日経BP社が主催する大型イベント・セミナー「D3 WEEK」。2017年は7月26日(水)から28日(金)の3日間、「Beyond The Customer First」をテーマに、東京・アカデミーヒルズ(六本木ヒルズ49階)で開催する。本稿の筆者である東京大学産学協創推進本部本郷テックガレージディレクターの馬田隆明氏は、27日午後1時から「『逆説のスタートアップ思考』を新規事業開発に活かす」と題して講演する。

 国内において、「スタートアップ」という言葉は多くの場合、誤用されている。

 まず起業のすべてがスタートアップだという誤解があるが、実際はそうではない。起業のほとんどは着実な成長を志向したスモールビジネスである。

 一方、スタートアップとは急成長をするために設計された組織である。スタートアップはわずか数年で数十倍、数百倍の成長を目指す。

 ではなぜスタートアップは急成長できるのか。それは彼らがタイミング良くマーケットの歪みを突くからである。

 しかし、マーケットの歪みはそうそう見つかるものではない。

 頭が良く抜け目のない人たちは世界中に大勢いて、そうした歪みを合理的な方法で見つけようと日々、努力をしている。そのため合理的に導き出せるビジネスチャンスなら、戦略コンサルタントなどが支援する大企業がすでにある資源を活用して、そのチャンスをものにしているはずだ。そうした競争環境の中で、わずかな資源しかないスタートアップがまともに戦おうとすると当然負けてしまう。

一見悪く見えるアイデアを狙う

 しかしそんなスタートアップでも急成長できたという実例が少数ある。そうしたスタートアップは、えてして「一見悪いように見えて実は良いアイデア」から事業を始めると言われている。 米ペイパルをはじめ多数の企業を創業し、出資した起業家ピーター・ティール的に言えば「賛成する人がほとんどいない大切な真実」を見つけたスタートアップが急速に成長し、成功している(表)。

表 「賛成する人がほとんどいない大切な真実」を見つけた例
表 「賛成する人がほとんどいない大切な真実」を見つけた例
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 例えば、米エアビーアンドビーは自分の家の一部を他人が泊まるために貸し出すサービスとして始まった。これは多くの人がまさかと思うような、一見悪いように見えるアイデアである。実際、創業初期、多くの有名な投資家がエアビーアンドビーへの投資を見送った。しかし創業からわずか8年ほどで、評価額が3兆円を超える企業となっている。

 こうした例を考えると、急成長したスタートアップは 「まさか」と思われるような、一見不合理なアイデアから始まっている。一般的な通念となっている前提を疑い、他人から見ると無謀なだけのアイデアや、大企業などではコンセンサスが取りづらいアイデアが彼らの事業の中心にある。そうしたアイデアだからこそ一部の企業しか実践できず、彼らはその領域での独占を築け、大きな利益を上げることができた。

 逆に言えば、少ない資源しか持たないスタートアップが急成長するには、合理的に考えると“一見不合理なアイデア”で事業を始めなければならないと言える。

 ここで注意するべきなのは、多くの人にとって不合理に見えても、アイデアを実行する当人たちにとっては合理的だと信じられるようなアイデアでなければならないという点である。

 また別の難しい面は、こうした一見悪いように見えるアイデアのほとんどは、単に悪いアイデアであるという事実である。悪いように見えて実は良いアイデアはほんの一部であり、そのため多くのスタートアップは失敗する。あるいは失敗はせずとも急成長を遂げられない。

 また一見悪いアイデアは、それが正しくても初期は多くの批判にさらされる。そのため、「そのアイデアを正しいと熱心に信じる人たちを集める」「そのアイデアを保護する仕組みを作る」ことが必要となってくる。

少人数が愛するプロダクト

 悪いように見えて実は良いアイデアをどう保護するかを考えるときには、何よりもまずそうしたアイデアが一般的にどのような性質を持つかを知っておくことが有用である。その性質というのは「多数の人が好きになるよりも少人数の人が愛するプロダクトを作り、まずは小さな市場を独占できるかどうか」という点だ。

 多くの場合、市場規模を意識しすぎるため、新規事業部は多くの人がほどほどに好きなプロダクトを狙いやすい。しかし経験的にそうしたプロダクトは急成長しないと言われており、多くがこの落とし穴にはまる。一方、少数の人たちが深く愛してくれるようなプロダクトはその裾野を広げやすい傾向にある。

 例えば米フェイスブックは2004年の学内公開の後、わずか数日間のうちにハーバード大学の学生のほとんどが利用するSNSとなったとされる。その後、自社サービスの顧客である大学生の声を取り入れ、その対象範囲を徐々に拡大し、他の大学や高校などに広げた後、 2006年にようやくすべての人たちに向けてサービスを開放するに至る。

2004年にサービスを開始したフェイスブックは、大学生の声を取り入れて順次対象範囲を拡大した
2004年にサービスを開始したフェイスブックは、大学生の声を取り入れて順次対象範囲を拡大した
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 また、米ツイッチはオンラインでのゲーム実況という、小さいが熱狂的なユーザーがいるマーケットに絞って展開し、その市場を独占した。その後、ゲーム実況という市場が急速に成長したことで 2014年に米アマゾン・ドット・コムに約1000億円で買収されている。

急成長する市場を狙う

 ここでもう一点重要なのは、初期は小さくとも急成長する市場を狙うことだ。たとえばスマートフォンは急速に普及したため、スマートフォンアプリを提供していたスタートアップの一部はその市場の成長とともに成長できた。またスマートフォンにカメラが標準装備されたことで急速に需要が伸びたジャンルが写真系のサービスであり、「Instagram」「Snapchat」などがその波をうまくつかまえて成長した。アマゾンのジェフ・ベゾスもインターネットのユーザーが年間20倍を超える勢いで増えていることを見て、同社を創業したと述懐している。

 つまり、急成長するためには不合理なアイデアをもって、多くの人が成長するとは思っていなかった市場に攻め込む必要がある。言い換えれば、人とは違う未来図を想像することが必要である。

 当然ながらそこにはリスクがある。しかし多くの人が賛同できてしまうようなリスクのないアイデアで急速に成長することはほぼない。「未来を生きて、欠けているものを作れ」というのは米グーグルで 「Gmail」 を開発したポール・ブックハイトの弁である。

大企業で応用するには

 残念ながらスタートアップの思考法を知ったからといって必ずしも成功するわけではない。多くのスタートアップが失敗するのと同様に新規事業も失敗する。むしろ周りから見れば失敗するような不合理なアイデアに賭けなければ、新規事業も急成長は遂げられないと言える。

 だからこそ、その失敗を許容できるように、『ブラック・スワン』の著者ナシーム・ニコラス・タレブが述べているバーベル戦略(例えば9割はとても安全な資産、残りを極端にリスクの高い資産に投資して、中ぐらいのリスクを一切取らない)に沿った投資のやり方や、著書『Antifragile』で彼がconvex tinkeringと呼ぶ、予測可能なコストの範囲内で失敗しつつ、コストに対して非対称的で予測不可能な利得(ポジティブなブラック・スワン)が発生するような機会への投資を考えるべきだとも言える。

 オープンイノベーションを通じて新規事業に取り組み始めた大企業も、今後はある程度まで成功しているスタートアップに対してプレミアムをつけて買収するほうが、実は新規事業への投資よりも合理的な判断となる場合が出てくると予想される。その際、買収後の統合プロセスをうまく実施するためにも、大企業に属する人たちがスタートアップの文化や考え方を今から身につけておくことは、今後の企業の競争優位につながるに違いない。

(文/東京大学産学協創推進本部本郷テックガレージディレクター 馬田 隆明)

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