インバウンド(訪日外国人)が増加し続けるなか、宿泊費を抑えたいというニーズが高まり、2015年あたりから相部屋・素泊まりで3000円前後というホステル形式のインバウンド向け宿泊施設が急増している。なかには従来のホステルと違い、低価格でもデザイン性が高く、快適さ、便利さを追求している施設も出てきている(関連記事「【体験レポ】泊まれる本屋「ブックホステル」が狙うのは“本を読まない人”!?」)。
都内のオフィスビル・マンションの開発などを行うサンケイビル(千代田区)は、インバウンド向けゲストハウス型ホテルブランド「グリッズ(GRIDS)」を立ち上げ、2015年4月21日には「グリッズ秋葉原」を、2016年1月15日に「グリッズ日本橋イースト」を開業した。企画・設計・運営は、人気デザインホテル「クラスカ」やキッザニア東京などを手がけてきたUDS(東京都渋谷区)が担当する。
「外国人旅行客数の増加ととともにニーズも多用化している。現在の日本の宿泊施設には、そうしたニーズを受け止められる多様性に欠けている。ひとりからグループまで多様な宿泊単位に対応でき、低価格で快適に泊まれる宿が必要だと考えた」(サンケイビル 住宅事業グループ 新規事業開発部長の井上斉氏)。
エンタメ型旅館の企画開発をてがける「The Ryokan Tokyo」(神奈川県湯河原町)は、旅館「The Ryokan Tokyo YUGAWARA (以下TRT湯河原)」を2016年3月1日にオープン。「インバウンド向け宿泊施設は都市部に集中している。地方や旅館に泊まりたい人の受け入れ先になりたいと考えた」(藤澤しずか女将)。TRT湯河原は外国人旅行客の抱く和のイメージを増幅させた突き抜けたインテリアや、日本文化を伝えるエンタメ体験(有料)に重点を置いているという。
どちらもホステル形式だが、従来の「安くてそれなり」な施設とはかなり違うようだ。いったいどこが違うのか、実際に出向いて確かめた。
ビジネスホテルとホステルのイイトコドリ!?
「グリッズ」ブランドのホステルでは従来のホステル同様、二段ベッドを使用する相部屋を多く用意しているが、シャワールーム付きの個室もあり、普通のビジネスホテルのように使うことも可能だ。一方、施設内の共用部では宿泊者が自由に交流し情報交換ができる「コモンスペース」(休憩所)を併設し、観光客が泊まってもビジネスホテルのような疎外感がないよう配慮しているという。
施設内を一巡して驚いたのは、高級感のある空間のしつらえ。さらにフロントにコンシェルジュが24時間常駐するなど、サービス面もこまやかだ。「『海外にはこういうホステルはない』と驚く外国人観光客が多い」(グリッズ秋葉原の比嘉裕喜支配人)というのも納得。本当にこの宿泊価格で大丈夫かと、心配になるほど。
同社によるとそれが可能な理由のひとつは、同施設が古いオフィスビルのコンバージョン(改築)であること。従来のホテル事業開発では用地の取得、建築などがあり営業開始までに2年以上かかるのが普通。だがコンバージョンなので開発期間を大幅に短縮でき、費用も抑えられたそうだ。また東日本橋は昔ながらの問屋街で、延床面積が1000平米以下の小さなオフィスビルが多い。繊維不況で空きビルが多かったことも、低価格の宿泊料金が可能な理由のひとつなのだろう。
「最近は、『宿泊費用を抑えてそのぶんを食事や体験に使いたい』という観光客が多い。従来のバックパッカーと違い、裕福でいいものを知っているから、リーズナブルさを重視してはいるが、質が低い宿は選ばない」(井上部長)
開業して1年近くのグリッズ秋葉原の稼働率は平均75~80%、良いときは90%程度と好調。インバウンドの利用者が圧倒的だが、東京出張のビジネスパーソンや就職活動で地方から上京する大学生も予想以上に多いそうだ。同社では「予想どおりのニーズがあることが分かった」として今後も同ブランドを積極的に展開していく予定だ。
・1行目、初出では「グリッツ」と記載していましたが、正しくは「グリッズ」でした。お詫びして訂正いたします。 [2016/03/15 13:08]
湯河原なのに"Tokyo"の理由は検索されやすさ!?
TRT湯河原は、JR「湯河原」駅からバスで10分、さらに急な坂を10分ほど上った高台にある(湯河原駅からシャトルバスを1日6往復運行)。中心地からはずれた少し寂しい温泉街の中に突如現れたド派手な外観にまず度肝を抜かれた。以前は保養所だった建物を外国人観光客向けに思い切ってリノベーションしたそうだ。
湯河原を第一棟目として選んだのは、関西国際空港と成田空港を結ぶ「ゴールデンルート」上に位置しており、人気の箱根、熱海、富士山にも行きやすい場所であること。また品川から90分、新幹線だと60分と便利な場所でありながら、観光地化され過ぎず、日本の古い温泉街のよさを併せ持っている場所だからだという。
「日本各地にはバブル期のしっかり作られている建物が遊休物件として数多く眠っている。そうした遊休物件をリブランドし、外国人観光客向けの宿泊施設として全国展開していきたい」(藤澤しずか女将)。同旅館はその第1棟目であり、まずはここを成功させてモデルケースにしたいと意気込む。
そこで素朴な疑問が。地方を中心に展開する目論見なのに「The Ryokan Tokyo」というブランド名にしたのか。聞けば、同旅館はSNS発信でのクチコミを狙っており、「湯河原 旅館」より、圧倒的に「東京 旅館」のほうが検索されやすいからだという。同じ理由で、ロビーまわりには日本各地の観光地を描いた“撮影スポット”を多数用意。記念撮影をしたくなるようなコスプレ衣裳を用意し、華道、茶道、着付け、書道、和菓子、工作系など、さまざまなアクテビティを予定している(有料)。どれも記念写真での拡散率は高そうだ。
内覧会当日は、外国人観光客向けの書道講座やけん玉、独楽(こま)の実演、陶器の絵付けチャレンジなどさまざまな催しがあった。どれもやってみたら意外に難しく、日本人も楽しめる宿ではないかと思った。
The Ryokan Tokyoはバブル期に建てられた地方の遊休物件を積極的に活用していきたいというが、グリッツ東日本橋イーストもまた、都内に増えている空きオフィスビルの利用が展開の大きなカギとなっている。今後もこうした空きスペース利用のインバウンド宿泊施設は増加していきそうだ。
(文/桑原恵美子)