2015年末の「紅白歌合戦」への出場や、2016年3月31日、4月1日に東京ドームで単独公演をしたことでも注目を集めているアイドルグループ「μ's(ミューズ)」。そもそものμ'sは、アニメ、マンガ、ゲームなどで展開中のメディアミックスプロジェクト「ラブライブ!」で主人公の女子高生たちが結成したアイドルグループだ。そしてリアルの世界では、作中でμ'sを演じる声優9人が本当のアイドルグループμ'sとして活躍している。作品とμ'sの熱狂的なファンを表わす「ラブライバー」という言葉も生まれ、その人気は海外にも広がった。 (聞き手/秦 和俊、写真/稲垣純也)
「ラブライブ!」のゲーム化をKLabとともに担当し、μ'sにグループ内プロダクションから2人の所属声優も送り出しているのがブシロードだ。ブシロードは「カードファイト!! ヴァンガード」などのトレーディングカードゲームを主軸に、スマートフォンアプリなどのデジタルオンライン分野、プロレス(グループ内に新日本プロレスを持つ)や音楽などのライブエンターテインメント分野を加えた三本柱で事業を展開している。
ゲームからプロレスまで、エンターテインメントにかかわる話題を次々と提供する同社について、木谷高明社長に現在の取り組みや今後の展望を聞いた。
1960年石川県金沢市生まれ。大学を卒業後、山一證券勤務を経て、1994年にブロッコリーを設立。2001年にJASDAQ上場を果たす。2007年ブロッコリーを退社し、ブシロードを設立。2014年夏からシンガポールを拠点に、日本とシンガポールの間を行き来する生活を送っている
「スクフェス」ユーザー数が全世界で2500万を突破
――スマホ向けゲーム「ラブライブ!スクールアイドルフェスティバル」(KLabと共同開発)が好調ですね。2015年4月のインタビューの際にはワールドワイドで1200万を突破したところでした。
木谷高明社長(以下、木谷): 今年3月にユーザー数が全世界で2500万、そのうち国内は1500万を突破しました。この1年で思いを強くしたのは、日本と世界の市場がより一体となってきた、ということです。コンテンツがデジタルになればオンラインに対応するようになり、オンライン化すれば市場がグローバルになる、という流れがより強まってきたのです。この流れはゲームだけでなく、アニメ産業にも見られます。パッケージ型のビジネスとは全く異なる世界ですよね。
(C)KLabGames
(C)bushiroad All Rights Reserved.
――ダウンロードや配信型のビジネスということでしょうか。
木谷: ええ。パッケージ型のビジネスだと、日本でパッケージを出す、それから海外に地域ごとに売って歩き、ローカライズして出す、という流れになります。でも、“オンラインでグローバル”の時代のビジネスは、いきなり世界同時にコンテンツが出ていきます。
面白いのは、従来のパッケージ型のビジネスがすべてなくなってしまうわけではないことです。いまだにパッケージとしてローカライズされていながら、オンラインコンテンツとして世界中から課金する動きもある。テレビ番組にしても、番販(番組をパッケージとして他の放送局に販売すること)という仕組みが残りながら、全世界にネット配信するモデルもどんどん普及しています。
そうした動きの中で見えてきたのは、人気コンテンツの価値が一層高まり、いまや“コンテンツの格差社会”が世界的に広がっているということです。
――売れるコンテンツとそうでないコンテンツの二極化ということですか?
木谷: はい。例えば、スマホゲームの会社の業績を見ても、中堅以下は半分ぐらい赤字じゃないでしょうか。それは、世の中の情報がものすごく増えているなかで、かなり目立たないとユーザーの目にも触れないということです。
この時代に一番大事なものは突破力だと思います。「このコンテンツは突き抜けるな」と思ったら、国内どころか、あっという間に世界レベルのヒットになる時代です。そうしたときに必要なのがワールドワイドな視点に立って突き抜けられる“突破力”です。この突破力を持つのは中堅以下には無理ではないでしょうか。
――どのような点で中堅以下には無理なのでしょうか。
木谷: 宣伝費がすごく掛かるということもありますし、当たるIP(知的財産)を開発しつづける体力がないということもあります。さらに会社のブランド力もないので非常に厳しいのです。やっている担当者個人に突破力があれば、何とかなる場合もありますが。
よく言うのは、区会議員でも市会議員でもいいのですが、どんな頼りない候補者でも、「こいつをどうにかして当選させてやろう」という人間が3人いたら当選できる、と。それと同じことだと思うんです。
そのコンテンツをヒットさせてやろうと24時間真剣に考えている人間が何人いるのか。それが担当者1人だけだったらヒットするはずはないですよね。そういう意味では、自分自身の突破力も大事だし、一緒になって突破する仲間を作ったり、取引先をそういう気にさせるプロデュース力が大事なんですよね。
ゲームはヒットすると単体でものすごく稼げるから、IPをどう広げるかということをかつてはあまり意識していなかったように思います。一方で、アニメは市場規模の面で、最初から「パッケージにしていくら、海外に売っていくら、マーチャンダイズでいくら」とIPを広げることを前提にしたビジネス感覚が備わっています。ゲームもそのようにならざるを得ないかなと思います。少なくともグローバルな展開を前提にした時代にはなってきていますね。
作り手が販売店で遊び方を教えるのは日本だけ
――あっという間にワールドワイドでユーザー数が1000万、2000万を突破するようなタイトルが出てきてユーザーの海外比率も高まると、オリジナルをローカライズするより、多言語で同時開発するような進め方になりますか?
木谷: 進め方にはいろいろなパターンがあります。先日までクローズドベータ版でテストをしていたオンラインTCG(トレーディングカードゲーム)の「Cardfight!! Online」のように、最初から英語版しか作っていないものもあります。PCゲームの世界的なプラットフォームである「Steam」で公開して、初めから海外向けに進めている例ですね。ブシロードの主軸であるアナログカードゲームでも、英語版しか出さない商品の開発を進めています。
――開発は海外の主要拠点であるシンガポールで進めているのですか?
木谷: シンガポールを中心に進めていますが、デザイナーやイラストレーターは日本と米国のスタッフです。そしてターゲットにしている市場は米国です。販売の現場では、これまで日本でやってきたような、社員自ら各地を回ってカードゲームの講習会を開く、といったことにも挑戦してみたいです。
――海外では通常、そのようなことはやっていないのですか?
木谷: カードゲームの大会はありますが、「メーカーの社員が講習会で各地を回る」といった概念がそもそもありません。多分、「俺たち作る側、あなたたち売る側」という区分がはっきりしているのだと思います。
――作った人が販売現場に来ることはないのですね。
木谷: 日本以外ではジョブ・ディスクリプション(職務記述書)というもので仕事の範囲が明確に線引きされているので、メーカーの作り手がわざわざ販売現場に出向いてユーザーに遊び方を教える、という概念がないのでしょうね。
――でも、ユーザーは間違いなく喜びますよね。
木谷: そうなんです。ですから、日本的なことを海外でもやってみたいのです。実際、私自身もシンガポールでは毎月20店舗以上のカードゲーム専門店を回っていますが、お客さんから毎回サインを求められるなど好評です。メーカーのCEOが売場を回るなんてことはないのでしょうね。いいと思ったことは海外でもどんどん広めていきたいですね。
プロレスはレスラーのタレント化で伸ばす
――御社はトレーディングカードゲーム(TCG)を主軸にしながら、スマホアプリなどのデジタルオンラインと、プロレスや音楽などのライブエンターテインメントの三本柱で事業を展開されていますが、TCG以外の成長性をどう見ていますか?
木谷: デジタルオンラインにおけるアプリ分野は市場全体では成長していくでしょうが、競争が激しすぎる世界です。我々にとってはTCGが本業であってアプリそのものは本業ではありません。ですから、パズルゲームやRPGといったゲームの“ど真ん中”にはいかず、他社との違いを打ち出せる方向にいくしかありません。
1つは主軸であるカードゲームとリンクしたもの、もう1つはキャラクターゲーム。この2つで攻めるしかないですね。「このジャンルはあそこのメーカーだよね」といわれるジャンルを作らなければならない。
――ライブエンターテインメント分野はいかがでしょうか。
木谷: プロレスは伸びています。また、ブシロードミュージックという音楽とネットラジオとグッズの会社を作ったのですが、ここも伸びていますね。ライブの時代だと言われていますが、ライブ自体で稼ぐのは本当に難しいんです。年中ずっとやっていなきゃダメですし、パターン化していかないと収益的に厳しい。
その意味で、プロレスは「ライブがパターン化した形態」なんですよね。年間130試合もやっていますから。その中でも、後楽園ホールでやっている大会などは収益率が圧倒的にいい。東京ドームや両国国技館に比べて会場費などが安いからです。
「タイガーマスク」のアニメ化も決定しました。そこには新日本プロレスのレスラーも実名で登場します。日本のエンターテインメントにしかできない“2次元と3次元の融合”にご期待ください。
――新日本プロレスが大手芸能プロダクションのアミューズと提携するという発表もありました。
木谷: 所属レスラーは、これからプロレス以外の場にもどんどん露出させる方向でいきます。レスラー自身もそれを望んでいます。レスラーは体を使った表現能力がすごく高いんです。そこが、アミューズさんも評価してくれたところです。
ファンの中には「プロレス1本でやってほしい」という人もいますが、それではプロレスが好きな人がレスラーとして業界に入ってくるだけになってしまう。いろいろな価値観を持った人にプロレスの世界に入ってきてほしいのです。極端な話、「俳優になりたいからレスラーになる」ということでも僕は構わないと思っています。今後、所属レスラーについて新たな取り組みも発表します。
――そのほか、ライブエンターテインメント分野では、シンガポールで7月に日本のアニメ、マンガ、ゲームなどを集めたイベント「C3 CharaExpo 2016」を開催します。
木谷: 初開催だった昨年は1万6000人の来場者に来ていただきましたが、今年の目標は2万人以上です。シンガポール国内だけではなく、近隣の国からももっと遊びに来ていただけるイベントにしたいですね。昨年の近隣諸国からの来場は10%程度だと思いますが、今年は25%ぐらいに高めたいです。また、BtoBへのニーズが年々高まっていることにもきちんと対応していきます。
――シンガポール以外でもイベントの開催は計画していますか?
木谷: 東南アジアではシンガポールしか考えていません。シンガポールという都市の魅力が大きいですね。例えば、「オーストラリアや、米国のロサンゼルスといったところでやってみますか?」と言われれば興味はありますが、実際にはまだ難しいですね。イベントを立ち上げるのは、本当にしんどいですから。
次のメディアミックスは“女子バンド”
――昨年のお話では、グループ全体の売り上げの約6割がトレーディングカードゲーム関連で、残りがスマホアプリなどのデジタルオンライン分野とライブエンターテインメント分野とのことでしたが、その割合に変化はありますか?
木谷: 変わりありません。全体の売り上げは増えていますが、カードゲームの割合はいまだに6割です。10年後は分かりませんが、今はカードゲームが主軸です。ただ、カードゲームといってもデジタルなカードゲームが今後どんどん増えていくでしょうね。
――デジタルのカードゲームはアナログのものとどのような点で異なりますか?
木谷: スマホアプリ版は無料で始められますから、敷居が低いですね。スマホがあるということは、手元にデッキ(ゲームを遊ぶためのカードのセット、アナログ版では通常スターターパックを購入して遊び始める)があるのと同じことですよね。10代の中高生のユーザーも多いです。いまや、多くの中高生はスマホを持っていますから。
――スマホアプリ「ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル」のヒットに続くコンテンツとして、昨年はメディアミックスプロジェクトの「BanG Dream!(バンドリ!)」が期待されていました。「バンドリ!」の状況はいかがでしょうか。
木谷: 現状はコミック連載と並行して、キャラクターを演じる声優たちが作中に登場するガールズバンド「Poppin'Party」を実際に組み、ライブ活動を展開しています。4月24日に開催するライブには、850人の定員に2800人の申し込みがあり、大きな反響をいただきました。

(C)バンドリ! プロジェクト
パッションは学歴では測れない! 日本の教育に異論あり
――社内では、年齢や経験にかかわらず、新たなプロジェクトへの起用などを積極的に進める方針だと聞いていますが、若い方の活躍の場面は増えていますか?
木谷: 活躍している人間もいますし、「何だかダメだな、作業として仕事しているだけだな」という者もいますね(笑)。案の定、後者の場合はヒットしないんですが。
――シビアな話ですね(笑)。
木谷: シビアですね。はっきりとは言いづらいことですが、パッションも才能のうちなんですよ。こんな記事も目にしました。「日本人の好奇心は最初はすごく高いのに、20歳ぐらいで止まってしまう。日本の20歳の若者の知的好奇心は、北欧の60歳ぐらいの人と同じだ」と。今の日本の若者には、確かにそのような傾向を感じます。でも、それは日本社会の共通認識として「10年後、20年後は今よりもっと悪くなるんだろう」という思いがあるからではないでしょうか。だからそれに対して備えてしまう。
――「低欲望社会」とも言われます。
木谷: そうですね。もっと社会が成長すると思うから、「もっと面白くしたい、もっとエキサイティングなことがしたい」と思うわけですよね。でも、日本はそうではない……。
――木谷社長は、拠点であるシンガポールと日本と行き来されています。シンガポールは日本とは違いますか?
木谷: シンガポールは、欲望を高く持たせる教育と、そうでない教育に分かれているように見えますね。
――最初から「コース」が分かれているということですか。
木谷: 僕が一番びっくりしたのは、シンガポール国立大学を出た人たちの初任給の平均が学科によって月1000ドルくらい開きがあるということです。日本だと、大学の新卒初任給ってほとんど同じですよね。
また、海外の教育カリキュラムを見ると、リーダーシップ教育が必ず入っています。授業中に発言をしないといい点が付かなかったり、発言の内容が成績の半分を占めるといったこともあります。
日本でも学歴で給料に差を付けようとした会社がありますが、うまくいかなかったようです。なぜうまくいかないか。それは、学歴ではパッションを測れないからです。
日本の教育は、“なぞる”ことができるかどうかの尺度しかありません。だから、記憶力はいい。でも記憶力はコンピューターで、あるいはスマホでさえ解決できる時代になっている。そんな時代にコンピューターの劣化版でしかない人間の記憶力の試験をやっても意味がないですよ。そしてその結果が日本ではそのまま学歴になる。
加えて、日本ではリーダーシップ教育をしてないですよね。目立たないように、目立たないようにという教育だから、空気を読む能力はやたら身に付き、空気を読む力のない人間をたたくわけです。チームワークは日本の強みですが、裏を返せばリーダーシップの欠如という弱みにもなります。僕は空気を読まないことも能力の1つだと思います。
――空気を読まない、ですか。
木谷: 取りあえず言ってみる。例えば会社に入るときには「いいよ、このサラリーで。それからストックオプションもちょうだい」とか言ってみる。日本人はそんなことはなかなか言わないじゃないですか(笑)。
――言わないですね。下手すると、「給料はいくらでもいいです」と言ってしまいそう。
木谷: そう。でも世界の当たり前は「取りあえず言ってみる」なんですよ。それに対して「うーん、じゃあ、どの辺まで考慮してあげればいいかな」とまじめに考えちゃダメで、「そんなもの通るはずないだろう」と返さなきゃ。だから、日本人は舐められるんじゃないですかね。世界では当たり前のことをしているだけの話なんですが、日本人からすると「強気な交渉してくるな」と受け取ってしまう。ここは意識を変えていかないとダメですね。
「負けたら死ぬ覚悟」で臨まないとダメ
――話が日本の教育論になってきましたので(笑)、話を戻して、最後に今年度の展望について教えてください。
木谷: 1つはオンラインTCGの「Cardfight!! Online」、もう1つはキャラクターを生かした新しいスマホアプリに注力します。スマホアプリは9月の東京ゲームショウでお披露目できると思います。
これまで、アナログのカードゲームは出したものの6~7割をヒットさせてきました。一方で、スマホアプリは生存率が低すぎた。いまや、スマホアプリも開発から宣伝、運用まで入れると億を超えるプロジェクトになっています。開発に5000万円かけたら、宣伝費と運用費を加えて2億円のプロジェクトになりますし、開発に1億かけたら全体では5億になってしまう。
カードゲームのアニメによくあるシーンのようですが、これからコンテンツを手がけるときには「負けたら死ぬ覚悟」で臨まないと、もうダメかなと思っています(笑)。負けたら死ぬんだったら、必死になってやると思うんですよね。24時間、これをヒットさせるためには、どうしたらいいんだろう、と。先ほどお話しした突破力と、プロデュース力をもって、「負けたら死ぬ覚悟」で臨みます。