ゲームで初めて「大の大人も悔しがる」ことを知った

――歌広場さんが初めてゲームを遊んだのはいつごろのことでしょう?

歌広場: 僕の原体験は、小学1~2年生のころに父親と遊んだ『ファミスタ'91』か『ファミスタ'92』なんですよ。

――格闘ゲーム好きとうかがっているので、野球ゲームとは意外です。

歌広場: ゲームって、遊んでいる人には伝わる“常識”みたいなものがありますよね? 例えば「穴に落ちたら死ぬ」とか「棘に触れたら死ぬ」とか。当時、父にも僕にもそういうゲームの常識がなかったので、分かりやすい「野球」を選んだんだと思います。

 でもそのとき僕は初めて「大の大人が負けて悔しがることがある」ということを知りました。父親がよそ見をしているあいだにストレートを3球投げてアウトを取ったら、「ズルい!」とすごく怒ったんですよ(笑)。僕は子供心に「勝てばいい」と思ってやったんですが、父が怒る姿を見て「どうやらそういうことではないらしいぞ?」と気づいて。「楽しくないし、お父さんも怒るし、なんかイヤだな」っていうのが、僕のゲームにまつわる最初の記憶なんです。

――ずいぶんほろ苦いファーストコンタクトですね。

歌広場: 僕が野球を知らなかったということもあるんですが、やはりゲームって人それぞれにジャンルの向き・不向きがあって、僕はどうやら野球とかスポーツ系のゲームに向いていなかった。そこから自分の好きなジャンルを探し始めて、本格的にゲームと付き合うようになったんです。

 もしあの初体験が本当に楽しいものだったら、僕のゲーム人生ってもっと開かれたものになったかもしれない。でも僕の場合は「好きなものをやらないと人とぶつかることがあり得る」ということを最初に思い知ったようで、それがその後の「好きなものを徹底的にやっていく」というスタイルにつながったように思います。これは今のゴールデンボンバーでの活動姿勢にもつながっているんじゃないかな。僕のゲーム人生を最初に作ったのは、僕が一番苦手なジャンルのゲームだったというのも不思議なものですね。

金爆・歌広場淳「人生の大事なことはゲームセンターで学んだ」(1)(画像)
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たとえマイナーでも自分で選ぶゲームが面白い

――では最初は好きなゲームを探すところから始まったんですね。

歌広場: 探すという行為自体がゲームをやっているような感覚で、ワクワクしましたね。今でもあるのかもしれませんが、当時はゲームショップやおもちゃ屋が新聞の折り込み広告を出していたんです。野菜や肉の写真が並んだスーパーの広告と同じように、ゲームタイトルとパッケージがひたすら並んでいました。

 それを眺めてパッケージやタイトルからゲームの内容を想像するんです。「これは面白そう」「これはサッカーゲームだから自分には合わないかも」とか。ゲームソフトって安くないからお小遣いで買えないので、テストで100点を取ったら買ってもらうとか、そんな感じでした。

――最初に買ってもらったのは、どんなソフトだったんですか?

歌広場: ファミコンの『ハイドライド3 闇からの訪問者』※というゲームでした。タイトルの意味は全く分からないけれど、子供ながらに「3作目まで出ているならそう悪いものではないだろう」と思ったんです。ところがこれが、大人でも「どうすればいいんだ?」と頭を抱えてしまうような難度の高いアクションRPGで、子供がうかつに手を出しちゃいけないものだったんです。

※『ハイドライド3 闇からの訪問者』:オリジナルであるPC版の開発はT&E SOFT。ファミコン版は「ナムコット ファミリーコンピュータゲームシリーズ」として当時のナムコ、現バンダイナムコエンターテインメントが発売

――当時のアクションRPGって、今よりかなりマイナーな存在でしたし、かなり不親切な分かりにくいものでしたからね。

歌広場: そうなんです。当然、クリアどころか全然進まないんですが、それでも僕には楽しくて仕方がなかった。「自分で選んだゲーム」だったからでしょうね。そのときに、たとえマイナーなタイトルでも、人から与えてもらったゲームより自分で選んだゲームのほうが100倍面白いと気づきました。