「South by Southwest(サウス・バイ・サウスウエスト、SXSW)」は、毎年3月中旬に米国・テキサス州オースティンで開催される、音楽と映画、最新技術の複合イベント。展示会をはじめセミナー、ライブ、上映会、コンテストなど数千もの催しが行われ、80カ国以上から8万人以上もの来場者を集める。今回はそのなかでも、世界の最新技術とベンチャー企業が集まる「インタラクティブ」部門を取材。世界に打って出る日本企業の動きと、驚くようなアイデアを提示する海外の注目ベンチャーの動きを、現地からリポートする。

アイマスク型ガジェット「NeuroOn(ニューロオン)」
アイマスク型ガジェット「NeuroOn(ニューロオン)」
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 SXSW期間中は、ベンチャー企業が中心となり、ビジネスアイデアや展開プランなどの優劣をプレゼンで争う、いわゆる「ピッチコンテスト」がいくつも行われる。なかでも注目度の高いコンテンストの1つ、「ReleaseIt(リリースイット)」で今年優勝を果たしたのが、米国のベンチャー、Inteliclinic(インテリクリニック)社の「NeuroOn(ニューロオン)」だ。

 ニューロオンは、睡眠リズムの改善を目指すアイマスク型のガジェット。今年から製品の本格出荷を予定しており、現在は予約受付中(一部出荷を開始)の段階だ。ポーランド人の創業者らがサンフランシスコで立ち上げ、日本語のウェブサイトは簡単なものしか用意していないにもかかわらず、注文の実に7割を日本の消費者が占めるという、極めてユニークなベンチャーだ。

日本語サイト。ニューロオンの操作はすべてスマホアプリから行う
日本語サイト。ニューロオンの操作はすべてスマホアプリから行う
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 SXSWの、それも大型のコンテストで優勝できた理由は何か。そして、創業者たちも驚くほど日本で人気を集めている理由は何か。優勝発表の直後の本人たちに聞いた。

インテリクリニック社の創業者チーム。CEOのカミル・アダムチェック氏(中央)、ゼネラルマネージャーのトーマス・クルジエジェク氏(右)、マーケティング担当のライアン・ゴー氏(左)
インテリクリニック社の創業者チーム。CEOのカミル・アダムチェック氏(中央)、ゼネラルマネージャーのトーマス・クルジエジェク氏(右)、マーケティング担当のライアン・ゴー氏(左)
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「点滅」にまつわる研究成果を反映

2年間の開発期間中、現在のバージョンまでに計6回も形状の変更を重ね、フィット感を追求しているという。装着すると外部の光の漏れはほとんど感じられなかった
2年間の開発期間中、現在のバージョンまでに計6回も形状の変更を重ね、フィット感を追求しているという。装着すると外部の光の漏れはほとんど感じられなかった
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 ノンレム睡眠とレム睡眠の長さを調べ、睡眠の質の改善につなげようとする、いわゆるスリープトラッキング機能は、日本でも多くのウエアラブル機器が採用している。ニューロオンにも同様の機能は備わるが、こちらが中心に据えるのは睡眠「リズム」の改善。例えば、夜型の勤務が続き、深夜は活発になるがなかなか寝付けず、朝は起きるのが非常につらい、という経験がある人は多いだろう。もっとわかりやすいのは、海外旅行の際の時差ぼけ。昼と夜が急激に入れ替わり、その影響で強烈な眠気に襲われる。これらは、体内時計が実際の時間とずれてしまっていることが原因だ。

「病院では、夜勤シフトから日中のシフトに切り替わった際、強烈な眠気が職務の妨げになるケースは多い」(インテリクリニックCEOのカミル・アダムチェック氏)。ニューロオンは、こうした体内時計のずれを修正し、ユーザーの望む睡眠サイクルを作り出すことを目標としている。

 具体的に、どう睡眠のリズムを変えるのか。秘密は、アイマスク内部のLEDにある。ニューロオンの機能の1つ、バイオリズム・アジャスター機能では、ちょうど両目に当たる位置に埋め込まれた強力な青色LEDが、5秒に1回のペースで発光。光の力で、強制的に体内時計を調整するのだ。

アイマスクの内側。上部は心拍と脳波検出用の電極、下部に見えるブルーの光がLED。点滅時はこれよりはるかに明るい
アイマスクの内側。上部は心拍と脳波検出用の電極、下部に見えるブルーの光がLED。点滅時はこれよりはるかに明るい
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 国内でも、朝方になると徐々に明るくなるLED照明は売られているが、なぜ5秒に1回の点滅なのか。実は欧米でのさまざまな研究により、点灯し続ける光よりも点滅する光のほうが、体内時計を調整する効果が高いことがわかってきている。この2月にも、スタンフォード大学が同様の趣旨の研究成果を発表したばかり。インテリクリニックの創業チームは、この点滅する光の効果に着目し、睡眠ガジェットとしての新たな差別化要素を作り出したのだ。

2月8日にはスタンフォード大学医科大学院が、点滅する光の睡眠サイクルに与える影響についての研究成果を発表
2月8日にはスタンフォード大学医科大学院が、点滅する光の睡眠サイクルに与える影響についての研究成果を発表
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「ANAと組んだ展開も模索中」

CEOのアダムチェック氏は医科大学出身で、睡眠の研究に携わった経験がある
CEOのアダムチェック氏は医科大学出身で、睡眠の研究に携わった経験がある
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 実は、13年に米国のKickstarterでクラウドファンディングを実施した際は、「他のスリープトラッカーと同様、レム睡眠、ノンレム睡眠の分析を基にした機能を前面に出していた」(アダムチェック氏)。しかし、クラウドファンディングを進めるなかで、「睡眠の研究者からさまざまな反応があり、機能や方向性についていくつか具体的な提案を受けた」(同)。これを受け、インテリクリニックはニューロオンの方向性を転換。睡眠のリズムを変えるという、よりアクティブな機能を前面に出すことにした。

 実際にどれだけ睡眠リズムを変える効果があるかは、同社が行っている実証実験の結果やユーザーからのフィードバックが出そろってみないと見えにくい。とはいえ、「昨年には、デトロイトの大型病院であるヘンリー・フォード病院で、シフト勤務者を対象とした睡眠リズム改善の実証実験を開始した。また、各国の航空会社とも共同研究や試験的な導入の話し合いを進めており、そのなかには日本のANAも含まれる」(アダムチェック氏)という。医療をはじめ、関係する業界からの注目度は非常に高い。

 CEOのアダムチェック氏はワルシャワ医科大学出身で、大学時代から睡眠の研究に携わってきた。その知見を生かし、ニューロオンはユーザーの動きや心拍に加え、脳波も利用してノンレム睡眠、レム睡眠を分析している。スリープトラッカーとしても、技術的に一歩進んだ製品なのだ。こうした点も、医療関係者から信頼を集める理由の一つになっている。

身に着けて、しかも就寝中に使う機器だけに、安全性には特に気を使っているという。基盤部分は医療用のシリコンで覆われている
身に着けて、しかも就寝中に使う機器だけに、安全性には特に気を使っているという。基盤部分は医療用のシリコンで覆われている
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 予約段階の今、なぜ日本で人気を獲得しているのかは、インテリクリニック社もよくわからないという。しかし、「日本人の労働時間が世界的に見ても長く、睡眠に悩みを抱える消費者が多いことは、市場調査から把握している」(アダムチェック氏)。この1月には、日本で販売される通信機器に必要な技術基準適合証明(技適)も取得。今後は、日本でのクラウドファンディングや他社と協力しての販売体制の構築も検討しているという。

(文/有我武紘=日経トレンディ)

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