「この人優秀だけど、どこか薄っぺらだな」。エグゼクティブサーチ会社のハイドリック&ストラグルズジャパン(東京・港)のパートナーとして年間2000人近いビジネスパーソンに会うヘッドハンターであり、書籍『転職思考で生き抜く 異能の挑戦者に学ぶ12のヒント』(日経BP)の監修者でもある渡辺紀子氏は、ここ数年そう感じることが多かった。薄っぺらさの背景にはリベラルアーツの欠如があるのでは? と考えた同氏は今回、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)『武器になる哲学』(KADOKAWA)などで知られる独立研究者で著作家の山口周氏と対談。ビジネスとリベラルアーツをテーマに3回にわたって語り合った。第1回は、2人の個人的体験に基づくリベラルアーツ論から。

独立研究者・著作家・パブリックスピーカーの山口周氏(写真左)とヘッドハンターの渡辺紀子氏(写真右)
独立研究者・著作家・パブリックスピーカーの山口周氏(写真左)とヘッドハンターの渡辺紀子氏(写真右)

渡辺紀子氏(以下、渡辺) 山口さんの書かれた『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の中に、米国のメトロポリタン美術館が開いている早朝のギャラリートークに、スーツ姿のビジネスパーソンが参加しているという話がありました。本当にそういうことってものすごく大事だと思うんですけれど、どうも最近は「リスキリング」の大合唱で、AI(人工知能)だとかプログラミングとかそっちを勉強しなきゃダメだという風潮が強まっていますよね。私なんか「そうじゃないだろう」と声を大にして言いたいのですが、すぐにかき消されてしまう感じがあって(笑)。あの本が出たのは2017年でしたよね。

山口周氏(以下、山口) 僕も「美意識」とか言い始めた当初は、まるで大海に小石を投げるみたいな感じでした。あの時、小石を投げてそれなりの反応があったので、今もまだ言い続けていますが、もし、なんの反応もなければ、「〇〇メモ術」とか「○○ノート術」の本を年間50冊くらい書く人生だったかもしれません(笑)。

【対談】山口周氏vs渡辺紀子氏
【第1回】 山口周氏対談 サーフィンだって知見の集積でありリベラルアーツ←今回はココ
【第2回】 山口周氏が語る「リベラルアーツは “憑きもの落とし”だ」
【第3回】 山口周氏の提言「リベラルアーツへの入り口は家事がお勧め」

渡辺 私はヘッドハンターという少し特殊な仕事をしていて、お会いする方は基本的にビジネスパーソンとして優秀な方ばかりなのですが、「この人ちょっと薄っぺらじゃない?」と思う方も結構いるんです。そういう人に「日ごろ、どんな本を読んでいますか」と水を向けると、まずリベラルアーツ関係の本は出てこない。ですからご著書を読んだ時、まさにこれだ! と膝を打ちました。

山口 当時は論理思考だ、MBA(経営学修士)だと言われていて、僕は論理思考も大好きだし、MBAは取れるに越したことはないと思っているんですけれど、ただ、それだけじゃないよねと。ピーター・ティール(編集部注:現米メタ・プラットフォームズのフェイスブックを最初期から支える大物投資家で、テスラ、ユーチューブ、リンクトインなどの起業家を輩出した米決済大手ペイパルの共同創業者)があるインタビューで、「自分にとって大事なのに賛同する人が現時点では少ない、そういうものに自分のアジェンダがある」と語っていて、それが僕にとっては美意識だったんです。

山口周(やまぐち・しゅう)氏
独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
1970年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループなどを経て、組織開発と人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループにて、シニア・クライアント・パートナーを務めたのち独立。哲学・美術史を学んだという特殊な経歴を生かし「人文科学と経営科学の交差点」をテーマに活動を行っている。主な著書は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)のほか、ビジネス書大賞2018準大賞となった『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)や『思考のコンパス』(PHP研究所)などがある。

渡辺 なるほど。そもそも山口さんは慶應義塾大学文学部で美術史を学ばれたんですよね。実は私も東京大学文学部出身なんですが、当時、文学部出身者はまず就職できないと言われました。

山口 僕の場合、(出身の)慶應義塾高校から文学部に行ったのは800人中18人。わずか2%ですから、周りからは「人生終わったな」とか言われました。でも、その当時の1980年代ってサブカルとかニューアカ(ニューアカデミズム)とか人文科学系がちょっとしたブームになっていたんです。僕も渋谷や六本木にあったWAVE(編集部注:アートや文化に関わる書籍を主に扱っていた、旧セゾングループ系の書店・レコード店)で写真集や哲学書を買って読んだりしていて、自分が本当に興味がある分野じゃないと大学に行かなくなっちゃうだろうと思って文学部を選びました。実際は美術というより音楽の方を学んで、卒論も音楽で書いたんですけれど。渡辺さんは中国文学を?

渡辺 当時、文学部の中でも特に中文なんて周囲で誰も行く人はいなかったんですが、私は人が左というと右に行きたくなる天邪鬼なので。でも入ってみたら文学部って変態ぞろいで(笑)、周りに刺激されて中南米文学やロシア文学もたくさん読みました。すごく面白かったですね。

 リベラルアーツというと世間では高尚でとっつきにくい印象を持たれていると思いますが、私自身は何か一つの領域にものすごく通じてなきゃいけないとか、あんまり身構える必要はないと思っているんです。

 例えば私は、ソシュール(編集部注:フェルディナン・ド・ソシュール 「近代言語学の父」といわれるスイスの言語学者・哲学者)にすごく凝った時期があったんですが、最近、広告業界で優れたデザイナーとして評価が高いADKマーケティング・ソリューションズ(東京・港)の平井孝昌さんという方とお話ししていたら、彼もソシュールが好きというので意気投合して。その後、ひょんなことからもう1人広告業界にソシュール好きの方が見つかって「一緒にソシュール飲みをしましょう」と盛り上がったんです。そしたら平井さんが「いや、実は僕は『にわか』で大して詳しくないんです」と言い出して。

山口 いきなりカミングアウトしたんですね(笑)。

渡辺 そこで私も「実は私もはまったのは学生時代で、今はほとんど忘れちゃって」とカミングアウトして「でも、にわかでいいじゃん」という話になったんです。要は、言語学でも文学でも哲学でも、あるとき面白いと思ったとか、ちょっと勉強して知ってるとか、そういうことの積み重ねでいいんじゃないでしょうか。

渡辺 紀子 氏
ハイドリック&ストラグルズ ジャパン 合同会社 パートナー
東京大学文学部中国文学科を卒業後、豊田通商にてキャリアをスタート。女性初の駐在員として中国・北京に5年間派遣され、中国ローカル企業との関係構築などに携わる。その後縄文アソシエイツ入社。日系企業をクライアントとして、ヘッドハンティング業務に従事。グローバルなエグゼクティブ・サーチネットワークAMROPに所属し、アジアのトップコンサルタントを受賞。現在、ハイドリック&ストラグルズの東京オフィスにて、パートナーとして日系企業を担当。大手企業から成長企業、中堅オーナー企業までを幅広くカバー。またジャパンデスクとして、あらゆる産業界の案件をこなす。

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