プロゲーマー・梅原大吾氏は、格闘ゲーム界の第一人者であり、eスポーツ界のフロントランナーでもある。10代後半から世界を舞台に活躍。日本はもちろん、海外ファンからも“Beast(ビースト)”のあだ名で、熱い支持を受けている。その梅原氏が近年、積極的に活動しているのが動画配信の場だ。
プロゲーマー
梅原氏自身、「企画を考えるのが好き」と話す通り、配信する内容は多彩かつユニークだ。ライブ配信サービス「Twitch(ツイッチ)」に設けたチャンネル「DaigoTheBeasTV」では、ゲームのプレーのほか、日々の散歩や釣りの様子、プロゲーマー仲間とのチャリティー企画なども配信してきた。
中でも最近話題になったのが、2023年4月に仙台市から青森県弘前市まで約300キロメートルを“散歩”した「梅原散歩」の配信。同配信では、ゲームファン以外の視聴も多かったという。
そこでこの記事では、前後編に分けて、梅原散歩をはじめとする梅原氏の企画のベースや動画配信に対する考え方、さらには近年のeスポーツや23年6月に発売される「ストリートファイター6」への期待まで話を聞いた。
――梅原さんが配信を始めたのはいつごろですか?
梅原大吾氏(以下、梅原) 16年ですね。その前にも他の人の配信にたまに出たりしたことはありましたが、プロ活動の一環として自ら配信をするようになったのは、16年にTwitchに自分のチャンネル、DaigoTheBeasTVを立ち上げてからです。
――その後、一時は別のプラットフォームに移りましたが、23年4月からはまたTwitchに活動の場を戻しました。
梅原 そうですね。6月2日にカプコンの「ストリートファイター6」が発売されますよね。そうすると海外プレーヤーもまた一気に増える。僕はもともと海外の視聴者が多いので、世界に向けた配信をしたいと思っています。それには海外へのリーチに強いTwitchがいいだろうというのが一番大きな理由ですね。
――梅原さんの配信はゲーム配信に限らず、企画のバリエーション豊かです。その中でも4月8日から9日間かけて、格闘ゲーム界の方たちと仙台から弘前まで300キロを歩いた様子を配信した「梅原散歩」はネットでもかなり話題になりました。
梅原 はい、そうですね。
――あの企画の成り立ちについて改めてうかがえますか。
梅原 僕ら(ストリートファイターの)プロは、2月末にシーズンが閉幕し、4月に新たなシーズンが始まるというのが例年のスケジュールです。間に1カ間休みがあり、この間に企業や大学の依頼で講演をしたりするんですが、今年はちょっと状況が違ったんです。
ストリートファイター6が6月に発売されることになったために、いつも以上に時間ができました。新タイトルが出たらゲーム漬けになってしまうんだから、ゲームの配信ではない企画を何かやりたいと思ったんですよ。そうしたら、「歩くのが好きなんだから24時間歩く企画はどうだ」と仲間が提案してきたんですね。配信では見たことがない企画だし、自分は弘前で生まれて小学生のときに東京に引っ越してきたまま、1回も弘前に帰ってなかった。じゃあ、時間がある時に一度帰ってみようかなと思ったんです。
最初は東京から弘前まで歩くことも考えたんですけど、一緒に歩く仲間はそんなに長期の休みも取れないし、仙台からスタートにしようっていうのが始まりですね。
――話題になったことで、今まで梅原さんの配信見たことがないような人も楽しんでいた印象ですが、ご自身として手応えみたいなものはありましたか。
梅原 これまでもゲームに関係ない企画は結構やってきたんですよ。でも配信中に「もしかしてこれがきっかけで(自分のことを)知ってくれた人はいますか」と聞いたら割といたので、やっぱり効果があるんだなと思いましたね。
本来は企画ありきで配信をしたい
――配信って、配信者によってやり方がいろいろで、ゲームならゲームというようにジャンルを絞って配信する方もいれば、いろいろな企画にチャレンジする方もいらっしゃいます。梅原さんのチャンネルは企画のバリエーションが豊富ですが、梅原さんとしてはどういう方針で配信されているんですか?
梅原 本当のことを言うと、配信を始めた当初は企画がないと配信しないぐらい徹底していたんですよ。それぐらい本来は企画ありきで配信をやりたい。それというのもただゲームをしているところを映すのにすごく抵抗があったんですよね。今は(ゲーム配信の)需要にどういうふうに応えればいいのか、なんとなくわかってきんたんですけど、当時は、ゲームって自分が楽しいことなのに、他の人がそれを見てどうするんだという気持ちが強かったんですよ。
ゲーム配信を人は見るんだなと理解するようになっても、そこに甘えるのは危ないなという気持ちはずっとあって、だからゲームの力に頼るのではなく、自分たちで面白そうな企画を考えてやろうと思っています。
ただ「ストリートファイターリーグ」(カプコン主催の「ストリートファイター」のプロリーグ)など、本業が忙しくなってきたときは企画を考える時間が取れなかったり、企画に参加してくれる人たちの都合がつかなかったりするので、できないんですよね。そういうときは家でゲームを配信するんですが、正直不本意ではあります。今は長期の休みで、配信企画がどんどん実現できて、すごく楽しいし、やりがいを感じています。
二番煎じを続けると信用度が目減りする
――ゲームに頼るのではなく、視聴者が見て楽しい、面白いことを考えてやっていきたいという意識が強いのでしょうか。
梅原 何よりも、何かの劣化版になってしまうのが性格的に好きじゃないんですよ。
――例えば?
梅原 今、こういうのがはやっているからといっても、それは今まさに人気のある人たちがやっているもので、当然数字もインパクトも何もかも二番煎じになってしまうじゃないですか。
――なるほど。
梅原 ある程度の数字を稼げると分かっていても、誰かのまねをするのは嫌なんですよ。やるとしても何かしらアレンジしたい。格闘ゲームじゃないとできないとか、格闘ゲーム界にいる自分ならではだとか、そういうものを入れていっているつもりです。
格闘ゲームの世界というのは、ゲームやeスポーツ全体で見ても人口が少ない。だから格闘ゲームのプレーを流し続けるというだけでは負けだと思っているんです。もちろん格闘ゲームは心底好きだし、格闘ゲームの世界を知ってもらいたいという気持ちはあります。本来は格闘ゲームをやったことがない人に、格闘ゲーム自体に興味持って入ってきてもらうのが理想なんだけど、それ以外の糸口があるとしたら、「こういう配信をやっている人がいるんだ。面白いな」「もっと知りたいな」と思ってもらうしかない。
――二番煎じで数字が見込めても、それは嫌だなというのは、Webの記事を企画していても思うことです。Webは数字がはっきりと出るので、どうしても数字を追いかけがちになる。そうすると、よそでやって当たったものと似たような記事になったり、同じような人に取材をしたりということをしがちです。でもそれってうちの媒体でやることなんだっけ? 私はそれでいいんだっけ?みたいな引っかかりが生まれてくるんです。
梅原 そうですよね。それと常に意識してるのは、自分という人間に対する信用みたいなものですね。信用は目に見えないけれど、例えば信用度として数値化できるとして、二番煎じのようなことをやっていると、その数値がちょっとずつ目減りしていくはずなんですよ。
新しいことをやって、それで(視聴数などの)数字が取れない分には信用は全然下がらないんだけど、同じようなこと繰り返しやることで落ちていく。それは絶望的な衰退だと思うんです。
長い目で見たときに、ずっと見てくれている人たちに「こいつは安易なことはやらないな」「人気のある企画を右から左に流すようなことしないな」と思ってもらえるように、長期的に信用されるようにというのは心がけています。
それから、先日の(梅原)散歩の配信で改めて確信したのは、企画ものでないと呼び込めない層がやはりいるんだなということです。ゲーム配信だけでも配信は成り立つんだけど、僕がただ格闘ゲームを配信し続けたところで「何やってるんだ?」「あの人、誰だ?」という具合に気づいてもらうきっかけにはならない。
――梅原さんの配信で視野に入ってる視聴者は、格闘ゲームやゲームのファンに限らず、もっと広いんですか。
梅原 そうですね。ただ、配信を始めた当初から無理に広げようという気もないです。本心じゃないことをしゃべって一時的に支持されても、結局続かない。だから、自分はこういう人間だ、こういうことが面白いと思うというのを、なるべくごまかさずに出していって、その上で興味を持ってもらえるなら、すごくうれしいですね。
(後編につづく)
▼後編はこちら 梅原大吾が語る「配信者」としての価値と「スト6」への期待(写真/中村宏)