日本酒ブームが長く続くなか、ファン層をさらに拡大すべく、新たな試みで展開する新業態店が続々とオープンしている(関連記事「日本酒原価バー」に潜入! プレミアム酒が激安で飲める秘密とは?)。
2016年7月1日、銀座にオープンした「悠久乃蔵」もそのひとつだ。同店は昼間は独自に開発した25種類の「糀(こうじ)ミルク」や「銀座蔵糀豚」を使用したランチを提供する「糀カフェ」として営業。夜は日本酒100%のしゃぶしゃぶを提供する飲食店「悠久乃蔵」として、昼夜異なる業態で営業する。
日本酒しゃぶしゃぶには、環境ベンチャーの源麴研究所(鹿児島県霧島市)と共同開発した「銀座蔵糀豚」を使用。ストレスを軽減する麹菌を食べさせることで「アクがでない」「獣臭が少ない」「鮮度を長く保てる」という3つの特徴を持つ、世界初の豚肉だという。
さらに注目したいのが、同店は300年以上の歴史を持つ全国9つの蔵元(8つの酒蔵と1つの醤油蔵)が集まり、各蔵元が会費を払って運営している点もユニークだ。
日本酒を使ったしゃぶしゃぶは、久保田の直営店でも提供しているが(関連記事:地酒の大定番「久保田」が今なぜ銀座に高級飲食店をオープン?)、同店ではどのような形で差異化をしているのか。またいったいなぜ、こうした業態の店をオープンさせ、このような方法で運営しているのか。グランドオープン前日に行われたプレス向け試食会に参加した。
黒麹菌を飼料に混ぜて育てた豚肉を使用
同店があるのは、銀座四丁目交差点近くの路地を新橋方面に進んだビルの2階。隣は「空也もなか」で有名な「空也」だ。店内は黒で統一されたシックな雰囲気。席数は50席で、仕切りがないせいか銀座にしてはかなり広く感じる。
豚肉は黒麹菌を豚の飼料に混ぜて育てた「銀座蔵麹豚」を使用。鮮度が落ちにくく獣臭が少ないうえ、うまみが逃げにくいなどの特徴があるという。日本酒を煮たて、火を付けてアルコールを飛ばした汁でその豚肉をしゃぶしゃぶにするわけだ。日本酒が沸騰蒸発するとアルコールが飛び、うまみ成分だけが濃厚に残った“アミノ酸汁”になり、食材のうまみを引き出すことができるという。使用する日本酒によって、この汁の味わいは大きく異なるとのこと。山廃仕込みの日本酒だとどれだけ加熱しても沸騰せず、繊細な泡が立つだけ。火もつかないそうだ。
単品注文の場合、日本酒は本醸造、純米酒、純米大吟醸から選べる。純米大吟醸を使用すると、汁の香りもうまみも強くなり、大吟醸の心地良い香りが楽しめるという。純米酒はうまみがギュッと濃縮された味わいになり、本醸造は飲み飽きない地酒の良さは残しつつ、日本酒を感じさせない汁になるそうだ。
何もつけずに食べてみたが、たしかに非常に軟らかくジューシー。アルコールは感じないものの、日本酒特有のうまみはしっかりと感じられ、いくらでも食べられそうな気がした。
創業300年以上の酒蔵を120軒以上回った!?
同店を企画した源平酒造(福井県大野市)の萩原敦士社長は、飲食店や大手通信会社の営業マン出身。食品業界への転身を考え、勉強のためにさまざまな職を経験したが、そのひとつが長野県での農業体験。そこで農業の基礎を学ぶかたわら、「作り手にしっかり利益を生む仕組み」の重要性も学んだという。
次に萩原氏が目を向けたのが、地方の酒造。酒造の利益を守りつつその価値を伝えようとする地酒専門店などしっかりした販売パートナーもいる一方、キャッシュフローが悪く、販売側から買いたたかれている状況にある酒造も少なくなかった。萩原社長はそんな状況を改善できないかと考え、創業1673年という老舗ながら、経営悪化で破産手続きをしていた源平酒造の債務を全て引き受け、2012年に取得した。
悠久乃蔵出店のヒントを得たのは、香港を訪れた2013年12月。源平酒造の日本酒を提供するレセプションパーティーで海外のVIPに、同酒蔵が創業300年以上であること、日本にはそうした歴史ある酒蔵が珍しくないことを伝えると非常に驚かれ、「創業300年以上というくくりでブランドを作ることができたら、世界的にも非常に価値がある」とアドバイスをもらったという。
そこで萩原氏は2年以上かけて日本中の創業300年以上の蔵元を120カ所以上調べて悠久乃蔵の構想を説明し、参加する蔵元を募った。オープン前に9つの蔵元から賛同を得、同店の営業を開始することができたという。
実は7月1日のグランドオープンを前に、4月21日からプレオープンという形でマーケティングを繰り返していた。銀座の中心エリアという場所柄、外国人客も多かったが、「『ウマミ』という言葉は知っていても、『麹』という言葉を知っている外国人はほとんどいなかった。『アミノ』と言うと、やっとうっすら理解してくれる。日本酒はおいしいだけでなく、麹に非常に良質なアミノ酸が豊富に含まれていること、栄養満点で健康効果が高いことを、もっと世界中に発信しなければと痛感した」(萩原氏)。
昼を麹ドリンクのカフェ業態にしたのも、作り手である酒蔵に利益を生み出す仕組みを作るため。酒が飲めない人、麹の魅力を知らない人にも気軽に利用してもらえるように、麹入りのかき氷なども販売している。またアジアへの展開も視野に入れ、ココナッツオイルやグリーンカレーなどのフレーバーをしゃぶしゃぶに取り入れている。
プレオープン中の外国人旅行客のリクエストにより、新たなサービスも加えた。「東京湾で釣りを楽しんだが、食べ方が分からない」という人のために、釣った魚を料理して提供するサービスを開始。「近くにある銭湯・銀座湯で汗を流してもらっている間に調理する。風呂上がりに、日本酒と一緒に楽しんでもらえれば」(萩原氏)という。
(文/桑原恵美子)