三井物産が仕掛け人となり、顧客が購入した商品価格の一部が、生産者へ還元されるシステムを開発した。2023年春から、サザビーリーグが運営する米国ブランドのロンハーマンに導入する予定だ。導入側からすれば、商品価格に還元する分を上乗せすることになるが、そこまでして生産地を支援する背景にはどのような思惑があるのか。
生産地の肥料や井戸を作る費用に
「あなたが購入した洋服の生産に関わっている生産者を応援してみませんか?」
何気なく購入した洋服に取り付けられたタグ。そこには2次元コード(QRコード)が記載され、読み込むとウェブサイトが開く。サイト上には、洋服の原料であるコットンを生産しているザンビアの農家の写真とともに生産地の支援を促す上記の文言が現れる。
さらに生産地を支援する選択肢がいくつか提示される。「肥料を渡して収穫量UP!」「井戸作りで水汲みをラクに!」などの応援プランの中から購入者は望むものを選んでボタンを押すだけで、商品の代金の一部が生産地に還元される流れとなる。
この生産地を応援するシステムは、三井物産が展開する「farmers 360° link」(以下ファーマーズリンク)。2023年春から運用を開始する予定で、第1弾の導入先はサザビーリーグ(東京・渋谷)のロンハーマンが展開するオリジナルブランド「8100」に決まった。対象となる商品はボーダーのカットソーやスウェットなど全6型となる。
ファーマーズリンクは、製品の原材料がいつ、どこで、誰によって生産されたのかを、ブロックチェーンの技術を用いて可視化することで実現した。
製品の原材料の生産過程を可視化する取り組みはトレーサビリティーと呼ばれ、購入者は原材料の概要を詳細に知ることで、製品の安全性を把握できる。ファーマーズリンクでは農家一軒一軒との生産契約、種子や農薬などの投下農業資材、農法、収穫量、生産者の顔、その後の加工経路や日時といった情報を確認できるようにし、精度の高いトレーサビリティーを実現した。
その上で、生産地を応援する機能も追加した。デジタル上で「衣類を購入した消費者」と「衣類の原料を生産した農家」をつなぎ、消費者から生産者へリターンが送れる仕組みだ。購入者には、LINEなどを通じて、井戸を作っている様子や、現地の農家からの感謝のメッセージなどが画像や動画で送られてくる。
生産地の実情を発信して付加価値を
ファーマーズリンクを開発した三井物産プロジェクト本部の池田竜一氏は、プロジェクトを立ち上げた経緯をこう説明する。
「もともとファーマーズリンクは、当社が管理している物流のオペレーションをデジタル化して、データとして残そうとしたことが始まりだった。だがせっかくなら、生産地の様子や商品が出来上がるストーリー性を消費者に伝えることで、付加価値を生み出そうと思った。そうすれば消費者も、その原料を手がけるザンビアの農家に愛着が湧いて、生産地を支援してくれる確率も高まる」
生産地を支援する仕組みを立ち上げることで、ザンビアの農家の労働環境改善も期待できる。
「ザンビアの農家が手がけるコットンは、機械を使用せずに手作業で生産されているため、大規模農家に比べてかなり手間がかかっている。しかしコットンのマーケット価格は繊維の長さなどコットンのスペックで決まるので、ザンビアの農家が手間をかけて生産したコットンも大量生産されたものも、価格に差は生まれてこない。結果的にザンビアの農家は、自分たちの労力に見合った対価をもらえていないことになる。
ファーマーズリンクでは、生産地の実情を公開することで、実はザンビア製のコットンが環境に優しく、手間暇かけて作られているという情報を発信して、消費者にザンビア農家が生産したコットンの価値に気づいてもらいたい。その価値に気づいた消費者が、生産地を支援してくれたら、農家に還元する循環も生まれる」
三井物産からすれば、生産地の作業効率が上がることで生産量が高まり、取扱量が増えれば利益も拡大していく。消費者にサステナブルな側面を訴求することで、エシカルな消費を促進しつつ、自社や生産地にとっても利潤の生まれる三方よしのビジネスモデルを目指す。
では、そもそも三井物産が物流のデータをデジタル化できたのはなぜか。背景には、オフラインでも使えるアプリの開発と、三井物産の出資先で、アフリカを中心に農産物の取引、農業資材の販売、食品製造販売などを展開するETC Group Limited(ETG)の協力があった。
もともとETGは、農家からコットンなどの原料を買い付けていた。しかし、その生産地であるザンビアではWi-Fiが通っていない地域もあり、これまでは物流の管理を紙で行っていた。
そのため物流のデータをデジタル上で把握することはできなかった。そこで三井物産は、オフラインでも使えるモバイルアプリを開発。このアプリを用いて、農作物の回収を請け負うETGのスタッフを通じ、農家に収穫物の情報の記入をお願いした。その後、ETGのスタッフがWi-Fiが通じる拠点に戻った際に、アプリに記入してもらったデータをBluetoothでつないでアップロードする。よって間接的に「ETGから買いつけたコットンはどこの農家が栽培したものなのか」といった収穫物の情報を取得できるわけだ。
自然にエシカル消費を浸透させるために
ファーマーズリンクは、消費者から生産者に還元をし、その返礼として現地農家の情報が届くいわばクラウドファンディングのようなシステムで、「生産地への支援が完了した後も、還元したお金が何に使われているのかが分かる」ことも特徴だ。商品を購入して終わりではなく、その後も生産地の様子を受け取ることで、消費者は商品の価値をより実感できる。
「この取り組みでは、義務感ではなく、消費者に楽しんでもらいながらエシカル消費を促進したい思いが前提にあった。ファーマーズリンクを通して生産地に還元される金額は、あらかじめ対象商品の価格に含まれているが、消費者にその理由をちゃんと理解してもらうことが重要になる。
消費者が日々の買い物で支払った対価がどういう効果を生むのかを知れば、それが消費者にとっても付加価値になっていく。そうした購買体験が根付いていけば、結果的にエシカル消費が浸透していくはず。まずは知的好奇心をくすぐりながら、消費者に日々の買い物を楽しんでもらえたら」と、池田氏は狙いを語る。
そのためファーマーズリンクでは、UI(ユーザーインターフェース)を簡潔にして、消費者がより簡単にプロジェクトに参加できるように工夫した。冒頭で紹介したように、商品に付随するタグのQRコードを読み込んだ後は、ボタン1つで支援が完結する。生産者インタビューや支援が必要な理由を説明したコラムは別ページに設け、あくまで購入者が即応援できるような設計にしたわけだ。
また、生産地の情報を発信するための専用のアプリを作ると、ユーザーが途中で離れてしまう懸念もあるため、LINEなどのアカウントに移動する仕組みにして、アプリをダウンロードする面倒を省いた。ファーマーズリンクの公式LINEアカウントでも、商品の宣伝などの情報を抑えることで、購入者が純粋に支援した生産地の様子を受け取れるようにした。
2023年春からロンハーマンへ導入
一方で、気になるのは、服の購入代金に生産地への支援代が含まれる分、商品価格が上がり、売り上げに影響するのではないかということだ。1着あたり生産地への支援金額(具体的な金額は非公表)が、衣類の価格に上乗せされるとのことだが、サザビーリーグは導入に躊躇(ちゅうちょ)がなかったのか。
サザビーリーグ リトルリーグカンパニー ロンハーマン事業本部の岩崎友香氏は、「ロンハーマンのユーザーは経済的にある程度余裕がある30~50代がメインなので、生産地への支援金額が上乗せされてもそこまでユーザーが離れないと見ている」と語った。
またロンハーマンが、2025年までにコットン素材を100%サステナブルなものに切り替えることも、ファーマーズリンクの導入を後押しした。
「もともとアパレル業界は、服を生産、廃棄するのに環境負荷が高いといわれている。そんな中で、我々がどのように対策をしていけばいいか数年前から考えていた。そこで始めたのが、オリジナルブランドで使う原材料のコットンを環境や人権に優しい品種に切り替えていくこと。選定した品種の1つにザンビアの農家のコットンが含まれており、生産地の労働環境を改善したいという理念とも一致したため、ファーマーズリンクの導入を決めた」
三井物産としても、トレーサビリティーを通じた生産地への支援制度は初の試みとなる。まずは導入実績をつくり、今後はコットン以外の商材にも横展開していく方針だ。
(写真提供/三井物産)
この記事は会員限定(無料)です。