スポーツ庁が国民の「より健康的な生活」を目指す新しい施策の導入を進めている。健康診断で「問題がなければ良し」とする現状の一歩先を狙うもので、よりスムーズに暮らし、けがや故障を防ぎ、「生活の質」(クオリティー・オブ・ライフ=QOL)を高めるためスポーツを科学的に活用する施策だ。プロジェクト推進の中心人物は、超一流のアスリートにしてスポーツサイエンスの研究者でもある室伏広治スポーツ庁長官だ。ビジネスでの活躍にも直結する生活のQOLをスポーツで高める「室伏ドクトリン」について、2回にわたってリポートする。
「みなさん、これできますか?」
YouTubeで公開された動画を見ながら実際にやってみると、普段から運動量が少ない筆者には続けるのがきつい動作が、いくつかある。
首、肩、肩甲骨、胸(胸椎)、上体の筋力、股関節など、全身の11項目の可動性(どこまで動くか)や筋力、柔軟性をセルフチェックする動画は、スポーツ庁の室伏広治長官が中心になって考え出し、自身が実演して作成した動画だ。スポーツ庁はこれを活用し、誰もが自分の身体機能をセルフチェックし、改善方法を学べる「eラーニング」の仕組みを新たに整えた。一連の動画は2022年から公開されていたが、eラーニングは23年1月27日に正式公開された。スポーツ庁のウェブサイトからたどれる(記事下にリンクを掲載)。
「体を十分に動かせて、けがの少ない健康な生活を目指すべきだ」
「健康診断や検査では病気ゼロだと確認され、実際にどこも悪いところはないのに、『肩が痛い』『腰が痛い』と病院などに行く人は多いのが実情でしょう? 通勤電車で会社に通ってデスクワークをしてという普段の生活ができるレベルは維持していても、それを超える動きができないとか、ちょっと無理をすると体を痛めてしまう人は少なからずいる。そうしたギャップを埋めるのが、筋力を鍛えたり、関節などの可動域を広げたりするスポーツの出番です」
そこで、まずは「自分の体がどこまで動くのかのセルフチェックをしてもらおう」と考えた。20年10月の長官就任から1期2年が終わり、任期が更新されて3年目に突入した室伏長官は、本格的に「スポーツサイエンスという科学的な知見に基づいたスポーツ振興の基盤づくり」に乗り出そうとしている。
室伏長官は「例えば、100メートル走の短距離選手に、1日に10~20本も全力で100メートルを走らせている指導者が今でもいると聞く。科学的に見れば、同じことを何度も繰り返しても効果がないばかりか、疲労やけがにつながる可能性もある」と強調する。スポーツサイエンスに習熟していない大人たちが指導すると、非効率であるだけでなく、『しごき』のような厳しい指導もまだ残り、そのせいでスポーツを嫌いになる人もいる。「そんな事例が全国で枚挙にいとまがない。そろそろ、こうした事態は改善すべきではないか」と、室伏長官は考えたのだ。
04年のアテネ五輪で陸上男子ハンマー投げ競技の金メダリストとなり、超一流のアスリートとして知られる室伏氏は、一方でスポーツサイエンス分野での第一級の研究者でもある。中京大学大学院で07年に体育学の博士号を取得し、アスリートとして活躍し続けながら同大でスポーツ科学部の准教授として教鞭(きょうべん)もとり、14年からは東京医科歯科大学教授兼スポーツサイエンスセンター長なども務めてきた。
室伏氏が自ら論文でまとめた「簡単セルフチェック法」公開
その知識・知見と、アスリートとしても豊富な体験をバックグラウンドに生み出したのが「室伏広治のセルフチェック」だ。特別な道具を使わずに体の運動器(機能性)の検証が可能なエクササイズ手法を用いた。この手法は室伏氏が筆頭筆者となって国際ジャーナルにも掲載された論文に基づいており、その手法は室伏氏の名前をとって「Koji Awareness」と呼ばれている。アスリートだけでなく、一般の人の運動機能もコストをかけずにチェックできる画期的な手法として、世界的に注目を集めてきた。
23年1月に公開した「ビギナーコース」と呼ぶ一般人向けのセルフチェックと改善方法を紹介する動画は、日本語とともに一部には英語字幕などでの説明も施した。自分の体の筋力や関節などの可動状況を、自身で動画を見ながらeラーニング形式でチェックでき、点数化することで体の状態をレベル分けできる。50点満点で、41~50点なら「身体機能は正常の範囲内」であり、33~40点だと「痛みが出現する可能性があり注意が必要」だという。32点を下回ると「痛みが出現し、深刻化する可能性がある」のだそうだ。
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