学2年生だと掛け算を勉強し始めるころですか?

嗣永さん: はい、ちょうど掛け算ですね。

鈴木氏: 掛け算とかが始まってくると、できる子とできない子の差が出てきますよね。普通の九九ができない子に、2桁の掛け算をやらせてもできない。そういうときに、子どもの習熟度に合わせて、ラクラクこなせるわけでもなく、全然できないわけでもない、ちょうど理解があやふやのゾーンに関する宿題だけを一人ひとりに合わせて出すという仕組みがあるんです。

嗣永さん: どうしてそんなことができるんですか?

鈴木氏: 解けたか解けなかったかのデータを全部記録しているからなんです。宿題の丸付けをコンピューターの仕組みを使いながらやることで、佐藤くんはどの問題が解けたのか、解けなかったのかを全部記録できます。記録すると、一番理解があやふやなゾーンが分かるので、十把一絡げじゃなくて、一番教育効果が高いところの宿題を出すことができるんです。この仕組みは日本の会社が提供しているんですけど、世界的に広く展開しようとしています。

 教育実習の時に、先生1人で30~40人の生徒を見るのは大変だと感じたことはありますか?

嗣永さん: 普段のライブだと、たとえ何千人のお客さんがいらっしゃっても、私が笑っているだけで笑っていただけたりするので、気持ちは楽にできるんです(笑)。でも、小学校だと私の教え方一つで、一生算数が嫌いになっちゃう子とかが出てくるかもしれない。そう思うと、30~40人の生徒それぞれにあった学習指導をしなくちゃならないので、結構大変なところはありますよね。

鈴木氏: そうですよね。でも、アイドルの方というのは、人を楽しませるエンターテイナーとしてのプロだと思うんですよね。

嗣永さん: なんか照れますね(笑)。

園児を検温、児童別の宿題を作成 ITで教育が変わる(画像)
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鈴木氏: 今や、データを集めたり分析するだけでは、競争に勝てないぐらいITが成熟しました。勝負のしどころは、人をその気にさせることや、人のふるまいを変えさせるような手練手管なんです。その手練手管みたいなものをアイドルの方だったり、全然違う業界の方から、どんどん学んで、自社のサービスに組み込んでいかないと、今までのままでは商売はうまくいかなくなってしまう――。これが「デジタル変革」で起こっていることです。

 もし嗣永さんが先生になられるのであれば、アイドル出身の初等教育の先生というのは、きっと史上初でしょう。ITをうまく使って雑用を減らし、いろんな楽しいことができるだろうと思います。

嗣永さん: ここに来るまでITとは何かもよく分かっていませんでしたが、意識が変わりました。私はまだ先生になると決めているわけではありませんが、大学のときの友達は、ほぼ先生になっています。保護者の方との連携が一番難しいと言っているので、それがITによって改善できたら、より良い教育業界になりそうだなと感じました。

(文/吉岡広統 写真/筒井誠己)