創設者「人は予期せぬことに出合うと笑うしかなくなる」

 そもそもなぜ科学を笑いにしようを思ったのか。なぜ真面目な研究なのに笑いが起こるのか。イグ・ノーベル賞創設者のマーク・エイブラハムズ氏に聞いた。

イグ・ノーベル賞創設者のマーク・エイブラハムズ氏は、同賞を企画運営するユーモア系科学雑誌「AIR(Annals of Improbable Reserch、風変わりな研究の年報)」の共同設立者であり、編集者
イグ・ノーベル賞創設者のマーク・エイブラハムズ氏は、同賞を企画運営するユーモア系科学雑誌「AIR(Annals of Improbable Reserch、風変わりな研究の年報)」の共同設立者であり、編集者
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――なぜ、科学と笑いを掛け合わせようと思ったのですか。

マーク・エイブラハムズ氏(以下、マーク): 自分のなかでは、もともとつながっていたんです。子どものころから科学が大好きで、面白いニュース記事を集めるのも好きでした。共通して興味をそそられたのは、“予期できないこと”。つまり自分の経験や知識の全く外にあることに出会うと、もう笑うしかないんです。

 幸運にも勉強はできたのですが、本当に好きだったのは、学校の先生があまり説明しないような教科書の中の小さいコラムでした。面白いもの=重要ではないと思われるかもしれませんが、私はその逆だと思っています。面白いものの背後にはもっと面白いものがあるんじゃないかと。

 そして、科学雑誌の編集者になって分かったのは、偉大な発見に至るストーリーとして公式に語られていること以外にも、実は面白い話がたくさんあるということ。学校では、天才がその存在が前もって分かっていたかのように偉大な発見を成し遂げ、周りもその価値をすぐに理解したかのように教えていますよね。でも本当は、偉大な発見の発端は事故や偶然だったり、周りがクレイジーだと思うような行動だったりする。そういったものを掘り出すのがイグ・ノーベル賞なんです。

――そこから偉大な発見が生まれるかもしれないと。

マーク: そうならないかもしれません。それが重要な発見かどうかはスタート時点では判断できない。分かるのは、それが“予期できないこと”だということだけ。なかには重要な発見につながるものもあるかもしれませんし、クレイジーなまま終わるかもしれません。私は賞の発表後に聴衆と話をするのが好きなのですが、どの研究が重要で、どれがクレイジーかは意見が全く一致しないんです。そこで議論が起こったときに、自分は良い仕事をしたなと思います。

――イグ・ノーベル賞を受賞した研究はどれも真面目に研究されたものなのに、私たちはなぜ笑ってしまうのでしょうか。

マーク: 受賞した全ての研究者に共通していえることは、“予期できない人々”。つまり、みなさんの経験の外にいる方々だということ。普通の人が「知っているけど、考えたことがないこと」を常に考えている人たちなんです。

 みなさんが今の仕事を何年もされているとして、最初の日のことを思い出してみてください。いろんなことが新鮮に感じませんでしたか。しかし、次の日になると新鮮なことは少し減って、1カ月経つとゼロになってしまう。いったん慣れると、面白いことに気付かなくなるんです。でも、新しい人が入ってくると、その人は新鮮な感覚で物事に接している。この賞ではそういう感覚を見極めようとしています。

――ところで、あなたはなぜ自分の隣に消火器を置いているのですか。

マーク: 今までの人生で消火器を隣に置いてしゃべったことはないなと思って、置いてみたんです(笑)。

イグ・ノーベル賞創設者に聞く 真面目な研究が笑いを生むワケ(画像)
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(文/山下奉仁=日経トレンディネット、写真/中村宏)