大丸松坂屋百貨店やパルコなどを運営するJ.フロントリテイリングは2022年10月27日、eスポーツチーム「SCARZ(スカーズ)」を運営するXENOZ(ゼノス、神奈川県川崎市)の株式50.8%を取得し、子会社化すると発表した。百貨店大手によるeスポーツチーム運営への参入。その裏には、事業の第4の柱としてエンタメを位置づける同社のビジネス転換がある。

J.フロントリテイリングはeスポーツチーム「SCARZ(スカーズ)」を運営するXENOZを子会社化した
J.フロントリテイリングはeスポーツチーム「SCARZ(スカーズ)」を運営するXENOZを子会社化した

第4の柱にエンタメを位置づけ

 XENOZが運営するプロeスポーツチーム「SCARZ」は、2012年に発足したeスポーツチームだ。「VALORANT(ヴァロラント)」や「Rainbow Six Siege(レインボーシックス シージ)」などのeスポーツシーンで活躍。国内に多くの所属者を抱えると同時に、欧州、タイ、台湾など、グローバルでも活動を展開している。

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 一方のJ.フロントリテイリングは、大丸松坂屋百貨店やパルコなどを運営する百貨店大手。これまでeスポーツ産業との関わりはない。その同社がXENOZを買収した背景にあるのが、新たな顧客基盤の獲得とそのための新規事業の開拓の必要性だ。

 近年は、ECの普及や消費者の購買行動の変化などもあり、百貨店やショッピングセンターを中心とした小売事業は変革の時を迎えている。「現在、当社の売り上げの約6割が大丸松坂屋、約2割がパルコによるSC(ショッピングセンター)事業が占めている。だが、この比重は将来的には変わる可能性が高い。第2、第3の柱として展開するデベロッパー事業、決済・金融事業に加え、第4の柱となる新規事業を開拓したい」(J.フロントリテイリング経営戦略統括部事業ポートフォリオ変革推進部の丸岩昌正部長)

 そのために2022年3月に立ち上げたのが事業ポートフォリオ変革推進部だ。同部署では、新規事業の1つとして、エンターテインメントに着目した。丸岩氏によると、「当社ではサステナビリティー経営の一環として、顧客のウェルビーイングライフに貢献することを目指している。そういう意味でもエンタメの重要度は高い」。

 また、エンタメは、傘下のパルコが運営するライブハウス「CLUB QUATTRO(クラブクアトロ)」や「PARCO劇場」、PARCOなどで展開するゲームやアニメなどのポップカルチャー分野のショップといった同社の既存資産が活用できる。「これまでもパルコを中心にさまざまなエンターテインメント事業を展開してきたが、今後は、自らコンテンツを持ち、育てていく体制を築いていきたい」(丸岩氏)と方針を語る。

eスポーツはエンタメの最有力

 XENOZの買収、それによるeスポーツへの参入は、このエンタメ強化の一策だ。eスポーツを選んだ経緯について、丸岩氏は「現段階で注力すべき領域として、eスポーツを挙げていた。ただ、既存事業のプロモーションではなく、あくまでも新規事業として取り組みたいので、スポンサーとして支援するだけではそぐわないし、一からeスポーツ事業を立ち上げるにはノウハウがないと考えていた。そんな中、M&Aの仲介会社からXENOZ子会社化の話を頂いた」と説明する。

 「それからの手順は、一般的なM&A案件と同様。市場の可能性を検討し、XENOZに対するデューデリジェンスを行うなどの手続きを踏んだ」(丸岩氏)

 eスポーツ市場については、若年層、特にZ世代との親和性の高さを評価した。新たな顧客基盤の獲得する上で、次世代の消費者となる若年層との接点が多いことは、大きな魅力となる。

 また、今後の成長性にも期待をかけた。現時点では、日本のeスポーツ市場は海外のそれに比べ、まだまだ小さく、数年遅れと言わざるを得ない。しかし、コンサルティング会社による市場調査などの結果から、eスポーツの潜在的なファン人口は大きく、いずれは海外と同じように成長が見込めると判断した。

 さらに、M&Aの対象となったXENOZについては、運営するSCARZが人気のチームだったことも決め手の1つ。経営状態も良く、「SCARZとして世界で活躍するチーム、世界一になれるチームを目指すという同社の友利洋一代表の考え方や姿勢にも共感できる部分が多かった」と丸岩氏は振り返る。

NFTやメタバースも視野

 今後は、集客力、収益性をさらに高めるため、より多くのファンの獲得を目指す。そのための最優先事項はチームが強くなること。実際、SCARZと同じく「VALORANT」の競技シーンで活動するプロeスポーツチーム「ZETA DIVISION(ゼータ・ディビジョン)」は、「VALORANT」の世界大会「2022 VALORANT Champions Tour Stage1—Masters Reykjavík」で3位入賞を果たし、一気に人気チームとなった。

 さらに丸岩氏は、「ファンを増やす施策として、J.フロントリテイリングが持つリソースを最大限に生かしていきたい」という方針も示した。「オンラインが中心のeスポーツでも、グッズ販売やファンミーティングなど、現実にファンが集まれる場は必要だと思う。ポップアップショップなどはすぐにでもやれるだろう。SCARZの物販は順調に伸びており、グッズの商品開発も進めていく」。傘下のパルコにはエンタメ関連の事業部があり、同部署と連携した展開も可能とみる。

 将来的にはNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)によるグッズ販売や、メタバースでの活動も視野に入れている。「XENOZの買収によって、我々はSCARZという熱狂的なファンがいるIPを持てたと考えている。それを生かせるコンテンツを考えていきたい」(J.フロントリテイリング経営戦略統括部事業ポートフォリオ変革推進部の徳橋修平氏)

J.フロントリテイリング経営戦略統括部事業ポートフォリオ変革推進部の丸岩昌正氏(右)と徳橋修平氏(左)
J.フロントリテイリング経営戦略統括部事業ポートフォリオ変革推進部の丸岩昌正氏(右)と徳橋修平氏(左)

 今回、J.フロントリテイリングとXENOZがスポンサー契約や業務提携ではなく、買収による子会社化、新規事業のためのM&Aという形を取ったことは、単年ではなく長いスパンで事業計画を立てる姿勢の表れだ。J.フロントリテイリングからXENOZに社員を出向させていることからもそれはうかがえる。

 XENOZには、これまでにSCARZの拠点としている川崎市にeスポーツ施設「SCARZ HIDEOUT」を開設したり、パートナー企業とのコラボカフェを展開したりといった活動をしてきた実績もある。今後は、J.フロントリテイリングのグループ企業として、その資本力や企業としての信頼性を生かし、次世代の選手を育てる教育やダイバーシティー、文化創成にも貢献していきたいとのこと。こうした総合的な取り組みで、SCARZの価値を高め、J.フロントリテイリングの新規事業であるエンタメ分野の発射台になることが期待されている。

(写真/岡安学、編集/平野亜矢)

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