ソフトバンクグループが2016年7月18日、英半導体設計大手のARMを買収すると発表した。9月末までに買収を完了させるという。

 買収金額は約3兆3000億円(243億ポンド)。これまでにもソフトバンクは、ボーダフォン日本法人で1兆7820億円、米スプリントで約1兆8000億円という、日本企業としては大規模な買収を行ってきたが、今回の3兆3000億円は、それを大きく上回る。日本の企業の買収案件として過去最大となった。

 中国アリババの一部株式売却のほか、フィンランドのスーパーセル、日本のガンホー・オイライン・エンターテイメントの株式売却により、約2兆円の資金を調達。こうしてできた手元資金の2兆3000億円に加えて、みずほ銀行から1兆円の融資を受けるが、これはブリッジローン(つなぎ融資)であり、「買収資金は全額確保している」とする孫正義社長の発言は、すべて自らの資金で賄うという意味が込められている。

3.3兆円のうち、2.3兆円が手元資金、1兆円がブリッジローン。ソフトバンクの資料より
3.3兆円のうち、2.3兆円が手元資金、1兆円がブリッジローン。ソフトバンクの資料より
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 会見では、ARMの経営陣や英国ケンブリッジ本社の体制を維持するとともに、英国での雇用を5年間で倍増させ、これまで同様に中立性と独立性を維持することも明らかにした。

 ARMベースのチップは全世界で年間148億個も出荷され、スマートフォンに搭載されているプロセッサーや、マルチメディアIP、ソフトウエアに至るまでARMの技術が活用されている。中でも、スマートフォンやタブレットを中心としたモバイルコンピューティング市場においては、アプリケーションプロセッサーで85%以上のシェアを獲得。その存在感は圧倒的だ。インテルのように積極的に存在をアピールしないこともあって、ARMという会社がここまでの存在感を持っていることに驚く人も多いだろう。

 会見の質疑応答の中で、日米でキャリアとしてビジネスを展開しているソフトバンクグループが、スマートフォンの中核部分を押さえるARMを買収することを懸念する質問も出たが、孫社長は、「ソフトバンクは、もともとスマホを作っていない。アップルやサムスン、ファーウェイ、HTC、シャープ、ソニーといったスマホメーカーとは競合せずに、中立性を保つ形でビジネスができる。競合するキャリアが、ARMの技術を搭載したスマホを売りたくないといったら、それはアップルやサムスンを扱わないというのと同じこと」と一蹴してみせた。

 ソフトバンクは、キャリアビジネスに加えて、スマートフォンの中核部分を握るARMを買収することで、モバイルコンピューティングビジネスにかかわる体制をより強固なものにしたのは間違いない。

 だが、ソフトバンクの孫社長が、ARMを手に入れたかった理由は、単に、スマホ市場を押さえるためではない。

 説明では、ARMは独自の基盤技術を保有するマーケットリーダーであること、モバイル、エンタープライズ、IoTといった巨大市場においてさらに成長するポテンシャルを持っていること、長期的な潮流に対して投資するというソフトバンクグループの戦略に適合していること、ARMが非公開企業として、長期的、戦略的に投資できることなどを挙げた。

 そして、孫社長は、ARMがビジネスを行っている市場として、モバイルアプリケーションプロセッサー、ネットワークインフラ、サーバー、エンベデッドインテリジェンス、自動車、家電製品などを挙げながら、2020年に向けて、いずれも大きな市場拡大が見込まれることを強調してみせた。

 これらをひとつの言葉で表すのならば、IoTということになろう。IoTは、「Internet of Things」の略だ。すべてのものがネットワークに接続された世界で、それらの情報を収集、分析し、社会的問題や企業が抱える課題を解決したり、個人の生活を豊かにしたりする新たなサービスやビジネスの創出が期待されている。2020年には、500億台のデバイスがネットに接続され、44ゼタバイト(1ゼタバイトは10億テラバイト)のデータが生成されると予測されている。ARMは、IoTを支えるプロセッサー技術やソフトウエア技術などを有している企業。今回の買収が、そうした市場に向けた布石であることを、孫社長は示してみせる。

発表会に登壇した孫正義社長。同社発表会の中継動画から
発表会に登壇した孫正義社長。同社発表会の中継動画から
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 「囲碁で、碁石のすぐ隣に石を打つのは素人の戦い方である。プロは、遠く離れたところに打ち、それが50手目、100手目になって力を発揮する。私は7手先を読んで、手を打つことを心掛けている。なぜ、いまこの手を打つのか。ほとんどの人は分からないだろう。3年、5年、10年を経過すれば、ソフトバンクグループにARMがいる意味が分かる。ソフトバンクグループの中核中の中核になる企業がARMである」と、孫社長は語った。

 ソフトバンクグループとのシナジー効果について、現時点では具体的な数値を示さなかったものの、孫社長は「直接的、間接的にすべてのグループ会社がかかわる」としている。「アリハバのジャック・マー(馬雲)からは、中国におけるARMのパートナーになりたいという連絡をもらっている」というように、ソフトバンクグループの幅の広さを生かした展開から、どんなシナジーが生まれるのかは、外野から見ていても楽しみだ。

球団買収時と同じ孫社長の語り

 一方で、今回の会見では、孫社長が学生時代だった40年前のことを振り返っていたことが印象的だ。

 1976年に19歳だった孫社長は、サイエンスマガジン誌に掲載されたCPUの拡大写真を見て、「人類の頭脳を超えるものを、人類が生み出したことに感動と興奮を覚え、両手両足がジーンとしびれ、涙が止まらなかった」と述懐した。

 こうした若き日の詳細なエピソードを披露したのは、プロ野球の福岡ソフトバンクホークス(当時の福岡ダイエーホークス)買収時に、野球少年であり、打順は3番、守備はサードであったことを明かして以来のことだろう。

発表会のスライドでもサイエンスマガジン誌に掲載されたCPUの拡大写真を使用した。同社発表会の中継動画から
発表会のスライドでもサイエンスマガジン誌に掲載されたCPUの拡大写真を使用した。同社発表会の中継動画から
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 孫社長は、「今日、私自らが、未来の姿に関わっていくことになる。事業家としての人生において、最もハイライトすべき日である」と語った。

 かねて孫社長は、シンギュラリティ(技術的特異点)に強い関心を持っている。シンギュラリティとは、一般的に人工知能が人間の能力を超えることを示す。

 孫社長の試算によると、2018年には、300億個のトランジスタが1つのチップの中に入ることが想定され、トランジスタの数は人間のニューロンの数を超える、物理的なクロスポイントが訪れるという。そして、30年後には、人工知能が持つIQは10000になるとも予測する。アインシュタインやダヴィンチのIQは200くらいといわれるが、近い将来の人工知能は、それをはるかに超えるものになるというわけだ。

 孫社長は、30年後の世界を、人間の100万倍の脳細胞を持った「人工知能」と、それを搭載した「スマートロボット」が全世界の人口を超える100億台に達し、インターネットにつながったIoT機器が10兆個に達すると予測している。これが孫社長が描く、シンギュラリティの姿だ。

 ARMの買収は、そうした想像がつかない未来に向けた入口に、孫社長自らが立ったともいえる。先ごろ、孫社長の後継者と目されていたニケシュ・アローラ氏の退任を発表し、「事業家としての欲が出てきた。ソフトバンクの社長として、まだ5年、10年は熱心に経営をしたい」と発言した孫社長(関連記事:ニケシュは去るが「孫劇場」は続く)。ARMの買収という未来への布石があるのならば、そうした言葉が発せられたのも当然だったのかもしれない。

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