不動産業界にデジタル化の波が押し寄せている。波にあらがうより、いかに波に乗るかを考えたい。デジタルを取り入れた不動産会社にも、既存の不動産知識を生かした新たなチャンスが待っている。不動産DX(デジタルトランスフォーメーション)によって業界の仕事がどのように変わるのかをまとめた『不動産DX 未来の仕事図鑑』(日経BP)の著者であるGA technologiesの樋口龍氏が、不動産DXの最新動向を解説する連載。今回は、不動産テック企業estieの代表取締役CEO(最高経営責任者)である平井瑛氏に話を聞く(聞き手は樋口龍氏)。
――初めに、estieの事業内容を教えてください。
平井瑛氏(以下、平井) 当社(estie)はいわゆる「不動産テック企業」として、商業用不動産、特にオフィスビルを対象としたITサービスを展開しています。全国8万件以上、都市圏であればほぼすべての物件を網羅したオフィス不動産のデータ分析基盤「estie pro」や、賃貸オフィスのマッチングサービス「estie」といったプロダクトを開発・提供してきました。

「どこに、どういった物件があり、そのうちどこが空室で、賃料はいくらなのか」といった基本的なデータの基盤をつくり、オーナー、資産運用会社、管理・運営会社、仲介会社といったプレーヤーに提供することで、商業用不動産業界における滑らかな情報流通を実現しています。
――どのような経緯で創業されたのですか?
平井 新卒で入社した不動産デベロッパーでの仕事を通じて、海外と日本の不動産事情の違いを実感したことがきっかけです。
東京オフィスに配属されて最初に取り組んだのは、海外物件への投資です。「CoStar」などのデータベースで現地の物件情報を分析しながら現地法人と連携して業務に取り組んでいました。それが最初の不動産業務だったので、「日本にいながら海外の物件情報を閲覧できる」という環境について、特別な感想を抱くことはありませんでした。
しかし配置転換を経て、日本国内のオフィス物件の営業に携わることになると、それまでの環境は恵まれていたことに気付きました。競合調査をしようにも、日本のオフィス物件のデータはほとんど公開されておらず、全く情報が出てこないのです。「ビジネスに必要不可欠なはずのデータ基盤がほとんど整備されていない」という、日本の不動産業界の大きな課題を見つけたのは、この時でした。
日本の不動産マーケットは、規模も大きく、法制度も整備されているので、世界的にはおおむね高い評価を得ています。しかし、マーケット情報の可視化という点だけは、他の先進国と比べて大きく遅れているといわれています。逆に言えば、インフラとして機能するようなデータベースさえ普及すれば、日本の不動産ビジネスは大きく前進するのではないか……このような思いから、estieのサービスづくりに着手しました。
「顧客のため」を追求すれば、自分のスキルも広がっていく
――不動産テック企業である貴社は、どのような人材で構成されているのでしょうか。
平井 現時点(編集注:2022年7月)で、エンジニア18人、デザイナー4人、プロダクトマネジャー2人、ビジネス9人、コーポレート6人というチーム構成です。
「開発部・営業部・管理部」のように職種で部署を分ける企業が多いと思いますが、当社では「提供サービス」ごとに部門を分けています。したがって、ソフトウエアエンジニアや事業開発といったいろいろな職種の人が同じチーム内で働いているという環境ですね。
私のような不動産業界出身者もいれば、学生の時からスタートアップで活躍してきた人、グローバル企業で研さんを積んできた人、フリーランスとして活動してきた人など、メンバーのバックグラウンドは本当にさまざまです。
――多様なメンバーがそろっているとのことですが、「不動産DX時代に活躍できる人材」に共通する特徴は何だと思いますか?
平井 職種を問わず、「顧客起点で考えられること」が何よりも重要だと考えています。誰の、どのようなペインを解決するために仕事をしているのかを最初に考えて、そのために技術や知識、経験を使える人です。
この「顧客起点」の重要性を社内で共有するためによく使うのが、製品開発の現場でよく使われる「プロダクトマネジメントトライアングル」をアレンジした図です。一般的なプロダクトマネジメントトライアングルでは「開発者」が三角形の頂点にあり、それを「顧客」と「ビジネス」の2頂点が下から支えていますが、当社のプロダクトマネジメントトライアングルでは「顧客」を頂点に据え、「開発者」と「ビジネス」が下支えする形になっています。「自分たちのサービスを使うことで、顧客の業務が成功しているか」という問いを念頭に置いたうえで、どうすればより高い価値を、より効果的にデリバリーできるかを考えるわけです。
このように顧客第一の思想で仕事をしていると、「開発者」や「ビジネス」といった職種の領域を越えて活躍する人材も出てきます。例えば、SQLを書いてお客様のデータを分析できる営業パーソン、フロントエンドのコードを書けるデザイナー、商談でお客様と密なコミュニケーションが取れるエンジニアなどです。実は今のプロダクトマネジャーも、元は事業開発・営業をやっていた人なんですよ。
――事業開発・営業からプロダクトマネジャーへの転身はすごいですね。
平井 当社では、プロダクトマネジャーを「顧客価値に向き合い、顧客の課題をプロダクトで解決する人」だと捉えています。そして今プロダクトマネジメントを担っているうちの一人は、入社以来estieの売り上げの約半分をつくってきたスーパーセールス、つまり、必然的にお客様と一番多く会って話をしてきた人間です。そこで培われた洞察力と、真摯に顧客に向き合う姿勢が、抜てきの理由でした。彼なら、顧客の課題を誰よりも理解し、行くべき方向性を定められる。そう考えて、私から転身をお願いしました。
依頼した時点で彼は全くの未経験者でしたが、職種にとらわれない組織文化もあってか、とても快く受け入れてくれました。その後はプログラミングなど開発に関わる部分も熱心に学び、最近では冗談半分で「スーパーエンジニア」と呼ばれています。
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