新社長との出会いはコスプレがきっかけ

──昨年は社長の座を橋本さん(橋本義賢氏)に引き継がれました。その経緯を伺えますか?

木谷氏: 今のエンターテインメントは、現場に張り付いてないと無理だと感じています。現場に張り付くまでいかないにしても、現場感を持ってちゃんとやっていないと難しい。今だって6タイトルぐらいプロデュースしていますが、社長業をやりながらでは無理があります。まあ、シンガポールに行って離れていながらよくできたなと思うんですけれど(編集部注:木谷氏は2014年から海外法人のあるシンガポールに拠点を移し、日本と行き来しながら生活してきた)。

 これまで、社長に加え、広報宣伝、デジタルコンテンツ事業を統括し、子会社のブシロードミュージックの社長を務めてきました。僕はやっぱり音楽に力を入れたいからブシロードミュージックの社長は今後もやると。広報、宣伝はずっとやっているので、広報宣伝部長も引き続きやる。デジタルコンテンツはすごく大事なので、アニメを含めてコンテンツ本部の本部長もやる。こうやって並べてみると、一番いらないなと思ったのが社長だったのです(笑)。それで、取締役になり、代表取締役社長を橋本に引き継ぐことにしました。

 「前線から最前線へ」をキャッチフレーズに、私はコンテンツに専念し、経営は橋本に任せています。

――橋本さんは2012年にブシロードに入られていますが、木谷さんと出会ったきっかけを教えていただけますか?

橋本義賢氏(以下、橋本氏): 1980年代、私が日本IBMで働いていた時代ですが、“異業種交流会”というものが盛んに開かれていました。ある団体を木谷がやっていて、私も違う団体をやっていて、幹事クラスの横のつながりで名刺交換したのが最初の接点です。

木谷氏: 交流会というと聞こえはいいですが、もっとくだけた“社交的なサークル”といった感じでしょうか(笑)。誰か講師を呼んで話を聞こう、というようなものでした。

橋本氏: まあ、そうですね(笑)。その後、1994年にブロッコリーを設立した木谷が、「コミックキャッスル」という同人誌即売会のイベントを立ち上げました。それを見に行って、「こんなマーケットがあるのか」とびっくりしたんです。その周辺には、アニメ、ゲームといった分野が広がっており、「日本から世界に輸出できるのは、これだ!」と確信しました。そもそも、日本IBMに入ったのは、グローバルな仕事がしたいという動機でしたから、なんとかこの分野でビジネスにしてみたいと思うようになりました。

橋本義賢社長
橋本義賢社長
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木谷氏: 同人誌即売会では、コスプレをする人たちもいたので、その部分を手伝ってもらったんです。

橋本氏: 当時はコスプレ用の衣装に既製品というものはなくて、みんな自分で作っていました。そこで、アパレルメーカー「コスパ」(創業時の社名は「コスチュームパラダイス」、後にコスパに社名変更)を立ち上げ、渋谷の店舗でオーダーメードを手がける一方で、セガさんやカプコンさんといったゲームメーカーから版権を得て、既製品も出すようになりました。KONAMIさんの『ときめきメモリアル』の制服を出させていただいたところ大ヒットになり、会社の成長が軌道に乗りました。このマーケットを最初に教えてくれたのが木谷だったのです。

──橋本さんの大きな転機に、木谷さんがかかわられていたのですね。その後、コスパグループを離れ、2012年にブシロードに加わられます。

橋本氏: 私はコスパグループのグローバル展開を見据えた成長戦略を描けるよう、上場なども視野に入れ、ベンチャーキャピタルからの資金調達も活発に行っていました。一方で「ステークホルダーからあれこれ言われることなく、自由にビジネスしたいよね」という声も経営陣の中で高まり、私のビジョンを共有することがかないませんでした。

木谷氏: 当時、既にブシロードを創業していましたが、より大きなステージで企業活動をしたいという思いが僕にはあったので、「だったら、こっちで一緒にやらない?」と誘ったのです。ステージを上げていこう、という彼の志向に合っていることもありますが、自分たちのオリジナルIP(知的財産)を作り出せる、ということもブシロードの強みだと思いました。

バンドの次は舞台 ブシロードのクロスメディア戦略(画像)
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