パッションは学歴では測れない! 日本の教育に異論あり

――社内では、年齢や経験にかかわらず、新たなプロジェクトへの起用などを積極的に進める方針だと聞いていますが、若い方の活躍の場面は増えていますか?

木谷: 活躍している人間もいますし、「何だかダメだな、作業として仕事しているだけだな」という者もいますね(笑)。案の定、後者の場合はヒットしないんですが。

――シビアな話ですね(笑)。

木谷: シビアですね。はっきりとは言いづらいことですが、パッションも才能のうちなんですよ。こんな記事も目にしました。「日本人の好奇心は最初はすごく高いのに、20歳ぐらいで止まってしまう。日本の20歳の若者の知的好奇心は、北欧の60歳ぐらいの人と同じだ」と。今の日本の若者には、確かにそのような傾向を感じます。でも、それは日本社会の共通認識として「10年後、20年後は今よりもっと悪くなるんだろう」という思いがあるからではないでしょうか。だからそれに対して備えてしまう。

――「低欲望社会」とも言われます。

木谷: そうですね。もっと社会が成長すると思うから、「もっと面白くしたい、もっとエキサイティングなことがしたい」と思うわけですよね。でも、日本はそうではない……。

――木谷社長は、拠点であるシンガポールと日本と行き来されています。シンガポールは日本とは違いますか?

木谷: シンガポールは、欲望を高く持たせる教育と、そうでない教育に分かれているように見えますね。

――最初から「コース」が分かれているということですか。

木谷: 僕が一番びっくりしたのは、シンガポール国立大学を出た人たちの初任給の平均が学科によって月1000ドルくらい開きがあるということです。日本だと、大学の新卒初任給ってほとんど同じですよね。

 また、海外の教育カリキュラムを見ると、リーダーシップ教育が必ず入っています。授業中に発言をしないといい点が付かなかったり、発言の内容が成績の半分を占めるといったこともあります。

 日本でも学歴で給料に差を付けようとした会社がありますが、うまくいかなかったようです。なぜうまくいかないか。それは、学歴ではパッションを測れないからです。

 日本の教育は、“なぞる”ことができるかどうかの尺度しかありません。だから、記憶力はいい。でも記憶力はコンピューターで、あるいはスマホでさえ解決できる時代になっている。そんな時代にコンピューターの劣化版でしかない人間の記憶力の試験をやっても意味がないですよ。そしてその結果が日本ではそのまま学歴になる。

「負けたら死ぬ覚悟」でスマホアプリに挑むブシロード【TGS2016】(画像)
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 加えて、日本ではリーダーシップ教育をしてないですよね。目立たないように、目立たないようにという教育だから、空気を読む能力はやたら身に付き、空気を読む力のない人間をたたくわけです。チームワークは日本の強みですが、裏を返せばリーダーシップの欠如という弱みにもなります。僕は空気を読まないことも能力の1つだと思います。

――空気を読まない、ですか。

木谷: 取りあえず言ってみる。例えば会社に入るときには「いいよ、このサラリーで。それからストックオプションもちょうだい」とか言ってみる。日本人はそんなことはなかなか言わないじゃないですか(笑)。

――言わないですね。下手すると、「給料はいくらでもいいです」と言ってしまいそう。

木谷: そう。でも世界の当たり前は「取りあえず言ってみる」なんですよ。それに対して「うーん、じゃあ、どの辺まで考慮してあげればいいかな」とまじめに考えちゃダメで、「そんなもの通るはずないだろう」と返さなきゃ。だから、日本人は舐められるんじゃないですかね。世界では当たり前のことをしているだけの話なんですが、日本人からすると「強気な交渉してくるな」と受け取ってしまう。ここは意識を変えていかないとダメですね。