これまでない製品なのに「ソニーらしい」

 SAPの特徴としてもう一つ上げられるのが、前述のようにクラウドファンディングを活用していることだ。スタート当初は外部のクラウドファンディングサイトを利用していたが、2015年7月1日に自社が運営する専用サイト「First Flight」をオープン。First Flightは、クラウドファンディングに加えて、eコマースの機能もあわせ持っている。

 First Flightの基本的な仕組みは既存のクラウドファンディングとほぼ変わりないが、SAPにとっては「資金を集めるためというよりも、マーケティングとして利用している側面が強い」(小田島氏)。これは、SAPの製品がこれまでにない製品であることから、ソニーの中だけで閉じるのではなく、いろいろな人の意見を取り入れたいと考えているからだ。製品化が決まった5つのアイデアでも、「クラウドファンディングスタート時の完成度は80点程度。支援者の声を集めながら、最終的に120点の製品に仕上げて届けるという思いがある」(小田島氏)。

 サイトを通じて支援者の声がダイレクトに届くと「本当に欲しいと思っている人がこんなにもいるんだ」ということが分かり、「担当者として開発に身が入る」とも小田島氏は言う。支援者からすると、開発者の姿やその成長など、製品のバックグラウンドにあるストーリーが見えることに魅力を感じる人も多いようだ。また、SAPから生まれた製品はソニーの既存事業にはないものばかりなのに、支援者のコメントには「ソニーらしい製品」という言葉がいくつも並ぶのは興味深いところ。開発者たちの挑戦する姿勢がかつてソニーがまとっていたブランドイメージと重なり、“ソニーらしい”と感じるのかもしれない。

First Flightのトップページ
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新規事業が次世代事業を生む可能性

 SAPでの売り上げがソニーの損益に与える影響は今のところほとんどない。個別の製品に収益目標が設けられていても、SAPの事業自体に数値目標もないという。それでもソニーがこの事業に取り組むのは、SAPをめぐるこうした動きがソニー全体に及ぶと見ているからだ。SAPによって埋もれていたアイデアを拾い上げ、プロジェクトとして“見える化”したことにより、「ソニー社内にいるさまざまな人が、その技術や発想をもって自ら集まってくるという現象が起きた」と小田島氏は言う。

 例えば、既に製品化されているFES Watchの担当者にとって、腕時計は今ある技術で形にした通過点であり、最終的には「ファッションとデジタルの融合」を目指している。そんななかで、「それなら、こんな技術使えるよ」「うちの販路でこんなことやらないか」「うちのデザインを使ってこんなことをやろうよ」という声が、担当者の元に集まるようになったそうだ。SAPに応募したアイデアだけではなく、ソニー全体の知恵や技術の掘り起こしになっている。また、前述の支援者からの反応のようにSAPの存在自体が、「挑戦」というソニーのブランドイメージにつながる効果もある。

 「ゴールはアイデアの製品化ではなく事業化」(小田島氏)。それには、各製品が目標の収益を上げ、継続的に製品を出したりラインアップを拡大していけるようになることが重要だ。その道のりはまだ長く険しいが、「社内の知恵や技術とうまく連携しながら、より良い製品を長い目で作っていければいいと考えている」(小田島氏)。

(文/近藤 寿成=スプール)