『哲子の部屋』『ブレイブ 勇敢なる者「Mr.トルネード」「えん罪弁護士」』など、独自の切り口のテレビ番組を企画・制作するNHKエデュケーショナルの佐々木健一氏が展開するコンテンツ論の第6回。今回は企画会議の常套句「なぜ、今か?」について。

企画会議の常套句「なぜ、今か?」が愚問なワケ (画像)
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 企画会議で必ず聞かれることと言えば、間違いなくこれだろう。

「なぜ、今か?」

 コンテンツ業界にいる人間なら誰もがピンと来る、まさに耳にタコができるほど聞かされてきた言葉だ。この「なぜ、今、この企画をやる必然があるのか?」という問いは、企画を審議する際の決まり文句だ。この問いに対し、企画者は「今、○○がブームで…」「××業界が活況で…」などとデータを交えながら、差し当たって“根拠”となりそうな事例を挙げつつ切り返す。こんなやり取りがあちこちの企画会議で展開されているが、私はこの「なぜ、今か?」という伝統的なツッコミに、ずっと違和感をおぼえていた。

 企画書を見た上司が「なぜ、今か?」と問う時、それは「何らかの根拠がないと、企画の説得力がなく、成功が見込めないだろう?」という意味で使われる場合がほとんどだ。テレビ業界でも「なぜ、今か?」はオジサンたちが好むフレーズの一つで、曰く「テレビは即時性・同時代性のメディアなんだから、『なぜ、今、取り上げる価値があるのか?』が問われるべきだ」という。確かにその言葉には説得力があり、企画者は思わず沈黙してしまう。

 だが、私の知る限り、「なぜ、今か?」発言の大半は結局、「流行や話題性、タイミングなどを“後追い”する」という浅薄な文脈でしか使われていない。その結果、まだ世に出ていないコンテンツや商品が社会にどんなインパクトを起こすかなど実のところ誰にもわからないのに、必死に何らかの根拠を提示することが求められる。だが、ハッキリ言ってしまえば、企画に説得力を持たせるための“根拠”などほとんどがこじつけで、ヒット予測も確実なものなど何もないのだ。前回のコラム(iPS細胞、Fスケール…偉業の陰に目利きパトロン)で述べたように、何らかの企画が動き出す時、ほとんど明確な根拠は無い。あるのは、ある人物の経験や勘に裏打ちされた“根拠なき予感”や腹を括った“決断”だ。

 最近、「なぜ、今か?」について深く考えさせられた作品がある。イギリス映画『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』だ。ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンを裁く“世紀の裁判”を全世界にテレビ中継するために奔走した実在のテレビマンたちを描いた作品である。その劇中に、とても印象的なシーンがあった。

 世界中の注目を集めて始まった裁判だが、いざ審理が始まると、人々の関心は同時期にあったガガーリンの宇宙飛行とキューバ危機へ移り、アイヒマン裁判の記者席は閑散としていたのである。現在から見ればアイヒマン裁判はあまりに有名な歴史的事件だが、当時は決して人々の最大関心事ではなかった。戦後15年を経て捕えられたナチスの亡霊の裁判に何の価値があるのか、1961年という“今”の時点ではわからなかったのだ。だが、この裁判の記録映像によってホロコーストの実態を多くの人が知ることとなったのである。

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