「新之助」本来のパフォーマンスに期待

 新潟県で、新之助の生産を行う農家は約1400戸。新潟市秋葉区にあるタカツカ農園の髙塚俊郎氏もその一人だ。東京でのサラリーマン生活を経て地元にUターンし、実家の農園で働き始めたのは1999年。そのわずか1年後、父から農園経営の一切を任された。

 現在は米以外に果樹や野菜の栽培も手がけるほか、「畑のがっこう事業」「森のようちえん」など、子どもたちに自然や農業の素晴らしさを伝える取り組みも積極的に行っている。

 そんな髙塚氏が新之助の生産を始めたのは、試験栽培のときに見た稲の姿の美しさと、その味に感動したからだ。

 「茎がコシヒカリより短いけれど、たくましくて立派。試食会に参加して、おいしさも実感しました。これはもう、作るしかないと」(髙塚氏)

 髙塚氏が新之助の生産を始めて、2019年で4年目になる。

「2018年はヒヤヒヤしたけど、なんとかいい米に育ってくれて、新之助には感謝」と語る髙塚俊郎氏。米作りはもちろん、“地元の風土で当たり前に生み出せる農作物を口にする体験”を子どもたちに提供すべく、奮闘する毎日だ
「2018年はヒヤヒヤしたけど、なんとかいい米に育ってくれて、新之助には感謝」と語る髙塚俊郎氏。米作りはもちろん、“地元の風土で当たり前に生み出せる農作物を口にする体験”を子どもたちに提供すべく、奮闘する毎日だ
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 新品種のブランドを確立するにあたって大事なことは、品質の均一化を図ること。そのため、現在の髙塚氏は知見をためている段階だ。

 「新之助は肥料の多寡に敏感に反応します。非常に感受性の強い米ですね」と髙塚氏が言うほど新之助の栽培はコシヒカリよりも神経を使い、手間もかかる。そのため、髙塚氏が作る米も現在はまだコシヒカリが中心だが、新之助の作付面積は年々増えている。

 新之助が晩生品種であることも、生産者にとってはプラスだ。

 「新潟県は、米づくりの後半には雨がちになる年が多いのですが、新之助の稲は、雨の後でもすごくきれいに立っているんです。コシヒカリの収穫のあとに新之助が控えているというのは、心強いです。おかげで心の余裕ができました」(髙塚氏)

髙塚氏の米の作付面積は16ヘクタールほどだが、生産開始3年がたった現在、そのうち5.1ヘクタールが新之助だ。「ニーズが増えれば、もっと面積を増やしたい」と話す(写真提供:髙塚俊郎氏)
髙塚氏の米の作付面積は16ヘクタールほどだが、生産開始3年がたった現在、そのうち5.1ヘクタールが新之助だ。「ニーズが増えれば、もっと面積を増やしたい」と話す(写真提供:髙塚俊郎氏)
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 日照不足や繰り返す台風に見舞われた2018年は、各地の米にとって受難の年で、「新之助にとっても最悪の年でした」と髙塚氏。「でも、なんとかいい米ができたと思っています。ですから2019年は気候が良ければ、新之助本来のパフォーマンスが出せると思います。新潟といえばコシヒカリですが、早く“新潟といえば『コシヒカリ』と『新之助』”と言わせてみたいですね」(髙塚氏)。