2022年夏に日本上陸を発表した中国の電気自動車(EV)メーカーBYD。同社から第1弾モデルがいよいよ国内で発売された。最大の特徴は、税込み440万円という多目的スポーツ車(SUV)としては割安感のある価格設定にある。その実力はいかほどか。中国製EVに試乗し、徹底検証してみた。
中国発の電気自動車(EV)がいよいよ日本に上陸し、2023年1月31日から販売を開始した。自動車メーカーBYDの第1弾モデル、「ATTO3(アットスリー)」がそれだ。注目は440万円(税込み)という、ミッドサイズの多目的スポーツ車(SUV)のEVとしては比較的安い価格設定にある。SUVとセダンの中間に位置づけられるいわゆる「クロスオーバー」と呼ばれる、日本でも最近人気の街乗りに向く車種であり、EVの購入を検討している人々の間でじわり注目度が高まっている。
これまで同価格帯で購入できるEVの代表格は、コンパクトハッチバックの日産自動車「リーフ」だった。ATTO3なら、予算内でワンサイズ上のEVが手に入るわけで、特にファミリー層にとっては気になるところだろう。しかも中国メーカーとして初めて日本に本格上陸した乗用車という話題性も手伝って、好奇心を駆り立てられている人が少なくないようだ。
ATTO3のサイズは、全長4455×全幅1875×全高1615mm。トヨタ自動車のミッドサイズSUVと比較してみると、全長は「カローラクロス」に近くコンパクトだが、全幅は「RAV4」よりは大きい。ミッドサイズSUVとしては幅広なボディーが特徴となる。
外観は街中で映えるスタイリッシュな印象のデザインで、細いLEDヘッドライトやグリルレスのフロントマスクを採用。ボディーサイドには、流麗なラインが描かれており、質感の高さを主張する。これはBYD傘下となった日本の金型メーカーの技術を生かしたものだという。リアのスタイルでは、ガラス部をコンパクトにしつつ、左右を横断する形でテールランプを配置。テールゲートにはBYDの社名の由来である「Build Your Dreams」という文字列が書かれている。世界戦略をにらみ、市場のトレンドであるエンジンレスを主張するEVらしさをディテールで訴え、全体として無国籍風のスタイルに仕上げた印象だ。
一方インテリアは、独自色が強い。最近の日本車とも欧米車とも異なるインパクトを感じさせるもので、BYDによればアスレチックジムをモチーフにデザインしたとのこと。確かに、特徴的な形のエアコンのルーバーやドアハンドル、シフトレバーなどは、スポーツ関連のギアを想起させる。ちょっとした遊び心もある。ドアにあるポケットにはゴムバンドが張られており、ギターの弦のように爪弾くと音を奏でる。このあたりは、好みは分かれそうだ。
最もユニークだと感じたのが、ダッシュボード中央に備わるタッチスクリーン式ディスプレー付きのインフォテイメントシステムだ。電動式で画面を左右に90度角度を可動できるため、縦長にも横長にもできる。ナビゲーション時には進行方向をより広く表示できる縦長にして、エアコンやオーディオの操作は助手席からも操作しやすい横長にするといった使い方ができるのは珍しい。シーンに合わせた調整ができるのは便利だ。
ATTO3は、同社のEV専用の最新プラットフォーム「e-platform 3.0」を採用しており、ホイールベースを長くとっている。おかげで全長に対して室内長が大きく、乗車定員5人のミッドサイズSUVとしても納得できる室内の広さを確保している。特に後席は足元の空間がしっかりと確保されており、床面がフラットなので大人3人でもゆったりと座れる。一般的な身長の大人であれば、しっかりと着座姿勢が取れるだけの座面の高さを維持している。ただ背の高い人だと、室内高がやや低く頭上の空間が狭いと感じるかもしれない。ラゲッジスペースは440リットル。同クラスのエンジン車のSUVと比べると狭いものの、形状が四角形をしており、使い勝手は良さそうだ。また後席を倒して荷室を拡大することもできる。
メカニズムは前輪にモーターを搭載しており、いわゆる前輪駆動(FF)車。バッテリーメーカーとして創業しているため、バッテリーの技術と供給が強みの一つ。そのため、搭載するバッテリーは58.56kWhと、価格が競合する日産リーフの40kWhよりも大きい。航続距離は485km(WLTCモードの場合)だ。性能と価格のバランスを取った当たりは、バッテリーメーカーの本領発揮と言えよう。モーターの性能は最高出力150kW(204ps)、最大トルク310Nmというもの。充電機能は最大6kWの200V普通充電と最大85kWの急速充電に対応する。
リーフなどの他のEVと比べた場合、最大のセールスポイントは装備の充実度にある。有償となるボディーカラーの変更以外にメーカーオプションは一切用意されておらず、代わりに数々の装備を標準装備しているのだ。「大開口の電動サンルーフ」「ナビゲーションシステム付きのインフォメーションシステム」「ヒーター付き電動可動式フロントシート」「PM2.5対応空気清浄機」「通信回線によるコネクテッド機能」「ルーフレール」「電動テールゲート」「ワイヤレス充電器」「360度カメラ」「ドライブレコーダー」……。これらをすべて含んで税込み440万円なのだから、お得感がある。他にも、先進安全機能として「衝突被害軽減ブレーキ」「アダプティブクルーズコントロール(ACC)」「車線中央維持支援」「側後方接近車警報」なども標準搭載している点は見逃せない。
では、実際のEVとしての使い勝手や走りはどうなのか。そこで約3時間、ドライブにATTO3を連れ出し、様々な角度から検証を行った。なお今回の試乗車は、右ハンドル車ながら日本仕様ではなく、オーストラリア仕様がベースだったため一部機能を試すことはできなかった。
まず運転席に収まると、好みが分かれるとした派手なインテリアも、実際にはあまり気にならなかった。これは、視界がしっかりと確保されているおかげだ。決して奇をてらっているわけではなく、操作系統において“真面目”にクルマ作りを行っているのだろう。好感を持てたのは、右ウィンカー仕様だった点だ。日本へ輸入される車のほとんどは左ウィンカー仕様のままの場合が多い。中国市場は左ハンドル車なのでウィンカーは左側にあるのだが、今回BYDはわざわざ右ハンドル車専用にレバーの配置を改めている。国産車から乗り換えても違和感なく乗れそうだ。
ドライバーに情報を伝えるメーターパネルは、分かりやすさが優先され情報が集約されていて見やすい。競合のEVでもコンパクトなメーターを採用している車種が最近多く、EVのトレンドにのっとっている。ただ個人的には、もう少し表示が大きい方が見やすくなるのではないかと感じた。独自の回転機能を備えたセンターディスプレーは、まさにスマホ感覚で操作でき、ストレスを感じない。試乗車は英語表示だったが、しっかりと日本語対応を行うというから、その出来が楽しみだ。
運転操作は至って標準的だ。スタートボタンONにするとスタンバイ状態となり、ブレーキを踏みながら、シフトを「D(ドライブ)」に入れると発進する。最近のEVは発進時に、動きが唐突に感じないようにエンジン車に近い走り出しになるように調整されている。ATTO3も同様で、他のEVと比べて大きな差がないというのが正直な感想である。

高速道路に入ってみると、力強くアクセルを踏み込むとEVらしい俊敏かつリニアな加速を味わうことができた。加速は良く、ただハイパワー過ぎないので扱いやすい。スピードを上げても乗り心地は良好で、全体的にもボディー剛性がしっかりしており、不安に感じる要素はなかった。
完璧だとは言えない部分も見受けられた。特に気になったのが、送風モード時のエアコン音や、高速走行時の風切り音といったノイズだ。駆動系が静かなEVだからこそ目立つ点であり、改善の余地がありそうだ。走行性能についても、段差でのショックがしっかりと吸収できていない場面や、高速レーンチェンジ時の初期応答での動きが気になった。
ただいずれも大きな問題というよりも、改善されればより印象が良くなるという細かい気付き程度であり、大きな不満を感じる部分がない。筆者としてはATTO3に対して、第一印象は悪くなく、乗用EVとして合格点に達していると感じた。良い意味で普通のクルマだし、税込み440万円で買えるEVとしてのコスパの高さも評価できる。もし23年も、22年同様「CEV補助金」制度を政府が実施すれば、ATTO3は外部給電機能があり、上限いっぱいである最大85万円の助成を得られる可能性も高い。多くの輸入車EVは給電機能がなく、国産EVに比べて補助金額が少ない車種が多く、この点もATTO3のアドバンテージとなりそうだ。
BYDは、EVに特化した新規上陸メーカーながら米テスラや韓国ヒョンデのように無店舗販売は志向せず、全国にディーラー網を整備することを発表している。スタート時こそ販売地域・店舗数は限られるが、25年末までに全国100店舗以上を目指すという野心的な目標を掲げる。手厚い保証やロードサービスの充実に力を入れていく方針であり、ディーラー網が順次整備されていけば近くで実車を確認したり、アフターサービスを含めたディーラーの対応も確認したりしやすくなるはずだ。
後は言うまでもなく、信頼性についてエビデンスをもっていかにBYD車の安心安全をどうアピールしていくかが、ATTO3の売れ行きを左右することになりそうだ。電気バスで先行して国内参入して大きなシェアを持っているとはいえ、BYDとしての乗用車販売は国内初であり信頼性が未知数だからだ。
とはいえATTO3が登場したことで、今後EV購入時の性能やコスパを推し量る際の新しい基準の投げかけになったことは間違いない。フル装備で大型バッテリーを搭載する高コスパEVのATTO3に続いて、BYDはコンパクトカー「ドルフィン」やフラッグシップセダン「シール」を国内導入する計画も明らかにしており、当面国内EV市場に新風を吹かし続けるだろう。ただし、デザインなどはちょっと個性的なため、価格面だけを武器で商機が見えたともいえないのも確かだ。昨年より積極的な世界展開に打って出た中国発EV、BYD。その動向は今後もしっかりと見つめていく必要がありそうだ。